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フェアトレードの裏側の物語

前回に引き続き、インドネシアからお届けしていきますが、その前に。

インドネシアに滞在するには、到着ビザ(VOA)の取得が必要で、1回の滞在期間は30日までと決められています。VOAは延長も可能ですが、入国時にオフラインでVOAを取得している場合は、イミグレ―ションオフィスまで出向き延長をする必要があります。しかもその回数は3回以上という噂も…。これまで滞在してきたアンボン周辺にはイミグレーションオフィスがなく、やむを得ず一度インドネシアを出国することになりました。(参考までに、e-VOAの場合はオンラインで延長できます。私はインドを急いで飛び出してきたので下調べができていませんでした🥲)

そんなこんなで、一度シンガポールに出てから、次の目的地である北スラウェシに向かうことに。東南アジアの交易の中心地として栄えたシンガポールは、スパイスの企業も複数あり、クミンの場合は「シンガポールクオリティ」というグレードが存在するように、比較的高品質なスパイスが流通しています。フィールドワークを通じて繋がることができたSabi Food Industriesも、インド各地から高品質なスパイスを輸入しています。タミルナード出身のオーナーが1950年に立ち上げた企業で、近年はシンガポールのインフレに伴い人件費が高騰しているため、シンガポールと隣接するマレーシアのジョホールに工場を移しました。シンガポールオフィスの方にも、マレーシアのジョホールから、毎日国境を超えて通っているスタッフもいるのだそうです。

スパイスの調査を始めてから4ヶ月。インドだけでなく、あらゆるところで課題として見えてくるのが「労働力」の問題。私が見てきただけでも、シンガポールの事例のように、アジアでは外から労働力を買うということが、日本よりもごく自然に行われているようです。

今回の目的地インドネシア北スラウェシ州「ビトゥン」の港。

さて、本題のインドネシアの旅の続きですが、ジャカルタを経由して「マナド」という北スラウェシ州の州都にやってきました。そこから車で約1時間の「ビトゥン」が今回の目的地。ここでどうしてもお会いしたかったのが、日本をはじめヨーロッパなど、世界各地にナツメグやクローブを輸出しているイルワンさんにお会いするためです。

数年前にカレーの学校の校長の水野仁輔さんがマナドを訪れた時も、このイルワンさんがナツメグツアーをされたそうで、私がインドネシアを尋ねる際にスパイス事情を提供してくださった「純胡椒」の仙人さんに繋いでいただきました。

パンデミックの期間は、あらゆる企業がスパイスの調達先の視察を中止したため、その反動で今年は様々な企業が視察を再開し、引っ張りだこのイルワンさん。私がビトゥンに到着してからも、企業の視察に同行するため調達先の離島に滞在していました。その間、私はイルワンさんの工場の女子社員が住む寮にお世話になることに。人生初の寮生活が、ナツメグ工場だなんて、これ以上貴重な体験はありません。

寮生のプリシュカ、ファニー、リアは、総合職で採用されていて、それぞれにとても優秀でした。みんな最近大学を卒業したばかりですが、英語が話せたり、マナド料理が得意だったりと、感心させられてばかり。週末にはイルワンさんの計らいで、寮生たちがナツメグやクローブを使ったマナド料理「ベラナボン」を作ってくれました。(レシピも含めてInstagramでご紹介します!)

寮生が作り方を教えてくれたマナド料理「ベラナボン」。かつてインドネシアを占領していたオランダに由来。オランダ語でbruine は「茶色」、bonen は「豆」を意味します。

イルワンさんの事業は、ここビトゥンのほか、マルク州の各地にも拠点を持ち、総勢200名ほどの社員を抱えています。ビトゥンの近くにも、レンべ島というナツメグの産地があり、そこからもナツメグを買い付けています。特に驚いたのは、持続可能なスパイスの調達に取り組むオランダのスパイスメーカーが、ブロックチェーンを使ってトレーサビリティを開示するという取り組みをしていて、イルワンさんの企業がサプライヤーとして選ばれているということ。さらに、様々なサステナブルな国際認証も取得しています。

週明け、ビトゥンに戻ってきたイルワンさんに、改めてお話を聞かせていただくことになりました。

「私たちのソーシャルインパクトは、認証だけじゃないんだよ。」

そう言って、イルワンさんは最近採用したというインドネシアのNTT州出身の3人の男の子たちを紹介してくれました。

NTT州出身の3人。チキン工場でのトラウマもあってか、最初は緊張した様子でしたが、日常会話をしているうちに、笑顔を見せてくれるように。

彼らが州を超えて北スラウェシまでに来た理由は、チキン工場で働くためでした。元々はNTT州で農家の両親を手伝っていましたが、NTT州の農家はインドネシア国内でも特に低く、月収で日本円でたったの4,000円程度。この収入だけでは毎日インスタント麺くらいしか食べられません。そこで、叔父さんの紹介で北スラウェシ州のチキン工場で働くことになったそうなのですが、蓋を開けてみたところ、その企業がとんでもないですブラック企業だったのです。

24時間鶏小屋の中で生活を強いられ、1日12時間から18時間という長時間労働の日々。スタッフの一人イユスさんは、10,000匹もの鶏の異臭と戦いながら鶏小屋を清掃をするのが一番辛かったと語ります。劣悪な環境で休日もなく働かされる、現代の奴隷のような生活。さらに、元々企業からは20,000円弱の月給を提示されていましたが、1ヶ月が経ってもNTT州からの飛行機代という名目で1円ももらえないままだったそうです。

そうした状況を知ったイルワンさんの友人から、彼らの働き口はないかと相談を受け、彼らを助けたいという想いで雇用を決めたのだと、イルワンさんは語ります。

彼らは今、イルワンさんが昨年から始めたという農業のトレーニングを受けています。もちろん、給料がきちんと支払われるだけでなく、住まいやインドネシアの移動に欠かせないバイクまで支給をしてあげているのです。25,000円の給料で、家賃が浮くのであれば、NTT州も家族にも充分仕送りができます。私は3人の男の子たちに、

「あなたのモチベーションは何ですか?」

と尋ねました。すると全員が、

「家族を助けることです。」

と答えました。全員がまだ20代で、自分よりも年下の兄妹がいる中で、長男として家族を支えたいという想いはみんな同じのようでした。

そして私が一番心を痛め得たのは、NTT州の農家の収入が、気候変動の影響で、近年さらに減ってしまっているということ。異常気象によって、収穫量が減ってしまい、元々苦しい生活をしていた人たちが、さらに厳しい状況に置かれているのだそうです。

こちらは気候変動に立ち向かうインドネシアの民族の暮らしを追ったドキュメンタリー。NTT州では豪雨で水力発電のタービンが破壊される被害も。

翌日、私は彼らが今受けているトレーニングの現場を見るために、農園を見学させてもらうことにしました。しかし、雨季はもう過ぎたはずなのに、土砂降りの雨が降り止まず、この日は見送ることに。

「今日の天気も本当におかしい。こんな風に、いま気候変動の影響は今インドネシア中に及んでいる。ナツメグやクローブは異常気象の影響で収穫量が減っているし、カビも発生しやすくなっている。だから我々はサステナビリティ認証の取得にとどまらず、小水力発電も始めようとしている。インテグレートファーミング*にも挑戦しようとしているんだ。」

そう語る通り、彼は実際にアクションを始めていました。新たに土地を購入し、オーガニックのハーブを栽培し、お茶にしてヨーロッパに輸出しているそうです。農園の脇には虫小屋があり、そこで幼虫を使って堆肥を作り、畑に撒いているのだそうです。幼虫は鶏の餌にもなり、その鶏糞も肥料にしています。このような家畜と作物の生産を統合した農業システムを、「インテグレートファーミング」と言います。

オーガニック農園でトレーニングを受けるスタッフ。イルワンさんの口調はいつも穏やか。隣の虫小屋の写真は、虫が苦手な方のためにアップを控えます😌

これらのプロセスや知識をトレーニングで教えることで、従業員はサステナブルな農業について理解を深めていきます。改善にも余念がなく、この日は土のサンプル採取して、自宅に持って帰っていました。土壌の生物を計測し、顕微鏡で微生物の量をチェックしているのだそうです。ナツメグの農園の土も採取して、収穫量やクオリティ向上のための調査もしているもだとか。

ハーブ農園の丘を下ると、そこには川と、小水力発電をするための水車が設置されていました。発電した電気を何に使用するのか尋ねると、

「近年エルニーニョの影響で、乾季に雨が全く降らなくなってしまうという事態が起こっている。だからこの川で発電したエネルギーを使って、川の水を畑に撒くんだ。これも気候変動への適応策の一つだよ。」

現在設営中の小水力発電システム。前日の季節外れの豪雨で川が茶色くなっています。

現実問題として、気候変動の影響で、農家の人々が職を失ったり、明日食べるものに困るという状況が既に起きています。悲しいことに、スパイス農家も例外ではありません。収入が減り、ひどい場合は職まで失い、出稼ぎをせざるを得なくなる農家の人々。神にもすがる思いで手にした仕事で、イユスさんたちの様に搾取の対象にされ、人権問題にまで発展することもある。

私たちはラッキーなことに、こうした状況をよくするために、選択をすることができます。フェアトレードやオーガニック、レインフォレストアライアンスといった国際認証の商品を買うということは、間接的にでも企業を通して農家の持続可能性に影響を与えることができるからです。中でもイルワンさんは、経済的に困窮している人々や、女性を積極的に雇用するなど、あらゆる側面でソーシャルインパクトを生み出している稀な存在でしょう。

もしも日本で認証品のナツメグやメースを見かけたら、積極的に購入してみてください。見つからない場合は、ぜひリクエストしてみてください。きっと、その先に、イルワンさん達のような人たちが繋がっていて、今よりちょっと素敵なスパイスの未来に進むことができるはずです。

ナツメグ工場のスタッフたちと。女性社員が多くみんな優秀。いつも和気藹々としていて、とてもアットホームな職場!


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