VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」 Cp.2

目次
Cp.1
Cp.2 ここ
Cp.3
Cp.4
Cp.5
Cp.6
Cp.7
Cp.8

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庁舎より南西、静かな郊外の地区。
海に面したこの場所に、今回の調査対象である『南東区第十七海浜霊園』はあった。
生垣に囲まれた敷地の外周をしばらく歩くと、大きな金属製の格子門が姿を現した。
門をくぐり、守衛にIDカードを提示すると、しばらくの間の後、奥そびえる一際大きな洋館に案内された。
大きな扉を開け中に入るとスーツを着た銀髪の壮年男性が、一同を出迎えた。
「ようこそ、南東区第十七海浜霊園へ。」
男はすらりとした立ち姿で一礼する。
「私が、この霊園の代表者ライル・ミツルギでございます。この度はわざわざお越しいただきありがとうございます。」
「本日はよろしくお願いします。環境課のH0110wです。」
高天井のエントランスには受付や広告ポスター、休憩所などが設けられており、この古風な西洋式のデザインの洋館は、管理事務所としての機能があるようだ。
挨拶も早々に、応接室へと案内されると、クラシックなメイド服を着た給仕が順序良く紅茶と茶菓子を並べはじめる。
小玲は並べられた紅茶に目もくれず、嬉しそうに添えられた角砂糖を口に頬張り満足そうな笑顔を浮かべた。
「こら、リンリンはもうちょっとお行儀よくしててってば。」
「いーじゃん出てきたんだもん。」
「だーめ!」
「ははは、いいんですよ。いくらでもありますのでお好きにお召し上がりください。」
「やった!」
次々と茶菓子を頬張り表情を目まぐるしく変える小玲を横目に、一条が問う。
「それで単刀直入に聞くんですけど、ここに幽霊が出るなんてのはマジなんですか?」
「そんな噂はかねがねうかがってますよ。若者の他愛のないうわさ話だと思っていましたが、まさか環境課の方がいらっしゃるとは・・・」
「あ、やっぱり施設側の耳にも入ってきてはいるんですね。」
「ええ、最近はそれを聞いた一部の若者が夜間にやってくる事案も発生しているもので・・・」
「我々も普段から警備を置いてはいますが、そのような報告は聞いたことはないですし実際に見たという者もいないものでして。今後の対応をどうすべきかと思っていたところです。」
「環境課の方々に原因を突き止めていただけたら、我々としても非常に助かりますので、できる限り協力させてください。」
「ふむふむ。では・・・こちらのマップを・・・」
H0110wは端末を取り出し机上に置くと、ホログラムが立ち上がり霊園の周辺の地図を映し出した。地図上には無数の点が配置されている。
「こちらでSNSを書き込みを洗い出してマッピングしてみたんですが、どうやらあたりのエリアに目撃証言が集中しているようなんです。時間帯はほぼすべてが夜間となっています。」
「何か心当たりとかはないでしょうか?」
「ふむ。」
ライルは腕組し少しの間をおいて立ち上がる。地図上を指でなぞり円を描く。
「多くの証言が集中しているこのあたりですが、ここは近年土地を買い取り少し前に整備が終わったところなのです。」
地図上の点は多くがライルの示した円の中、霊園の東側の地域に集中していた。
「いわゆる幽霊の類が墓のある場所に発生するのなら、開発されてから日が浅く、契約者もまだ少ないこのエリアに発生するのは考えにくいでしょう。」
「とすれば、一つ心当たりがあります。」
「心当たり?」
「霊園敷地の端、海浜エリアの岸壁に、旧大戦時代に建立された西洋式の教会があります。」
「新たに拡張されたエリアで唯一、文化保存や所謂”祟り”を考慮して、買い取り前の状態のまま手を入れず立ち入りの制限をしているエリアです。」
「た、祟りですか・・・」
「我々は仕事柄文化や宗教を科学の発展した今日においても重んじています。多くの人は鼻で笑うのかもしれませんが、我々はいたって真面目ですよ。あれほどの歴史を持つ宗教的建造物を霊園の管理会社が取り壊したとあれば、批判されてしまうでしょう。」
「ふむふむ。そういうものなのですね。」
H0110wはライルの話を噛みしめるように深くうなずく。
「大体の目星はつきましたね。では、差し支えなければ今晩、教会周辺の調査をさせていただいても?」
「ええ、ぜひお願いします。」
「さて・・・と、結構時間が余っちゃいましたね。一旦課にもどりますか?」
言いながら左右に問いかけるH0110w。
「ふぇーふぁふぁ(えーまだ)....」
小玲は口いっぱいに菓子を詰め込みながら返す。机上のバスケットはほとんどがなくなっていた。紅茶には手を付けていないらしく、既に湯気は上がっていない。
「そうですね。」
小玲を残し席を立とうとする二人を、ライルが呼び止める。
「もうお戻りになるんですか?せっかく来ていただいたんです。皆さんで園内を見学していかれてはどうですか?ご案内いたしますよ。」
「いいんですか?」
「えぇ、皆さんまだまだお若いようですし、このようなところはなかなか来られないでしょう?」
「ま、まあたしかに・・・実はお墓とか、魂とか、オバケとか、データとしてはわかっているんですけど、いまいち掴み切れてなくて、少し気になっていたんです。」
H0110wは後ろ手に髪をかきながら、照れくさそうに笑う。
「みんなもいいかな?ちょっと私のわがままみたいになっちゃうけど。」
「探検?楽しそうだからアタシはいいよ。」
「俺も別に問題ないですよ。今回のリーダーはH0110w先輩ですから。」
「やった。じゃあお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」
「えぇ是非ご案内させて下さい。」

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「ご存知かと思いますが、この霊園は民営で、多くの宗教の葬儀や墓の形式に対応しています。」
「火葬、土葬、水葬、宇宙葬に電葬、なんでも取り扱っていますよ。」
園内を歩きながらライルが説明する。空は雲一つなく晴れていて、一般の利用者の姿も見られる。
「で、電葬?聞きなれない単語が出ましたね・・・。」
H0110wが眉をひそめて問う。
「ご存知ありませんでしたか。最近増えてきているんですよ。電葬。」
「アンドロイドの方などが行っている手法でして、単にメモリのデリートや解体をするのではなく。特殊なソフトウェアによって電脳上に意識となるデータを散らすんです。」
「それって結局のところ、データを破壊するって事なんじゃ・・・」
「宗教観というのは様々あるものですよ。死や魂の定義とは画一的なものではないのですから。」
「彼らにとってはそれが、死者を弔うという事なのです。」
「勉強になります。」
「彼らは意識をネットに散らし、何も残っていない空のメモリを墓の役割を持つコンピュータに取り付けるのです。」
「我々はそのような要望にも応えられるよう、敷地内に様々な施設を建造しているというわけです。ちなみに電葬はあちらの建物で行っています。」
ライルの指さす方向には様々なサイズの立方体を積み木のように積み上げた建造物があった。幾何学的なラインをあしらった壁のデザインは彼らになじみのあるものなのだろう。
「さて、ずいぶんと話し込んでしまいましたね。次のエリアへご案内しましょう。」
こうして一行は雑談も交えつつ様々なエリアを回ったのだった。
「何から何までありがとうございました。」
「たまには真面目に勉強っていうのも悪くないですね。」
「アタシつかれた~」
時刻は既に夕刻となっており、一行は一度庁舎に戻り準備を整えてから再び霊園に戻る事となった。
「これからが本番なんだから、シャキッとしてね。」
「え~~」
「では、一度我々は失礼します。」
一条がキレよく頭を下げる。二人は後ろでまだ何やら言い合いをしている。
「はい、お待ちしておりますよ。」
3人を見送り、にぎやかな声が遠ざかる中、ライルはにやりと笑い指を鳴らす。
すると、メイド服の給仕が瞬時に姿を現す。
「”あれ”の手筈を整えておけ。」
「かしこまりました。」
既に見えなくなった環境課の背を見るように、ひっそりと声を漏らす。
「まさかお前の方から来てくれるとは思わなかったよ。”私の杖”・・・」

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