VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」 Cp.4

目次
Cp.1
Cp.2
Cp.3
Cp.4 ここ
Cp.5
Cp.6
Cp.7
Cp.8

**********************************************************************************

教会の正面側。少し外れたところに位置した公園。石畳の広場になっているこの場所は、風の通りがよく、周辺の木々がそよぐ音が聞こえてくる。
調査を開始して既に2時間は経過しているが、特段異常は見つからずH0110wは複雑な面持ちだった。
足元に目をやると、気持ちよさそうにベンチに横たわり、寝息を立てる小玲がいた。彼女はというと到着早々飽きたと駄々をこね、H0110wの分のシベリアも食べて、満足すると眠ってしまっていた。
「何も起こらないのはいいことだけど、何も起こらないってことは結局おばけの正体はわからないってことだもんなあ。」
ぶつぶつとつぶやきながら周囲を見渡す。通路沿いに並ぶ外灯と、西洋式の背の低い墓石が規則正しく並んでおり、遠方には警備用のドローンが数機飛んでいる程度であり。幽霊と見間違えるようなオブジェ等も存在しない。
「このまま夜明けまで、やることなしかな~」
言いながらくるくると回ったり揺れたりするH0110w。普段ならバランサー用の計算が追いつかず転倒するところであるが、業務中は専用ボディに換装するため、思い通りに体が動く。
「おやおや、調査はどうなさいましたか?」
背後から聞き覚えのある男性の声がして、びくっと振り向く。
「ら、ライルさん・・・!?」
そこには園長のライル・ミツルギが笑顔で佇んでいた。時刻は既に深夜であり、予想もしていなかった人物の登場にH0110wは驚きを隠せない。
「どうしたんですかこんな時間に、もしかして私たちが気になって来ちゃいましたか?」
「えぇ、まあ。そんなところでしょうか。でも、私が探しているのはあなたではなく。隣の彼女ですよ。」
ライルの視線の先には気持ちよさそうに眠っている小玲がいた。
「うぅん?なにかあった・・・?」
「おっと、起こしてしまいましたか。」
二人の話声を聞いて小玲が目を覚ます。大きく背伸びとあくびをすると、眠たそうにベンチから起き上がる。
「んー。アタシになんか用・・・?」
「あぁ、私はお前をずっと探していたんだ。」
ライルの口角が徐々に上がっていく。
「え?」
「まさかそっちから来てくれるとは思わなかったよ。」
その顔は先ほどまでの温和な顔とは似ても似つかない。
「さあ帰ろう。私の愛しい杖。」
狂気に歪んだ男の顔だった。

**********************************************************************************

「杖・・・?」
小玲は状況が呑み込めず。ぽかんとした顔のまま立ち尽くしている。
「小玲。下がって、様子がおかしい。」
「ははっ、そうか、おかしいか。残念ながらこっちが本当の顔だ。」
歪んだ笑顔のままライルが指を鳴らす。するとどこからともなく三人の人形が姿を現す。
「環境課。君たちには悪いが、”これ”は私の物だ。多少手荒な真似をしてでも返してもらうぞ。」
「やれ。」
ライルが手をかざすと人形たちが一斉に飛び掛かる。
すさまじい速度で跳躍する人形に対して、H0110wはスタンブレードを鞘から抜き。すんでのところで一人目の攻撃を受ける。
しかしすぐさま二人目の攻撃。反応速度が足りず。完全には受けきれない。バランスを崩したところに三人目の蹴りが胴に直撃し、後方に吹き飛ばされ地面に投げ出される。
「ホロウセンパイ!」
「コイツらっ!」
小玲は叫び、人形達に向かい駆ける。
「セイヤァッ!」
飛び掛かりざまに腰を落とし、回し蹴り、姿勢を崩しふらついたところにすぐさま懐に強く踏み込む。体をひねらせ渾身の鉄山靠を放つ。
流れるような動きで目の前の一人を弾き上げると、そのまま回し蹴りで後方の人形に向かって蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた人形が後方の二人に直撃すると。まるでボーリングのピンように弾き上げられ、関節部でバラバラに弾けた。
「チッ、やはりこいつらでは話にならんか!」
「センパイをいじめるやつは許さない!」
「もう一度言う。戻ってこい。本来のマスターは私だ。」
「アンタ、さっきから何言ってるのか全然わかんないよ。アタシのマスターはスミカだ。ケロセンパイだ。お前なんか知らない。」
「戯言を言う。それではまるで一人の”人間”ではないか。お前は人などではない。私の愛しい”杖”だというのに。」
「杖・・・?」
「そう、杖、”生きた杖”だ。私の意思に従い動き。私の力を増幅させる。純粋な”道具”だ。」
「その自我はどこから来た。しっかりと”上書き”したつもりだったはずだが。」
「しらない!しらない!あたしは環境課の依小玲だ!」
「強情なやつだ。あまり手荒なことはしたくなかったが仕方がない。」
ライルは胸ポケットから一枚の御札を取り出す。札を目の前にかざし、唱える。
『今一度、真なる主の命により、我が元へ付き従え。』
御札が暗闇の中でわずかに蒼く、鈍く光る。
「うっ・・・うぅ・・・」
御札が光ると同時に、小玲が頭を抱え膝から崩る。
投げつけられた御札は小玲の額、既に張り付けてある環境課の勅令札に覆いかぶさるように張り付きさらに強く光る。
「うああああああああ!」
歯を食いしばり、呻き、叫びながら額を掻きむしるが、御札は強固に張り付き剥がれない。
「無駄だ。契約の破棄もその札による再びの契約も、不完全なものだ。」
「真の主である私の命令は、絶対だ。多少脳が損傷しようが知った事ではない。」
「再び”入れ替えればいい”だけのことだ。」
小玲は力尽き地面に倒れる。
ライルは再び指を鳴らすと、先ほどまで地面に転がっていた人形たちが再び組みあがり、起き上がる。
「”それ”を運べ。戻って再調整する。」
ぐったりと伏した小玲を、人形たちが担ぎ上げる。
「それと、あとであれも処分しておけ。」
起き上がらないH0110wを横目にライル達は広場を離れ、教会の中、その先の暗闇の中に消えていった。

**********************************************************************************

――――。
ライル達の姿が見えなくなり、再び木々がそよぎ、風の音のみが聞こえる教会前広場。
胴の動力部に人形の蹴りが直撃し、行動不能になっていたH0110wはその場から動けずにいた。
『一条君!聞こえる!?』
『.....』
H0110wが内臓の通信デバイスで呼びかけるが、砂嵐のようなノイズが返ってくるのみで、一条の返答はない。
『――だめだ。きっと向こうでも何かあったんだ・・・』
『情報係!誰でもいい!答えて!』
通信を外部に切り替える。
『はい、こちら情報係。その声はH0110wさんですね?』
『おキャットさん!』
応答したのはMAL_VR_MCat_A、通称”おキャット様”だった。
『緊急事態です!手短に言います!南東区第十七海浜霊園での調査業務中、管理者であるライル・ミツルギによって襲撃を受けました。この襲撃によって依小玲が拘束、一条仁風は連絡途絶、私は胴部損傷で行動不能に陥りました。詳細な意図は不明ですがライル曰く”小玲は私の所有物で、それを返してもらいに来た”とのことです。計画的にこちらに攻撃を仕掛けた来た事から明確な敵意と目的があると予測します。とにかく至急応援を要請します!このままじゃ連れていかれた小玲がどうなるかわからないんです!』
『なんですって・・・わかりました!速やかに情報共有して皆さんに向かってもらいますが、距離が距離なので少し時間がかかりそうです。みなさん何とか持ちこたえて!』
通信が終了する。
「くそっ!とにかくライルを追わないと・・・」
H0110wはスタンブレードを支えにゆっくりと立ち上がり、ぐらつきながらもゆっくり前に進んでいく。
「一条君も、無事ならいいんだけど・・・」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?