VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」 Cp.8

目次
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Cp.8 ここ

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南東区第十七海浜霊園での環境課員襲撃事件から数日後――。

「いってて、まだちょっと痛むか。」
「まだ動かしちゃダメですよ。」
医務室には、負傷した腕の具合を確かめている一条と、それを診察しているシエンがいた。
「ちゃんとギプスしててくださいね。気功で治すのは禁止です。」
「わかってますよ。」
一条の左腕は包帯でぐるぐと巻かれ、肩から下がるスリングで固定されている。
しばらくの業務はは雑務の中のさらに雑務・・・といった感じだ。
「皆さんに申し訳ないです。俺がもっと強ければ。」
「何言ってるんですか。みんな無事に帰ってきてくれただけで充分です。」
「そう言ってもらえると助かります。」

「失礼しまーす。」
入り口から入ってきたのは、医務室ではなかなか見ない顔だった。
「あ、H0110wさん。お疲れ様です。」
「シエンさん。お疲れ様です。」
「珍しいですね。医務室にいらっしゃるなんて。」
「ええ、一条さんが医務室で診察を受けてると聞いたもので・・・」

――—。
「先日の調査の報告会以来、まだしっかりと話せてないなと思って。」
医務室から出て、食堂でコーヒーを並べたところで。H0110wが切り出す。
「何かありました?」
「いえ、別に調査自体に何かあったという話ではないんですけど・・・」
「今回は私が調査を打診して、それで・・・小玲の件も含めて、こういう事になって。結果的に一条さんに怪我を負わせてしまって、すごく申し訳なく思ってるんです。」
「そういう事でしたか。」
一条はコーヒーを一口飲むと、こう続ける。
「俺は全然気にしてないですよ。むしろ、H0110w先輩が情報係に連絡してなかったら、俺だって危なかったんです。何も気負う事はないですよ。」
「こう考えましょう。先輩がツッパったから、みんな助かった。って」
「つ・・・ツッパる?」
H0110wはきょとんとした顔で返す。しまった。
「あー・・・まぁ、今のは忘れてください。先輩の判断が、みんなを助けたんですよ。」
「そう言ってもらえると、助かります。今後ともよろしくお願いしますね。」
「そんな急にかしこまらないでくださいよ。一応は先輩なんですから。」
「ってそれで思い出した。結局この調査にかかってた先輩の見習い解除って話はどうなったんですか。」
「えへへ・・・それがですねー。事が事なので、見送りだそうです。」
H0110wは、照れくさそうに笑っていた。

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「経過はどうだ。」
環境課庁舎――課長室。
皇純香の問いに、呼び出されていたヘレン・ミドルトンが答える。
「かなり強い精神的ショックを受けていたようだが、命に別状はないだろう。」
「そうか。」
「それと、メ学から以前に行った依小玲の精密検査の結果が届いている。」
ヘレンは胸ポケットから小型の記憶デバイスを取り出し、皇に手渡す。
「これで察してもらえるだろうが、恐らくこの情報にはSRの制限がかけられるだろう。」
皇はそれを無言で受け取ると、デバイスを端末のポートに差し込み、モニターに表示する。
「皮膚細胞は何らかの四物式によって防腐処理がされている。筋肉は人工筋肉。」
「ここまでは、彼女がここに搬入された時に既にわかっていた事だ。」
「だが。」と一拍置いてヘレンはさらに説明を続ける。
「骨は重化生物――成分分析の結果、ハタオリバオリ背部外殻、カシオペアの角、極めつけは亜重化ナナフシの甲殻・・・それらを四物式によって結合させ、合金化した代物だ。こんなふざけた骨があってたまるか。」
報告を受けてなお、皇の表情は変わらない。
「そうか、ヘレンがそう判断するのなら。その方がいいのだろうな。私は君ほど四次元物理学に明るくはない。」
「私は以前”間違いなく面倒事に首を突っ込んでいる”と言った。」
「その予想は当たったというわけだ。不幸な事故の積み重なりとしか言いようがないがな。」
言い終わると、少し不機嫌そうな顔でヘレンは続ける。
「今後は彼女の扱いを、もう少し慎重に行うべきだ。結局、拘束したライルとかいう男は、傀儡だったのだろう?」
「あぁ。調査班が到着したころには既に、意識が切り離されていた。おそらくあれも、操っていた人形の一つに過ぎなかったのだろう。」
「そうか。」とため息をつき、「依小玲に関しての情報は以上だ。私は失礼する。」と部屋を後にしようとするヘレン。
扉に手をかけると、少しの間の後、視線は向けずに背後に投げかける。
「あまり一人で背負いすぎるなよ。」

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さらに数日後、課長室。
情報係のナタリアと夜八が、霊園の事後調査とライル・ミツルギの身辺情報についての報告を行っていた。
資料をナタリアが読み上げる。
「まず、南東区第十七海浜霊園については、ライル・ミツルギ自身が経営するものではなく、管理委託をしている子会社がさらにライルの経営するダミー企業へと下請けに流す構造になっていたそうです。」
「当然、親会社は教会の地下が実験施設になっていることを把握していませんでした。」
「地下の研究施設は清掃と鑑識で調査しましたがめぼしい物的な証拠はなし。」
「培養槽の中には条約で保護されている重化生物や身元不明の人間等、様々な生物が保管されており、実験に使用されたものと推測されます。」
「幸い霊園に安置されている契約者の遺体を使ったような形跡はなく、あくまで霊園の立地や、様々な生物の搬入を偽るのに最適だったために選ばれた可能性が高いです。」
「そうか。夜八、ライルの身辺情報については何か情報は得られたか。」
「は、はい。」と夜八が、別の資料を読み上げる。
「ライル・ミツルギという名前については、どうやら偽名ではないようです。」
「十数年前には東洋法術に関する専門誌でのインタビューに、十年ほど前には人形術師の特集記事に少しだけ紹介されています。」
「いずれにしても、そのあたりを境にぱったり表には出てきてはいないようです。」
「それと・・・」
「どうした。」
「以前イオさんを治療してくださった。”第五元素”に、彼が所属していた。とする出自不明の情報が、一部ではささやかれているそうです。」
「明確な根拠や証拠がないので噂話程度の事ですが、一応報告しておきます。」
「わかった。ありがとう。引き続き調査を頼む。」
報告を終えると、二人は小さく頭を下げ、課長室を後にする。
皇は腕を組み、背もたれに寄りかかると、一層眉根をひそめるのだった。

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事件から半月は経っただろうか。
課内を自由に歩き回り、見かけ上はすっかり回復したように見える小玲は庁舎の屋上で空を見上げていた。
「もう大事ありませんか。」
後ろから声がして振り向くと、そこにはフローロが笑顔で立っていた。
「あ!ケロセンパイ!」
小玲が駆け寄ると、フローロは手に提げていた袋から「どうぞ。」と包みを取り出した。
「シベリアだ!」
すぐさま袋を破りかぶりつき「甘い!うまい!」とはしゃぐ小玲。
「ふふ。よかったです。」
――――。

二人は並んで、ベンチに座り、シベリアと茶を並べて、和やかに話している。
「小玲。もう課長とはお話しましたか?」
「うん・・・。いっぱい怒られるかと思ったけど、怒られなかったよ。」
「そうですか。」
それ以上の会話は、続かない。フローロには、課長の真意を推し量ることはかなわないが、自らの時がそうであったように。きっと優しく迎えたのだろうと静かに笑みをこぼす。
「ねえ。ケロセンパイ。」
「はい。なんでしょう。」
「ケロセンパイ・・・フーケロさんは”自分”ってなんだと思いますか?」
「自分・・・ですか。」
唐突な問いに頭をひねる。
「うまく言えないんだけど・・・アタシはきっと継ぎ接ぎな”私達”で一人じゃない。だから、アタシってなんだろうって、目が覚めてからずっと考えてた。」
「私は・・・」
「少なくとも私は、環境課解体係、フローロ・ケローロです。」
「誰に何と言われようとも、これだけは変わらない。」
答えになっただろうか、とフローロは言ってから照れくさそうに笑う。
しばらくうんうんと小さく唸った後、小玲は勢いよく立ち上がり、まっすぐにフローロを見据える。
「じゃあ!私も!」
「私も!環境課解体係!依小玲!!」
小玲はにかっと大きく歯を見せて笑う。先ほどまで食べていたシベリアの餡が口元についている。
「ふふ。」
思わず笑ってしまうフローロに対して小玲は「あーっ!どうして笑うのー!」と怒りぽかぽかと頭を叩く。
「そうだよね。私は私だもん。誰になんて言われたってそれは変わらないよね。」
―—優しくそよぐ風が、新しくつけられた額の御札と、IDカードを揺らした。

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VRC環境課 side:Yi Xiaoling 「墓守/Revive Heart」  end.


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