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どこに重きを置くか

昨年、会社で雑談していたら、どうもテレビを見なくなったという人が多くなっている傾向にあることに気が付いた。
どうしてか少しだけ分析してみたところ、チャンネルを変えてもどこの局も同じような内容で、議論の余地がある事象に関しては、賛成派、反対派両方の意見が平等に聴けるようにして欲しいのに、どちらかに偏っているような気がするから、という印象を受けた。

私は、人々の暮らしに欠かせない水や、道路といったインフラを造る土木の仕事をしているが、その中で最も優先されるべき事項のひとつが人命だ。
だから、優秀なベテラン先輩たちは、政治や社会情勢にアンテナを張り巡らすのはもちろんだが、その情報源と、正確さと、安全性に気を遣う。
事業をはじめるための会議になると、先輩たちの追究には熱が入り、時にそのしつこさに発狂してしまいそうな気分になるが、ある程度のところまでは、石橋を十分叩いて渡るくらいの用心に用心を重ねた方がよいので、当然といえる。

先輩のひとりは、「タダで得られる情報は基本的には信用しない。信頼できる有料のソースから得るか、本を読まないと」と言う。
どこにそんな時間があるのかと驚嘆してしまうが、その先輩は、毎月新しく発刊される新書を全部読むらしい。

そんなわけで、私もテレビを絶って、たくさん新書を読もうと、意気込んで向かった図書館のジュニア向け新書コーナーで一冊の本を見つけた。
こんな難しそうな本を中学生から読めるのだろうかと内心驚きつつ、これはナイスなタイミングと思い借りた本だった。
ところが私は、相変わらずプライベートではテレビをBGM代わりに過ごし、仕事が忙しいことを理由に、貸出し期間の延長を繰り返して、その本は積読したままになっていた。
もう、グッドタイミングではなくなっているかもしれないが、とりあえず返却するために読もうと、つい最近、ようやくその本に手を付けた。

その本とは、国際ジャーナリストの堤未果さんが書かれた『社会の真実の見つけかた』で、岩波ジュニア新書から発行されている。
2011年が初版の本なので、内容は結構古いかなと思って読んだものの、むしろ新しいくらいだった。
中学生くらいの世代はもちろん、それ以上の全年齢層において、今最も読まれるべき一冊と感じるくらいのもので、あっという間に読み終えてしまった。

本書は、主に9.11以降のアメリカの若者たちへの取材をとおして、その実態と実際を把握した堤さんが、若い世代の人々へ向けて、自分たちで自身の未来を選ぶ自由という権利を獲得するために、メディアの情報を鵜呑みにするのではなく、それらを読み解く方法を指南したものである。
戦争の作りかたの他、ビジネス化した教育に翻弄される中、生きてゆくには参戦せざるを得なくなった若者たち、そしてその背景にあるメディアの存在が描かれている。
堤さんは、悪のように見える事件や人たちであっても、表面的なものだけで判断するな、と警告する。

本書で私が最も印象深かったものが、ベトナム戦争のことだ。
たまたまこれを読む前に山本文緒さんの『自転しながら公転する』を読み終えたばかりだった。山本さんの小説では、ささやかだけれど、決して小さな存在でなくベトナム戦争の影がある。
戦争は、ずっと先の子どもたちにも影響を及ぼす。それは、未来になってはじめて分かる。

恥ずかしながら、私はベトナム戦争の背景で起こっていた有名な真実を知らなかった。
堤さんは、本書でこう語る。

一九六四年におこった「トンキン湾事件」は、当時のベトナム・トンキン湾で北ベトナム軍の魚雷艇がアメリカ軍の駆逐艦を攻撃したとして、北ベトナムに報復攻撃、これをきっかけにベトナム戦争に本格突入した。だがこの事件は一九七一年、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者によって、アメリカのでっちあげだったことが暴かれている。

堤未果『社会の真実の見つけかた』(岩波ジュニア新書)

さらに堤さんによると、ベトナム戦争は「報道が止めた戦争」と呼ばれていて、真実が暴かれた発端はベトナム戦争に関するアメリカ国防総省の最高機密文書『ペンタゴンペーパーズ』の存在だという。
これは、映画化され、2017年頃に公開されていたので、観てみた。

『ペンタゴンペーパーズ/最高機密文書』は、スティーヴン・スピルバーグ監督が今撮影すべき映画とし、その当時、最優先で製作されたものだ。
本映画は、最初にベトナム戦争の真実を公開した『ニューヨーク・タイムズ』ではなく、そのライバル紙である『ワシントン・ポスト』の記者たちが描かれている。
『ペンタゴンペーパーズ』の全文を入手した『ワシントン・ポスト』の記者たちは、法律と政府の存在と、会社存続の危機を優先させるのではなく、戦争に関わっている数多くの命や、報道の自由のため、葛藤しながらも闘争を続け、記事の公開に踏み切る。
そして、最終的に政府との裁判で勝利する彼らの熱い姿は、勇気のある真の正義を貫くことの大切さを教えてくれる。
これも、今最も観るべき映画のひとつだ。

話を堤さんの本に戻そう。
堤さんは、真実を得るために決して妥協せず、いくつものメディア、それは日本のメディアだけでなく海外のものとも比較しながら真実を追究することを奨める。
そして、自分たちの力で努力し続け、権利を勝ち取った高齢者たちの姿も実例に挙げながら、最後に若者たちに対して、『今自分たちの世代を取り巻く状況が苦しかったとしても、あきらめない限り道は必ずある。そして変化が見えるまで何度でも繰り返し働きかけられる』と訴える。

堤さんの本と、スピルバーグ監督の映画は、何よりも、命を優先することを忘れてはいけない、ということを再認識させてくれる。
そして、そのための勇気ある行動は、最終的に、自分自身をも救うことになるということを教えてくれる。
私が仕事で出会った尊敬している土木の先輩たちは、皆一様に、人命を最優先にしている。彼らは、たったひとりの犠牲者であっても絶対に出さないための最善の手段を追い求める。
それを忘れてしまうから、はるか昔から人々は大きな過ちを犯し続け、未だに抜けられずにいるのだろう。
そして、私も、その中のひとりにいつでも陥る可能性がある。だから、真実を探し求めるための努力は妥協せず、真に正しい行動を、いざというときにとることができるよう、ひたすら歩み続けるしかないのだと思う。

(完)


本記事を書くにあたって、以下の書籍と映画を参考にしました。

その他、本文中の書籍は以下のとおりです。


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