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オーソドックスなカレーにいつもと違うをプラスする

過疎化が進んだ田舎の町に赴任した時の話だ。

そこは田舎といっても、私にとってはなんともちょうどよい田舎だった。
歴史の舞台で有名な史跡が点在していて、それを活かして、趣のある町並みが形成されていて全く飽きることがないくらい素敵なところだ。
ただひとつ、冬は凍死しそうなくらい寒いという難点はあった。

当時、私の会社ではその町の人たちと協力して、まちおこし事業に携わっていた。
私はその担当ではなかったが、たまに人手が足りないときに先輩の手伝いに駆り出されていた。

まちおこしのプロジェクトのひとつとして実験段階にあったものが、ダチョウだ。
ダチョウは、大きな卵も希少価値が高いが、なんといってもそのお肉は美味だということでその町の名物にしたいと考えて実施されていた。

雛から大切に森の中で育てたダチョウたちは、数ヶ月で私の背丈を追い越した。
人好きで、よく見るとすごく美人だ。
まばたきすれば嵐が起きそうな長すぎる睫毛に、可愛い瞳。モデルさん以上にきれいにすらりと伸びた長い足。
性格は、かまってちゃんのツンデレだった。

それから、あっという間に食べ頃になったダチョウを3羽選定し、精肉業者に解体を依頼する時期がやって来た。

異変を察知した彼らは、逃げ回っていた。
蹴られながらもなんとか取り押さえて、頭に巾着袋のようなものをかぶせて口をゆるく締める。
すると途端に運命を受け入れたかのように大人しくなり、こちらが誘導するままに、トラックに積み込まれてしまい、去って行った。

当日の作業は悲しくなるかな、と思っていたが、全然そんなことはなかった。
仕事だったからだと思う。
ダチョウは骨折しやすく、足を傷つけたら肉としての価値が落ちるそうで、最高の状態で工場に送ることに夢中だった。

町の人たちと分けて、一部戻ってきたダチョウの肉は、職場でグリルで焼き、塩をかけていただいた。
赤身のない引き締まった牛肉のような感じで、とても美味しかった。

私は、厳しい自然の中で生き延びた命をいただくことは、その命が摂取した食物や自然の中の情報や遺伝子のようなものをまるごといただくのと同じではないかと感じる。
人は動物、野菜、穀類を食べて、自身の身体を作っていく。その過程のなかで、それらが生きている間に蓄えた免疫を自身のものにし、長い寿命を生き抜くことができるようになるのではないかな、と思う。
そして、食によって続いてゆく命を、他者へと生かすことができたら、最高だ。

先日、『カレーライスを一から作る』というドキュメンタリー映画を図書館で借りて観た。

この作品は、『グレートジャーニー』の探検家で医師でもある関野吉晴さんの課外授業を撮影したもので、武蔵野美術大学の学生たちと、なんと9ヶ月間もかけてカレーライスを作る講義だ。

この授業では、一から米や野菜、調味料を作るだけでなく、肉や、皿、スプーンに至るまで全て自分で作る。
そして、例えば『じゃがいも』を作るにしても、何種類かを植えることで多様性が生まれ、どの種かは生き残り、絶滅を免れると関野さんは学生らに伝える。

学生たちは、一からカレーを作るなかで、様々な葛藤に苦しむ。
野菜が育たないから、無農薬栽培でと指導されているのに、化学肥料をどうしても入れたがる学生。
鳥肉を作っているのに、あっという間にダチョウの雛は全滅し、無事に育ったホロホロ鳥と烏骨鶏には愛情が芽生え、生かしておきたいという学生。
それでも、作るために工夫し、鳥を自ら殺しさばき、生きるためのカレーをしっかり模索していた。

最後にできたカレーは、まるでポトフのようだったが、スーパーで簡単に手に入る食材とは全然違って、画一化された規格品や変わらない味ではなく、季節や、生き物ひとつひとつの個性があって、全て違い、味に深みがあり、そこから圧倒的な世界の広さを学生たちは感じていたように思う。

私の畑では、ビーツというボルシチに使われる野菜を育てている。
缶詰めのビーツとは違って、しっかりした土の風味があり、結構美味しいのだが、ボルシチにできるほどは、家庭菜園用の種のためか大きく育たない。

いつもお世話になっているかなこさんから、noteでビーツを使ったカレーを作っている方がおられると教えていただいた。

それならば、この手のひらサイズのビーツでカレーをいざ作らん。

自家栽培のビーツ

あとの野菜は、自然栽培の北海道産の玉ねぎに、無農薬の長崎県産バレイショと近所の農家さんの無農薬人参、青森県産の低農薬のニンニクを使う。

私ができる限り無農薬の野菜を使うのは、農学校に通っていたときに、先生から農薬を使うことで土の中の微生物が死滅してしまい、土がスカスカになって大雨が降ると土が流出する上に、土の貯水能力が落ち、洪水になりやすくなると習ったからだ。
農薬が必要な場合も、もちろんあるものの、昨今、洪水が増加していて、それに対応していくのが仕事である土木屋の私にとっては、災害が多すぎるのは芳しくない。
また、多自然型の環境づくりを目指しているため、害虫も益虫も区別なく駆除してしまう農薬は、河川に流出する場合もあり、人体に影響するかもしれない。だから、なるべく農薬を使わなくて良いようなバランスの取れた地域づくりをするのも、私たちの仕事だと最近感じる。

さて、カレーを作る時は、私は新たに野菜を買わない。必ず常備している、カレーといえばの野菜がたまってきたときに、カレーを作る。

カレーに入れる野菜

ジャガイモは、大きさも不揃いで、芽も生えてきているが、そこが健康的な野菜の証拠だ。
ニンジンもどでかくて、形もいびつだがそれがいい。

冷凍庫には、だいぶ前に入手した和歌山県の地鶏のムネ肉があった。本当はモモ肉の方が美味しいが、これを使う。

和歌山県の地鶏のムネ肉

これらを炒めて、鍋に入れ、いつものイタリア産のトマトの水煮缶と月桂樹の葉をいれ、野菜だしと水を適量入れ、煮込む。

煮込む前の様子

そこに、玄米粉で作られた市販のカレールーと、塩、胡椒、ケチャップ、ウスターソースで味を整え終了。

できたカレーはビーツの色が効いていて、なんだか赤いが、大地の味がして美味しい。

ビーツカレー

武蔵野美術大学のカレーには全然届かないが、自分で土づくりをして栽培した野菜がひとつ入るとなんだか世界は変わる。
関野さんの講義を学生時代に受けることができたら、人も自然も家畜も、生かし生かされて、与え与えられ、そんな循環や、つながりを、身をもって感じる経験がもしできていたら、私はもっといい技術者になれてたかもしれないな、なんて思ったカレーづくりだった。

(完)


本記事を書くにあたって、参考にした映画は下記のとおりです。


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