VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」 Cp.1

目次
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昼下がり、繁華街の外れに位置した喫茶店。そこには青い髪のアンドロイドと青い肌のキョンシーが肩を並べている。コーヒーの煙を燻らしカウンターに座って一時を過ごしているのは警備係のH0110wと解体係の依小玲だ。
未だ見習いの身とはいえ、一応は小玲よりも経験があるという事で業務の傍らこうして町で異常がないか聞いて回ることも市民生活業務の一つである。
今回は昼食がてらH0110w行きつけの喫茶店で聞き込みをしているのだった。
「ホロウセンパイの奢り!何食べてもいいの!?」
「だめにきまってるでしょ!今日はパンケーキ!ここのはおいしいんだから。」
「むーっ。アタシはデラックスチョコレートパフェが食べたい!」
「自分で来た時にしなさい!」
H0110wは駄々をこねる子供をなだめるように小玲頭を撫でまわす。
「ははは、まるでパパとおてんば娘だ。はい、コーヒーとメロンソーダ。」
頭部がコーヒーメーカーのようなデザインになったアンドロイドが二人に飲み物を渡す。
この喫茶店のマスターである。頭部はそういうデザインなだけで実際にコーヒーを作る機能はないらしい。
「ありがとうございます。あっそうだ。ねえマスター。最近なんか変わった事ない?」
「なんですか、藪から棒に。」
「メロンソーダ!甘い!うまい!」
小玲はストローを吸いながら嬉しそうに足をパタパタと振っている。
「これもお役所のお仕事ですよ!私は決してここでサボってるわけじゃないですからね!」
「ははは、そうですか。」
「あーっ!バカにしてるでしょ!真面目なんだから!」
カップを片手にぷんすかと頬を膨らませるH0110w。
「日頃から”些細な環境の変化にも気をつけろ”ってみんなに言われてるんですから。」
「では、ご期待にお答えして面白い話を一つ。」
おほん、と口元に手を当てマスターが話す。
「南東地区にある全宗教対応霊園。あそこ、”出る”らしいですよ。」
「で、出るってまさか。」
「オバケですよ。オバケ。はい、パンケーキ。」
「パンケーキ!うまそう!うまい!」
「あ!こら!ちゃんとナイフ使って切らないと!シロップもちゃんと使って!」
小玲はナイフやシロップを無視してパンケーキの中央にフォークを突き立てそのままパンケーキを頬張っている。
「もー、手がかかるなあ。」
「はい、H0110wちゃんの分もできたよ。」
「ありがとうございます。それにしても、霊園におばけって、今時ベタすぎませんか?」
H0110wは出されたパンケーキを見て眉を上げるとうれしそうにナイフを入れる。
「私もそう思って話半分で聞いてたんですけどね。ここ最近その話を3回も聞いてまして。」
「うーん、一応調べておきましょうか。ただの噂だとうれしいんですけど。」
このところ環境課庁舎周辺地域の住民は”得体の知れない物”に対して敏感になっているように思える。
高次元物理学会との連携を発表して以降、重熱街灯の設置などの設置は順調といって差し支えない速度で進んでいるものの、いまだに一部の人々の不信感はぬぐい切れていないというのも事実だ。
『”人間”は自らの理解が及ばないものを受け入れることに抵抗を感じる。』という事をH0110wは今までの活動で身をもって感じていた。
単なるうわさ話とはいえ、人々の不安の種となる要素があるのならその実態の確認を行い何かあれば取り除くという事は、紛れもなく環境課の業務の一つであった。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。またきますね。」
「あいよ。いってらっしゃい。」
H0110wはコーヒーを飲み干し、二人分の清算を済ませ店を出る。
「パンケーキうまかったよ!ばいばい!」
小玲は手を振りぺこりとお辞儀をし、H0110wの後をついていく。
「んじゃ、庁舎に戻って報告しよっか。」
「サボりはおしまい?」
「だからサボってないってば。」

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「SNSとかを中心に、ざっと調べてみました。」
「確かに報告のあった霊園の周辺ではここ最近、オバケ...幽霊等の霊的現象を疑う書き込みがあるみたいです。オカルト系の掲示板ではちょっと話題になってるみたいですね。」
管制室の一角、機角の少女、夜八がH0110wに紙束を手渡す。
H0110wは庁舎に戻った後、喫茶店で聞いた”霊園のオバケ”についての調査を、情報係に依頼していたのだった。
「ありがとうございます。」
H0110wは紙束を受け取るとそれに順番に目を通す。
「あ、もしかしてデータを直接送った方がよかったですか?」
「大丈夫ですよ。今は補助演算装置が動いてるので。」
そう言いながらぺらぺらと紙束をめくり、ものの十数秒でふう。と息をつく。
「霊園自体は結構前から建ってたみたいなんですけど、少し前に周辺の土地を買い取って施設の拡張をしたみたいですね。」
夜八は端末を操作しながら言うと、モニターに映し出された地図に無数の点が次々と表示されていく。
「うーん。霊園や墓地にオバケってありがちな噂だと思って聞いてましたけど、ここまで怪しげな情報が重なると気になりますね。」
「よし。課長に霊園の調査を申請してみます。情報、直接送ってもらえますか?」
「了解です。」

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数日後、課長室。
霊園の調査申請は、特に滞りなく課長によって人選が行われ、本日がその調査の当日であった。
「今回の調査はこの3名で行ってもらうことになった。」
呼び出された課員は3名。
青髪のアンドロイド、警備見習い H0110w。
バリバリに決まったポンパドールが印象的な雑務 一条仁風。
額から御札とIDをぶら下げたキョンシー、解体係 依 小玲。
「警備に雑務、おまけに解体ですか。珍しい人選ですね。」
「ああ。だが理由はある。」
一条の問いは当然だった。警備、雑務、解体...いずれも業務内容の違いから、普段ならば一列に並ぶことなどないであろう特異なメンバーの選出である。
「まずは一つ、今回の調査の申請者はH0110wだ。調査責任者という面もあるが、そろそろ見習いは外れてもいい頃合いだろう。その可否を見るという部分もある。」
皇はそう言い指を一つ折る。
「2つ目は、霊的現象の調査という観点から”重覚”を持つものを選出する必要があったという事だ。その役割は一条、君にある。」
「3つ目は、依の研修。配属されてからまだ日は浅い。様々な業務経験が必要だ。」
3つ目の指がおられたところで皇は腕を降ろす。
「み、見習いの解除!?」
H0110wは前のめりになり目を輝かせる。
「ああ、自発的に情報収集と調査の申請までするようになったのは評価するべきだろう。そろそろ頃合いだとも思っていたんだ。」
「よぉーし!みんな!頑張りましょう!」
H0110wは一際大きな動作で両手を高く上げ飛び跳ねると、手渡された調査資料を読み込み始める。
「では、各自何か質問は?」
「はい。」
一条が手を挙げると「なんだ。」と皇は質問を促す。
「重覚持ちが必要っていうのはわかったんですけど、どうして調1の新簗先輩や情報の夜八先輩じゃなくて俺なんでしょうか。」
「調査や情報は単純に近頃は業務が忙しいと聞いている。」
「今回の調査の重要性は環境課としてはそれほど高くはないと見ている。この程度であれば君たちでも大丈夫だろう。しかし万が一何かあったとしてもこの3人ならば多少の荒事を処理する能力は持っていると判断した結果、今回のメンバーを呼ぶことにした。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「アタシはスミカが言うならなんでもするよ。」
「あぁ、しっかり仕事をしてくるように。」
「では、調査資料に目を通したら現場に向かってくれ。先方には連絡済みだ。」
「「「了解」」」

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【Tips】
重覚(じゅうかく)
メタ的には『魔法を感知できる感覚』
環境課世界における”魔法”すなわち四次元物理学上での重熱効果、現実改変、未来予測等に使用される、重力を感知する能力(感覚)の事。
基本的には先天性の感覚であるが、強い重力を浴びるなどで後天的に発現することもある。
電脳化に使用するナノマシンの拡張機能などで補うことも可能。

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