VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」 Cp.7

目次
Cp.1
Cp.2
Cp.3
Cp.4
Cp.5
Cp.6
Cp.7 ここ
Cp.8

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山奥の小さな村。大戦の歴史も、急速に発達していく世界も、ここでは些末な出来事。
いつだって変わらない穏やかな風が吹くこの場所が、私は大好きだった。
下の人達にはここは霊山だって言われてる。私達の村はこの山の中腹にあって、昔から巡礼に来る人達が休んでいく場所だった。
村の子供たちは習わしに従って、みんな寺院に集まって、古くから伝わる踊りや武術の稽古をつけてもらう。
師範は私のお父さん。由緒ある山へのお供えの踊りもお父さんがやっている。
私はここでこうやって過ごしていくことに何の不満もなかったし。疑問もなかった。ここでの生活が、村が、みんなが好きだった。
このままここで生活していくと、信じて疑わなかった。
彼らが来るまでは。

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次に気が付いた時は、埃っぽくて、薄暗い場所だった。
体が思うように動かない。何があったか記憶が曖昧だ。必死に思い出そうと思考を巡らせる。
でも浮かんでくるのは、知らない声、知らない人の顔、知らない場所、知らない感触、知らない感覚。知らない。知らない。何もかも私の記憶じゃない。私は・・・誰・・・?
徐々に鮮明になるのは、闘争の記憶、どうしようもない敵意と破戒の衝動。
手足に蘇る感覚は幾多の人間、幾多の生物を屠り、断ち切る瞬間の感触と匂いと、そのための所作。
覚えのない幾多の感覚に恐怖を覚えた私は、ここがどこかも、私が誰かも思い出せないまま、とにかくこの場から逃げ出したくて、走った。
幸い体は思い通り以上に動いた。逃げだすのは簡単だった。それでも、目まぐるしくよみがえる自分のものではない記憶や感覚が私の恐怖を増幅させる。
走って、走った。どれだけの間走っていたのかは、もう覚えてはいない。
どこから逃げ出したのかすら、もう覚えてはいない。
手には知らず知らずのうちに頭から引き剥がした御札を握りしめている。これがなんなのか、なんだったのかは、もう思い出せない。とにかく頭が痛む。
前に進んでいたはずのはずの足は徐々に力を失い、遂には地面に向かって倒れ込む。強い衝撃の後。
意識は遠のいていった――――。

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「遊びは終わりだ。これ以上手間をかけさせるなよ環境課ァッ!」
叫びと共に、継ぎ接ぎ人形の巨大な蜘蛛が深く屈み、バネのように跳ね上がる。
周囲の培養槽や機器をなぎ倒しながら、その巨体がフローロに向かい飛び掛かる。
この巨躯を一本の武器で受けられるほど、彼女の腕力は強くはない――血戦武装ならば、あるいは。
刃を逆手に、胸に突き立て、覚悟を決める。が、その刃が胸に届く直前――
「ッッッッセエエエエェェェイッ!」
突如フローロの視界から巨躯がはじけ飛ぶ。その代わり、目の前に移ったのは、先ほどまで床で暴れていたはずの、小玲だった。
「し・・・小玲・・・!」
「どういうことだ!?重ねて命じたはずだ!命令を遵守せよ!」
「・・・・・・」
小玲はライルをしっかりと見据えたまま、答えない。
「―――全部、全部思い出したんだ。お前の事も、私の事も。」
「思い出す?一体何を思い出したというのだ!お前の中にいるその”お前自身”は、継ぎ接ぎに縫い合わされて、扱いやすいように調整された作り物の人格にすぎない!」
想定外の出来事に動揺を隠せないライルは語気を強めさらにまくし立てる。
「元の脳が誰のものであるかすらもわからないお前が!自身の人格を語るなど笑わせてくれる!」
「何もない空の器の中にもう一度詰め込まれた”それ”は果たして生命と!人と!呼べるのか!?」
「思い出したのは私じゃない。”私達”だ。」
小玲は額で蒼く輝く札に手をかけ、強く握りしめる。
力いっぱいに札を額から引き剥がし、投げ捨てる。
「これ以上、誰も悲しませたりしない。悲しむ私は。”私達”は。これで最後だ。」
すると、全身から丹色の幾何学模様が浮かび上がり全身を淡い光が包み込む。
「な・・・まさか、自らの意思で契約を破棄したというのか!?」
「小玲!?その姿は一体・・・」
「ごめんねケロセンパイ、それとマスター・・・命令、破っちゃった。」
小玲は振り返り、優しく笑う。
再びライルを見据えると、拳を構え、まっすぐと前を向く。
「どいつもこいつも私の計画を無視する!せっかくの最高傑作が全部台無しだ!」
「制御できないのなら存在させる意味もない!今ここで廃棄してやるッ!」
ライルの合図と共に右腕が輝き、巨大な蜘蛛が再び小玲に向かって今までのものとは比べ物にならない弾丸のような速度で飛び掛かる。
小玲はそれを正面から受け止め頭を掴むと、膝蹴りで空中に打ち上げ、無防備になった胴に強烈な回し蹴りを放つ。
その小さな体からは想像もつかない圧倒的な衝撃力によって、蜘蛛の体はバラバラにはじけ飛び、元の人形のパーツへと戻っていく。
「クソがぁッ!私の築いたこれまでの試行錯誤も、実験も!お前も!全て台無しだ!」
「こんなところで終わらせられるかァ!」
ライルは叫び、右手を高く掲げると幾何学模様が激しく輝き、無数の蒼く輝く糸を放つ。
その糸は、バラバラに散らばった人形のパーツを、再び数多の人型に組み換え、一斉に小玲を取り囲む。
「私は、お前には絶対に負けない!”みんな”が、私に力をくれるから!」
再構築された人形達を、丹色の軌跡が次々と破壊していく。
次第に人形の数が減っていき、わずか数秒で、それらは再び物言わぬ部品に戻っていた。
「これで!終わりだぁ!」
恐るべきスピードでライルに迫った小玲が渾身の蹴りを放つ。
「グウッッッ!!!」
機器を吹き飛ばし、壁面に激突したライルが――起き上がることはなかった。
静まった地下実験室に輝く丹色の光は、徐々に収まり、力を使い果たしたように倒れ込む。
「小玲!」
フローロはすぐさま小玲を抱きかかえ呼びかける。
「ごめんなさい・・・命令・・・やぶっちゃった・・・」
「そんなことはいいです!体は!?大丈夫なんですか!」
「えへ・・・少し眠いや・・・」
そう言って小玲はゆっくりと瞼を閉じた。
『至急救援と拘束対象の確保を要請します!』

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