苦しみの日々 哀しみの日々

前略 茨木のり子様

向き合う、とは、どういうことなのでしょう
どうすればよかったのでしょう

苦しみに負けて
哀しみにひしがれて
とげとげのサボテンと化してしまいました

だって
苦しみたくないのです
傷つきたくないのです
批判されたくないのです
これが偽りのない本心なのです

私でいたくないのです
誰かでありたいのです
けれど手放しで褒められたいのです
お前には才能があると認められたいのです
厳しく指導されてなお向上させたいものなどは無いのです

心臓はもう壊死しました。
本音は窒息死しました。
いつまでわたくしを養えば良いのでしょう。
こんなでも、まだ通り抜けられるかしら。

あと何ミリ傷をえぐれば、
私にひとのことが分かるのでしょう?
ひとは私を愛してくれるのでしょう?

わたくしは、
はしゃぎや浮かれは要らないのです
ただひとりのひとを
愛することができたのならば…… 草々

苦しみの日々 哀しみの日々

 苦しみの日々
 哀しみの日々
 それはひとを少しは深くするだろう
 わずか五ミリぐらいではあろうけれど

 さなかには心臓も凍結
 息をするのさえ難しいほどだが
 なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
 あれはみずからを養うに足る時間であったと

 少しずつ 少しずつ深くなってゆけば
 やがては解るようになるだろう
 人の痛みも 柘榴のような傷口も
 わかったとてどうなるものでもないけれど
 (わからないよりはいいだろう)

 苦しみに負けて
 哀しみにひしがれて
 とげとげのサボテンと化してしまうのは
 ごめんである

 うけとめるしかない
 折々の小さな刺や 病でさえも
 はしゃぎや 浮かれのなかには
 自己省察の要素は皆無なのだから

茨木のり子 『倚りかからず』

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