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残したい「未来」から保育を考える──小西貴士 #保育アカデミー

「オンラインでも、参加者と深い気づきを得られる場づくりにチャレンジしてみたいと思ったんです」

2020年8月に開催された『夏の保育アカデミー』。最終日、写真家・森の案内人の小西貴士さんによる講義は、そんな言葉からスタートしました。

コロナ禍で失われようとしていた「大人の学び」を支えたい。そんな主催者・大友剛の呼びかけに多くの研究者や保育者が参加したセミナーで、4日目となる小西さんのセッションはそれまでと少し異なり、すでに出たキーワードやヒントを元に、参加者一人ひとりが「じっくり考える」時間となりました。

ここでお伝えできるものは、その豊かな時間のごく一部に過ぎませんが、エッセンスだけでもぜひ感じていただきたいと思います。

※ 以下は、BABY JOB株式会社が運営する『保育コラム』(現『手ぶら登園保育コラム』)で2020年11月2日に掲載された記事から転載しています。
https://tebura-touen.com/column/archives/3264

知識の伝達ではない、「深い学び」へのチャレンジ

小西さんの講義タイトルは『保育と環境 未来志向のデザイン』。

当初はそのテーマに従い、「人が生きるそもそもの環境」について小西さんがもつ知識を、参加者にシェアしていく予定だったそうです。

例えば、コロナで多くの問題が浮き上がった「経済」の基盤と、医療や保育など「社会」の基盤の関係。それらをさらに支える「生物圏」の話など。

(当日の資料より)

ですが、小西さんはそこまで考えてから、今回はそのような情報を一方的に伝えるセミナーにしないと決めた、と説明します。

そして、自身の写真と主催する大友さんの音楽をかけあわせ、「参加者と深い気づきを得られる場づくりにチャレンジしてみたい」と話しました。

小西貴士さん

小西「『コロナだろうと、オンラインで学ぶ機会を絶対につくるんだ』という大友さんの情熱で、今回の保育アカデミーは実現しています。私もそれに応えて、例えオンラインであっても、知識の享受だけでない『深い学び』を諦めちゃいけないって思ったんですね」

それまで3日間、参加者がたくさんの質問を講師に投げかけてきたことを元に、「今日は私から問わせてください」と語り始める小西さん。

2020年8月30日、時計は夜の8時を回って少し。ここからは山梨・清里に暮らす小西さんが、全国の視聴者(沖縄から北海道まで300人以上)とコミュニケーションを取りながら、さまざまな写真、音楽やエピソードを通じて、一人ひとりの内面を動かしていく時間となりました。

問い①「豊かな水の体験は、どこから生まれてくる?」

小西「最初の問いです。皆さんが、『子どもたちに何か豊かな水の体験をしてもらいたいな』と思ったとします。では、その豊かな水の体験はどこから生まれてくるのだと思われますか?少し時間を置きますので、考えてみてください」

小西「地球。森。大地。自然……なるほど。雨音をきく。川遊び、これはご自身が川遊びをされたことかな。傘さして。お母さんのおなかの中の羊水。湧き水。私の心が動いた水の体験いろいろ。

自分の感性。友達と一緒に水に触れる。子どもを想像する。子どもの興味。草の上の滴。井戸。田んぼ。小川。海。遺伝子の記憶……。

すごいですね、300人とつながると。ありがとうございます。また後から思いつかれたら、書いてみてくださいね」

投げかけられた問いと、集まっていく答え。それらを眺めながら、小西さんは音楽に合わせてゆっくりと写真を展開していきます。

そして、自身の体験した、印象深い子どもたちのエピソードがいくつも読み上げられます。

小西「——雨あがりの森、すばるくんはたっぷりと雨水がたまったバケツの底に詰めてあった栓を抜きました。すると、チョロロンチョロロンと素敵な音を奏でながら、水が流れ出ます。

しばらくしてバケツの水がなくなると、すばるくんの夢中の時は終わりを迎えました。ない、とバケツを指さして伝えてくれるすばるくんに、そうだね、また雨降るといいね、と空を指すと、すばるくんも眩しそうに空を見あげました。

後日、晴れた日のこと。また空っぽのバケツのそばですばるくんは、雨降るといいね、と空を見あげて言うのです。雨は降っているときだけではなく、振るまえとか、降ったあとの時も、私たちをいのちとして洗練してくれているように思います。

自分の都合とは関係なく、降り出したりやんだりするリズムの中で、その不都合さを受け入れ、その恵みを受け入れるひとつのいのちとして、私たちは洗練されていくように思うのです——」

問い②「これから生まれてくる人に、出会わせたい景色は?」

2つ目の問いは、「これから生まれてくる人」への想像です。

小西「まだ目の前にいない……不思議ですね。こうした想像をした上で、あなたがその人たちに出会わせたいなって思われる景色は、どんな景色でしょうか?」

以降もこうした質問すべてで、参加者から回答が寄せられていきます(チャットに集まった記録は後日、参加者にのみデータで共有されました)

1つ目と同じようにスライドと音楽、子どもたちからのエピソードを交えながら、自身の中にある景色を探っていくよう促す小西さん。

この日、参加者に出された問いは全部で5つでした。そのすべてに「ひとつしか正解がない、みたいなことは全くないですから」と言い、小西さんはゆっくりと答えを引き出します。

同時に、私たちが生きる「環境」についての小西さん自身の課題意識や考えも、各問いごとに少しずつ共有されていきました。例えばこの問い②では、今の社会の大きなキーワードである『サステナビリティ』(持続可能性)や、それを実現するための目標『SDGs』(持続可能な開発目標)について。

(当日の資料より)

小西「私たちの目の前に今いる子どもは、もちろん愛しい存在です。けれど、社会がずっと続いていく以上、やはり『これから生まれてくる人を想像する』ことが、未来を考える際の前提になると思うんですね。


そのとき、出会わせたい具体的な景色、あるいは匂い、味、音はどんなものかと想像していく。全体のサステナビリティと、私たち自身の本当に深いところを、ちゃんと行ったり来たりさせながら考えられるといいな、と思います」

問い③「色づく葉っぱをみて、どんな問いが湧き上がる?」

小西「さて、そろそろ木々の葉っぱが黄色や赤色に変わっていく季節ですね。そんなふうに染まっていく葉っぱの様子を見ながら、皆さんの中に湧き上がってくる問いには、どんなものがあるでしょうか?

例えば、なぜこの葉っぱは黄色くなっていくだろう。なのに、なぜこちらは赤色になるのだろう。そういう疑問に対して『科学的に答える』ことがありますが、湧き上がってくる大切な問いというのは、果たして科学的なものだけでいいのでしょうか?」

この直後に紹介されたエピソードの中には、色づいたたくさんの葉を見て「死んでるみたい」とつぶやいた女の子の姿がありました。

「死ぬと天国に行くでしょ。天国はとてもきれいなところだから、死んでるみたい——」。感じたままに話す彼女の言葉を、小西さんは今も色とりどりの森を歩くとき思い返すそうです。

小西「科学的には『それってどうなの?』と思うかもしれません。でも、こんな問いを実は皆さんも、子どもたちからたくさん受け取っているんじゃないでしょうか。

世界には、よく分からないけれどもなぜか自分の感情が動き、多くの気づきを得られるものが満ちあれています。そうした『感情的な問い』や『霊的な問い』によって、実はどれほど多くの生態系がケアされているか、考えてみていただきたいんですね」

(当日の資料より)

この問いかけをした背景には、『ESD』(持続可能な開発のための教育)の中で、『変容を促す教育』が環境問題の解決手段として最も期待されていることがあります。(他によく言われる解決方法は、『ルールによる規制』と『技術革新』。ただし、それだけでは「あまり明るい未来を感じられない」と小西さんは説明します)

小西「変化ではなく『変容』、つまり従来のやり方とは大きく異なるアプローチが今求められているわけです。というのも、私たちはこれまで科学的な見方で文明を築いてきたけれど、それがさまざまな問題を生んできた原因でもあるのですから。

では、そのアプローチを見つけるための教育って、どんな教育か。これまた深い問いですが、私は案外そのヒントって幼い人のそばに、ゴロゴロと転がっている気がするんですね。どうでしょうか」

問い④「自らが気づいて学ぶために、用意してあげられるものは?」

4つ目です。普段の保育ではあまり考えることのない、大きなテーマを小西さんは問いかけます。

小西「生きていくことは簡単ではないこと、それでも生きていくこと、弱ったり死んでいくこと、いのちがつながれていくこと。

そんなことを教え込むのではなく、自らが気づいて学んでいくために、目の前の子どもに何か用意してあげられるものがありますか?」

ここでも、さまざまな手段で参加者のインスピレーションを刺激していく小西さん。紹介されたものの中には、生きものの死に正面から向き合う子どもの姿も含まれていました。

そして、そうした「生きることについての学び」は、今の教育の中心にある「社会に適応させていく学び」とは全く異なると、小西さんは指摘します。

小西「特に、死の概念のような“ネガティブなもの”までも含んだ学びって、すごく深くて広い。私はこのような学びこそが、持続可能な社会へのさまざまな国際目標などと、切っても切れない関係にあると考えてるんですね」

(当日の資料より)

小西「ユネスコの21世紀国際教育委員会が定めた『学習の四本柱』には、3つ目に“Learning to live together”(共に生きることを学ぶ)が挙げられていて、人同士はもちろん、ほかの種のいのちとどう共存するかが今問われています。

そして、4つ目に“Learning to be”(人間であること/人間として生きることを学ぶ)が挙げられている。こちらも人の中だけで完結させることが難しい学びです。

時間や空間が限られている中で難しいのはわかった上で、やっぱり私はここを実践したい。それらの問いを、より『多くのつながり』から考えていきたいなと思っているんですね」

問い⑤「『今ここ』と未来、どちらも大切にするには?」


小西「最後はこちらの問いです。子どもの『今ここ』を大切にすることと、未来の地球を大切にすること。この2つをどうつないでいけばいいでしょうか?」

『今ここ』で大切になるのは、2日目に汐見先生の講義にあった「いのちが喜ぶ」ことです。ただ、「そればかりに惹かれてしまうと、どんどん未来の地球の姿が遠ざかってく」ことも小西さんは示します。

小西「例えば、今まさに水で遊びたい子どもたちがいる。水道の蛇口を開けて、うれしそうな顔をしている姿が目の前にあるとします。

一方で、SDGsの17のゴールの中には、『安全な水を世界中の人が使える』ことを目指した目標もある。この2つを結ぶキーワードってどんなものがあるか、考えてみてほしいんです」

(当日の資料より)

小西「持続可能な社会を想像するのって、実はそれほど難しくないんです。

でも、そのための自分の関わり方を具体的に考えていくと、だんだん答えが見えづらくなってくると思います。もしかしたら、普段している暮らし方を否定しないといけない場面に出会うかもしれません。

だとしても、このモヤがかかるような問いを、今の時代に育ち、教育に関わる人は考え続けないといけない。そう思って、最後はこんな投げかけをさせていただきました」

本当は、今回の5つのような答えのない問題を、ぐうたら村(八ヶ岳南麓にある保育者の学びの場)で参加者と一緒に「満天の星空を仰いだり、渓流の水に足を浸したりしながら考えてみたかった」と話す小西さん。

コロナだからといって、そこの深い学びを諦めていいのか。挑まないことは、持続可能な未来そのものを諦めることにならないか。

考えた上で、この日のような「新たな挑戦をしてみた」のだと言い、小西さんはセッションを結んでくれました。

コロナを、保育者が変わるきっかけに

「どんな状況でも、大人が学ぶことをやめてはいけない」

これは4日間かけて行われた『夏の保育アカデミー』で、講義の冒頭や締めの時間に何度も使われた言葉です。

日々を振り返ること、保育者自身がおもしろさを感じること、ものの見方を変えること、自分の中にあるものを深く見つめていくこと——。講師や大友剛さん(プレゼンター・進行)の言葉はどれも穏やかでしたが、その端々から強いメッセージが伝わってくるように感じました。

保育の世界に、かつてないくらいの変化が起きた2020年。コロナ禍は、各園に難しい課題をたくさん突きつけながらも、社会全体の変化に応じて「保育のあり方そのものを見直す」確かな機会になっています。

最終日、小西さんが新たな対話の形を示したように、保育者同士の新しいコミュニケーションも生まれていくはずです。記事でお伝えできるものはごくわずかですが、ぜひ今回の内容を、そうしたきっかけに使ってだけたらと思います。

講師:小西 貴士(こにし たかし)
写真家(photographe)。森の案内人(nature interpreter)。2002年に「キープ森のようちえんプロジェクト」を立ち上げ、森や野原で育つ子どもたちの撮影を始める。汐見稔幸氏らと共に、自然に抱かれた保育者の学びの場「ぐうたら村」を主宰。著書に「子どもは子どもを生きています」など多数。

プレゼンター・進行:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(取材・執筆/佐々木将史

【転載元】BABY JOB株式会社
残したい「未来」から保育を考える——『夏の保育アカデミー2020』④小西貴士|手ぶら登園保育コラム|ベビージョブ株式会社


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