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日焼けが嫌いな、グリーンコリアンダー

2月に入り「シードスパイス」と言われる種のスパイスの収穫のシーズンが幕を開けました!インドは西部のグジャラート州とラジャスタン州、マディヤ・プラデーシュ州の一部の地域が主要産地とされています。そのシードスパイスの中でもメジャーなものは、コリアンダーシード(以下コリアンダー)、クミンシード、フェンネルシード、マスタードシード、メティーシードなど。これらのスパイスが4月にかけて収穫の最盛期を迎えます。

ターメリックの収穫の調査のために滞在していた、マハーラーシュトラ州のサングリという街から一気に北上し、夜行バスでおよそ22時間(過去最長!)、グジャラート州の主要都市、アーメダバードにやってきました。今回のお目当てはコリアンダー。スパイスカレーを作る上で欠かせない4大スパイスのうちの一つです。そしてその収穫を見届けることが、1年間のスパイスの旅の最終目的でもあります。

アーメダバードから更にローカルバスで西に向かい、目指すは収穫されたシードスパイスが集まる都市「ラージコート」。窓の外を眺めていると、数え切れないほどのシードスパイスらしき畑が通り過ぎて行きます。昼間は30度近い気温でしたが、乾燥地帯のため日陰はかなり涼しく、夜到着した頃には、少し肌寒くなっていました。(ちなみにラージコートは、インド独立の父・ガンディーが青年期を過ごした場所としても有名です)

実は以前からラージコートにはご縁を感じていました。千葉県に暮らす友人の叔父さんが近辺でスパイス農園を営んでいると聞いていたことや、年始に参加したFAO(国連食糧農業機関)のフォーラムでお会いした農家さんの拠点がまさにココだったのです。早速翌日はいつも通りマーケットから下見することに。インドの公設市場はAPMC(農作物市場委員会)といって、周辺農家から大量の農作物が集まるため、情報収集のためにこれまで各地で何度も訪問してきました。しかし、今回初めてゲートでセキュリティのチェックが…!外国人は入場許可がいるというのです。しかし、実に運の良いことに、千葉県の友人の従兄弟のアミットさんがラージコートのAPMCに勤務していたおかげで、中に入れただけでなく、案内までしていただけることになりました。

ラージコートのAPMC

アミットさんは最初に、オークションで競り落とされたコリアンダーがあるエリアに私を連れて行き、コリアンダーを手に取りながら、

「今は収穫が始まったばかりだから、出品されているのは昨年収穫されたものが殆どなんだ。この時期出回る初物は水分量が多いから、輸出用のものはもう数週間後からになるかな。」

と教えてくれました。ベストの水分量は8%〜10%なのですが、この時期のものはそれを超える水分量を含むものが多いのだそうです。

「今年収穫されたものも拝見することはできますか?」

とお願いすると、アミットさんは施設の外れにあるサプライヤーの加工ユニットに連れて行ってくれました。そこには山積みのコリアンダーが。ローリングで茎や石などの不純物を取り除き、グレーディングという作業でサイズを分けて行きます。いくつかのバッグから別々のコリアンダーを取り出してもらい比較すると、明らかに色の違いが。緑色がかったものが、今シーズン収穫された、通称「グリーンコリアンダー」で、オレンジのような爽やかな香りがします。ここでの色の分類について教えてもらうと、大きく以下の4つに分かれるそうで、色がグリーンのものがより鮮度が高いとして、高値で取引されます。

・ダブルパレット(濃いグリーン)
・シングルパレット(グリーン)
・スクーター(ゴールド)
・イーグル(ブラウン)

また、大きさも重要視されていて、小さいものは「ダニ」、大きいものは「ダナ」と呼ばれ、小さい方がより香りが強いため高い値段がつくそうです。

今年のコリアンダーの価格は昨年に比べて低いそうなのですが、その理由を聞くと、アミットさんはクミンの価格と連動しているからだと教えてくれました。昨年クミンは異常気象で収穫量が大幅に減り、史上最高の高値で取引されましたが、コリアンダーもクミンの価格と連動する傾向があるそうで、特にグジャラート州は「ダナジラ」といって、コリアンダーとクミンのミックスパウダーの需要が多いことも影響しているのだと言っていました。

アミットさんがAPMCノバイヤーに取引価格を聞いているところ
案内していただいた加工ユニット
左がダニのシングルパレット、真ん中がダナのスクーター、右がダナのダブルパレット

次の日は千葉県の友人の叔父さんの農園を見学させていただけることになり、ラージコート南に30kmほど降った「ブナバ」という街に向かいました。案内してくださったのはバハベシュさん。14haもの広さの農園を営むオーナーです。彼は15年前からオーガニック農家としてスパイスをはじめ様々な作物を栽培していますが、殆どの農家が農薬や化学肥料を使い栽培をしている中で、どのように成功をして行ったのか?

「私たちはラジウ・ジクシットという独自のブランドで、APMCのマーケットに頼らず、アメリカなど海外のクライアントに直接オーガニックの商品を販売しています。オーガニック認証は取得していませんが、取引先のマーケットはインド人コミュニティ、信頼関係を築いているので全く問題ありません。僕たちはオーガニックを推進するNGOも運営しているし、ラージコートの農業研究者との繋がりもあり、生産性を高めるための肥料のレシピも研究しています。」

そう言って見せてくださった有機肥料は、牛糞、牛尿、ギー(澄ましバター)、カード(ヨーグルト)、バターミルク(ヨーグルトの油分を取り除いた飲み物)、ジャガリー(無精製の砂糖)、蜂蜜、ココナッツウォーターを混ぜ、発酵させたもの。灌漑の際に水とともに植物に与えるのだそうです。

14haもの広さのオーガニック農園を営むバハベシュさん。牛は彼の大事なパートナー
牛の糞尿にジャガリーや蜂蜜を入れて発酵させた有機肥料

研究に余念のない勤勉なバハベシュさんは、「コリアンダーの収穫が見たい」という私の希望を聞いて、周辺の知り合いの農園を回りながら、様々なステージのコリアンダーを見せてくれました。花が咲いてから収穫までは約35日から40日、実ができたら最後の灌漑をして、土が乾いてきたらその4〜5日後に使用するのだそうです。ちなみにグジャラート州は6月頃から9月頃にかけてが雨季で、2月現在は乾季のど真ん中にあたります。この地域は地下水豊富なので、それを組み上げて適度に灌漑を行います。

また、種はほどんどの農家が収穫したコリアンダーの出来の良いものを翌年の種として使うのだそう。バハベシュさんにおいては、一部の唐辛子のみハイブリッドの種を購入していますが、他は全て自社の農園で管理をしています。日本ではF1という一代限りの交配で終わる種が主流なので、インドのように自分たちで種が育てられる仕組みがまだ多く存在しているということは、とても健全だと感じました。

「私たちが持続可能な農業をする一方で、気候変動の影響はどの作物も受けています。モンスーンのパターンが変動しているし、季節の変わり目で虫や病気が増える。ラジャスタン州では昨年クミンシードが季節外れの雨で大幅に収量がさがり、価格が高騰するという事態になったけれども、4日前も同じことが起こったばかりです。グジャラート州も地理的に近いのでもちろん被害があります。ほら、そこのクミン農園は多くのクミンが痛んでしまっているでしょう?これは急激な温度変化と虫の被害によるものなんです。今年は60%ものクミンがダメージを受けているとも報告されているので、恐らく昨年と同様に価格が高騰するでしょうね。」

と語りました。クミンは需要と価格が高いことで挑戦する農家も多い一方で、とてもリスクが高い作物なのだとか。また栽培に失敗した際に種を残すことが難しく、農家によっては2〜3年に一度は種を買うことになるそうです。

バハベシュさんの知り合いの、ダメージを受けてしまったクミン農園
クミンの株を揺らすと小さな虫が。気候変動によりこうした虫が発生し繁殖しやすくなるのだそう

そしてついに、まさに今コリアンダーを収穫作業中という農園へ。彼の友人だというオーナーのネイミスさんと、脱穀機を貸し出ししているバイラーさんが出迎えてくれ、収穫したコリアンダーの種の部分を機械で取り除く作業を見せてくれました。そこには脱穀されたばかりの鮮やかなグリーンコリアンダーが!あたり一体に、柑橘のような爽やかさを含んだコリアンダーの香りが広がりが漂っています。脱穀機の手前にはカラフルな布で包まれた大量のコリアンダーの束。

「この布で包むことで、紫外線でコリアンダーの緑色と香りが飛んでしまうのを防いでいるんです。コリアンダーは収穫してからこの状態にして、15日から20日畑で乾燥させ、脱穀の作業をします。この畑は2haありますが、この作業だけで8時間から9時間、一日作業になりますね。」

とネイミスさんが教えてくれました。

コリアンダーの収穫の後、乾燥をして脱穀をしているところ
脱穀したての、グリーンコリアンダー
布で覆っていたところはグリーンのまま。解いた瞬間に柑橘のような香りが立ち込める!


脱穀機のリース費用は1時間あたり1000ルピー(約1800円)、労働者の日当は300ルピーから400ルピー。特に収穫の最盛期になると、日当は高くなるそうで、隣のマディヤ・プラデーシュ州からの出稼ぎ労働者もいるのだそう。マディヤ・プラデーシュ州の一部でも多くのコリアンダーが生産されているため、地元で作業を終えた労働者が、わざわざグジャラート州まで来るのでしょう。

それほど農業が盛んな地域でありながら、今若者の農家離れが進んでいると、バハベシュさんが言いました。

「課題は今の農業は充分な補償を受けられないということにあります。固定収入がないので、離農せざるを得なくなることも。生産にかかる費用は前払いですし、資金や補償のない農家は永久に赤字経営に陥ることになります。また、収穫の最盛期にマーケットで売ると、供給過多で価格が下がります。例えば今は1kgあたり100ルピーから150ルピーですが、今後50ルピーから60ルピーに下落すると予測されている。保管をしておいて供給量が下がって値段が上がった時に売ればと思うかもしれませんが、賃金や資材の支払いのためすぐに、農家はすぐにお金が必要なんです。倉庫を借りるにも、費用がかかりますからね。」

農家のキャッシュフローの厳しさは、ここだけではなくインド全体、もっというと、世界各地で課題になっています。人口増加が進み、食料の需要が高まる中で、離農が進まないようシステム変革が求められているのです。

バハベシュさんは脱穀した後の、ポストプロダクションの重要性についても教えてくれました。APMCのマーケットでは割れてしまったコリアンダーが安価で販売されていましたが、水分量の多い状態で脱穀しバッグに入れてしまうと、このように割れてしまうのだそうです。一方で、紫外線に長時間当てると緑色と香りが抜けてしまうので、適切な管理が必要なのです。

日本で見かけるコリアンダーの多くは、緑色が抜けてゴールドやブラウンになっている状態のものがほとんど。もちろん、それでも良い香りがしますが、収穫して間もない、フレッシュな香りのするグリーンコリアンダーを、日本でももっと楽しめるようになるといいなと感じました。そこに付加価値をつけ、農家の人たちに還元できると、さらに素敵だなと思います。

左からバハベシュさん、ネイミスさん、バイラーさん
日焼けを避けるために布に包まれたコリアンダーと、脱穀作業をしているファミリーのお子さん







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