けいこ

猫と旅行と本と映画が好きです。2015年生まれの男児を育てています。東京在住。

けいこ

猫と旅行と本と映画が好きです。2015年生まれの男児を育てています。東京在住。

マガジン

  • 子育てよしなしごと

    子育てのなかで感じることあれこれ

最近の記事

コロナ感染の記録(超軽症の場合)

ここまで罹患せずに来たので逃げ切れるかと思っていたら、この夏ついにコロナウイルスに感染してしまった。家族全員ワクチンは打てるだけ打っており、夏になってからも屋内ではマスク着用をしっかりしていたので、どこでもらったのかは不明。外食や旅行は普通にしていたので、気が緩んだところもあったとは思う。 夫が「風邪っぽい…」と言い出して横になって数時間後、あれよあれよと39度近い発熱となって咳が出始めた。幸い徒歩5分のところに予約制の発熱外来があったので連れて行ったところ陽性と出た。

    • 中学受験について

      少し先のことを考えたりする。小学校受験は親の覚悟が無いばかりにできなかったので、次は中学受験をどうするか、だ。以下、結論も知見もない低学年児童の親による弱気かつフワフワとした問わず語りとなります。 都心では中受で消耗して云々、といった言説は良く見られるけど、個人的な観測範囲では実際そこまでヒートアップしているものではない気がする。特に親自身が中受を経験している人ほど「あんまりやらせたくないね、辛いから。でもやらなきゃいけないのかなあ…やだねぇ」みたいなテンションだし、最難関

      • 育児負担の不均衡

        前提として、わたしはほぼ専業という立場で、7歳の息子が1人いる。歯と目が弱くちょこちょこ通院があったりはするけど、現段階ではそれ以外に健康や発達に問題はない。 妻が専業の家庭における育児の負担の不均衡について、振り返ってみた。 乳幼児の期間は、まず膨大な日常のお世話がベースラインにありつつ、見えない家事の育児バージョン(そこの境目はそもそも曖昧だけど)みたいなものがどんどん積み上がる。育児に必要な情報収集やもろもろの判断や役所の手続きといった総務事務的なことだったり、自分

        • 続・子供がほしくなかった人が親になったおはなし

          ずいぶん前に書いた文章を、いまだに読んでくださる方がいる。子を持つことに、かつての自分と同じように悩む方がきっとたくさんいるんだなと思う。 あの文章を書いたのは、息子が2歳半の時だから、あれから約4年半が経っている。4年半経ってどうだろうかというところを書きたくなりました。 誤解を恐れずに言うならば、仲間が増えた、という感覚が最も今の気持ちに近いかもしれない。 生まれたその日から、彼は我が家の成員なのだけど、当初仲間という感覚はなく、庇護すべき存在という位置付けにあるこ

        コロナ感染の記録(超軽症の場合)

        マガジン

        • 子育てよしなしごと
          8本

        記事

          週末の記録

          - 金曜日 幼稚園の仲良しと公園へザリガニを釣りに。別の日に、面談が入っていたためにみんなと一緒に行けずに泣いてしまったのを見ていたお友達のお母さんが「あんまりかわいそうで」と再企画してくれたのだった。ありがたい。 - 土曜日 ピアノのレッスンののち、虫捕りに大きな森の公園へ。夏にあれほどたくさんいたカマキリがほとんどおらず、虫シーズンの終わりを感じる。 - 日曜日 わたしの両親が、週の後半を過ごしている山の家へ。週の前半は建て替えたばかりの街の家の庭を整えて過ごして

          週末の記録

          遊撃的週記

          ずいぶん空いてしまった。ここ数日のこと。 - 金曜日 夫の実家のある大阪に帰省。gotoキャンペーンの恩恵でだいぶお安く行けた。大阪は相変わらず街が持つ情報量が多くて圧倒されてしまう。美々卯でうどんすきを食べた。駅で見かけた「満月ポン」というお菓子が美味しそうで買ってみたら大好きな味だった。軽くてぷわぷわしたお煎餅に香ばしい醤油が薄く塗ってあって、川越のお煎餅みたいだった。 - 土曜日 電車に乗ってお墓参りへ。墓石に書いてある文字をひとつひとつ読んでもらいたがる息子の

          遊撃的週記

          くらえ!血管内焼灼術!というような。

          週末に、隠れ下肢静脈瘤というものをなんとかするべく、下肢静脈瘤血管内焼灼術という忍法みたいな名前の日帰り手術を受けた。片脚がむくんで夜になると痺れる症状が長いことあったので、もしやと診察を受けてエコーで見てもらったところ、表面からは見えない静脈瘤があって、血流を阻害していたのだった。 手術は、静脈瘤のある血管内に細い何かを入れて?その細い何かから出るレーザー?で血管を焼いて?血管そのものを閉鎖する?ことで新たに他のところに血の通り道ができる?ということらしいのだけども、この

          くらえ!血管内焼灼術!というような。

          「フェアウェル」感想 / 移民の子どもたちへの親近感の理由

          雨の中を日比谷へ「フェアウェル」という映画を観に行った。 中国系のアメリカ人としてNYに暮らすビリーとその家族のもとに、中国に暮らす祖母の余命がわずかであるという報せがある。祖母にその余命がわずかであることを告げないまま、祖母のもとに集まる口実として、従兄弟の結婚式をでっち上げる。一族総出で祖母に優しい嘘をつきながら、親族それぞれが複雑な想いを抱えながら結婚式までの日を過ごす物語。 アメリカに暮らすビリーの一家、日本に暮らす叔父の一家、中国に暮らす叔母の一家と祖母の妹とい

          「フェアウェル」感想 / 移民の子どもたちへの親近感の理由

          10/4 トロールズ ミュージック★パワーとあれこれ

          朝から泳ぎに行く。朝の9時にプールにいる人間なんていなかろうと思ったらたくさんいた。朝が弱い自分にとって、午前中にばりばりと運動するなんてもはやエクストリームスポーツの域なのだけど、一般的にはそうではないのだな。 今朝はTwitterのタイムラインに、貧しさについての色んなタイプのツイートがたくさん流れていてなんとなく弱った。日本がどんどん貧乏になっていることや、格差が拡大していること、そのせいか贅沢は敵だ、分布相応な背伸びをするな、みたいな貧乏全体主義みたいな価値観が拡大

          10/4 トロールズ ミュージック★パワーとあれこれ

          まとまりのない週記

          9/28 同時多発サイズアウトにより息子の靴を3足いっきに買い替えたと、昨日の日記に書いた後、幼稚園にお迎えに行ったら「お母さん、これ…」と息子に上履きを渡され、上履きも突然のサイズアウトを迎えたことを知った。 慌ててひとつ上のサイズと、念のためもうひとつ上のサイズのものを買いに行った。これで今週買った息子の靴が5足になった。 合間に、わたしも自分に靴をひとつ買ったので、6足もの新しい靴が我が家にやって来た。まるで昆虫だ。 9/29 区の屋内プールに行った。モダンな木製のパ

          まとまりのない週記

          週記になっちゃった

          日記が続かなかった! 毎日書きたいのに、書こうとすると息子のことばかりで、なんとなく負い目のような気持ちがあって止まってしまった。みんなは色んなことをしてるのにわたしときたら、と。卑下することではないのに、わたしの日記がわたし以外の人物のことで占められていることへの謎の負い目。書くことは楽しいから、ときどき通帳記帳のような感じで書こうかな。 自分の不注意により足に楽器を落として、あまりの痛さに子供のように泣いた。痛いよ〜と泣きながら、骨が折れてたら子の送迎を夫に代わっても

          週記になっちゃった

          ルッキズムとエイジズム

          えらいタイトルだな。 息子は当たり前だけど母であるわたしのことが大好きで、日々まっすぐの愛の言葉をぶつけてくる。嬉しいことだけど、少し気になることがある。 おかあさん、ずっとおかあさんでいてね、ぼくが大人になってもだよ、と言う。おかあさんはずっとおかあさんですよ、と言うものの、そう言うことではなくて、おばあさんにならないで欲しいと言うことらしい。 それは無理よ、と言うと、だめ!可愛くなくなっちゃう!と狼狽する。今のままのおかあさんがいい、きれいだから、しぼしぼ(皺々のこ

          ルッキズムとエイジズム

          小学校受験をしない親のつぶやき

          秋!秋が来た!涼しくなってどれだけ自分が暑さに削られていたのかがよくわかる。夜の疲労がまるで違う。 息子の小学校に少し迷いがあって色々と考えている。私立小受験はしないと決めたし、年中のいま翻意したところで対策は間に合わないだろうけど、やっぱり少し未練は残る。 かつては道ゆく制服姿の私立小学校の児童を見ても何も思わなかったけど、いまは「本人も親御さんもめちゃくちゃ頑張ったんだな…すごいよ、えらいよ」と思うようになった。調べれば調べるほど、小学校受験準備というものは大変で、エ

          小学校受験をしない親のつぶやき

          9/15

          息子が5歳になった。毎年こうやって感極まって過ごすんだろう。彼の誕生日があまりにも感慨深くて、近年は自分の誕生日がどうでもよくなってしまった。 息子が生まれるためにわたしは肉体的にむちゃくちゃ頑張って、生まれてから今日までも心技体全部という感じでけっこう頑張って生かしてきたので、大切な息子の記念すべき日であると同時に、わたしがこの適当な人生で唯一とも言える頑張ってることを称える日としても、息子の誕生日は大事な日となった。 お母さんであることをアイデンティティにしないように

          9/10

          遅くまで寝付けなかったのにいつもより早く目が覚めた。夫と息子はもっと早く起きていて、リビングから声がした。父と子が会話をしているところを聞くのが好きなので、しばらく身を潜めて聞いていた。 朝ごはんを食べて、息子を幼稚園に送り、あっという間に時間が過ぎてお迎えに行く。帰路、道端で「ねえこれ落ちてたんだけど何かな」とゴキブリキャップを手渡されてギャッとなる。今まで路上で息子が拾った嫌なものランキングで、ぶっちぎりの1位。 お昼を食べて、レゴでなにやら作ったりお絵かきをしたりし

          9/9

          朝目が覚めて、暑そうな気配を窓の外に感じて「はあぁあ〜」と情けない声が出た。今日も夏なのか。 息子を幼稚園に送る。最近の幼稚園は息子にとっていまひとつらしく、登園について後ろ向きなことをしばしば言う。「まあまあ、楽しいことを探してごらんよ」と言いながら(そんなこと言われてもだよねー)と自分で思う。そんな内心なので息子にも響かず、園庭から仲良しの友達が塀越しに声をかけてくれたのを機に機嫌を直して登園していった。 迎えに行って、帰ってお昼ごはん。夫が作った、ナスとサラミとミン