「かたかた片想い」第11話

ぽろぽろ

「おはよう円歌」
「……あおぃ?」

 本日3度目の目覚めと2度目のお目覚めの挨拶。今日は目まぐるしい日のように感じる。
 あの後すぐに志希先輩の家から帰って来た私は自宅でお昼ご飯を食べて、学校の夏休みの課題を進めようとしたけれど全く集中することが出来なかった。今朝は断続的に睡眠を取ったからか、午後3時の真昼間だと言うのに眠気に襲われ、長めのお昼寝から目覚めたところだった。目の前には私のベッドの前で足を伸ばして座っていて、スマホをいじる葵がいた。

「葵、何で居るの?」
「悪い先輩に唆されて」
「……そう」
「ずっと寝てたの?もしかして具合悪い?」

 葵はベッドに乗り上げると私の頭を撫でた。私に近づいたことで気付かなくて良いことに気付かれてしまった。怪訝な顔をする葵。

「なんか志希先輩みたいな匂いがする」
「……先輩の家に泊まったからだと思う」
「へぇ……あと首、気付いてる?」
「え、何?」
「しばらく髪下ろしたままにしなよ」
「え?……あ」

 どこか冷たい葵の声。起きたばかりで体温が高い私の首の後ろの方、うなじのあたりを葵の冷たい指先が伝う。あ、お風呂場でそういえば……。

「先輩と上手く行ってるんだね」
「……そうだといいけど」
 
 そうだと言い切れないのは、志希先輩と葵の言動のせいでもあるのだけれど。

「……ねぇ、机にカメラ置いてあるけど、また撮り始めたの?」
「あ、うん」
「何で?」
「何でって……何となく?」
「葵が聞いた時はもう撮らないって言ってたのに」

 不機嫌そうな葵。だって撮れなくなったのは葵を撮ることが辛くて出来なくなったからなのに、なんて今の状況で言えるわけもなく。

「そうだっけ」
「そうだよ……すごく嫌がってたのに……」
「ごめん」
「別にいいけどさ……ねぇ、葵のこと撮ってよ」

 葵は立ち上がると私の机の上にあったカメラを持って私に方へ差し出した。仕方がないから私もようやくベッドから起き上がりカメラを手に取る。今なら。今なら私の方を見てくれなかったとしても、平気でいられるだろうか。
 カメラのファインダーを覗き込む。あ、葵がこちらを向いてくれている。ファインダー越しに目が合うのは初めてかもしれない。でもなんか……。自然と腕が下がり、シャッターを切る前にカメラはベッドに沈んだ。

「撮らないの?」
「だってなんか……撮られたくなさそう」
「そんなことないよ」
「そう見えるんだもん」
「そんなことないって」
「……とにかく今は撮りたくない。ごめん」
「……わかった、葵の方こそなんかごめん」

 気まずい。あんなに撮りたかった葵と向き合った写真。結局撮れなかった。葵はベッドの縁に座り、今は私の隣に並んで座っている。

「……あ、そうだ。じゃあ葵がレギュラーになったら試合の写真撮る」
「え、マジか……もぅ、みんなプレッシャーかけすぎだよ」
「でも晴琉が葵の調子が上がってるって褒めてたよ」
「晴琉が?」
「うん」
「そっかぁ」

 嬉しそうな葵。私が目を覚ましてからずっと、不機嫌そうだったのに。目の前にいない晴琉の言葉で元気になってしまうんだ。伝えて良かったと思う気持ちと伝えなければ良かったと思う気持ちがせめぎ合う。そして私は余計なことを聞いた。聞いてしまったのはきっと寝起きだったから、あまり頭が回ってなかったのかもしれない……というのは、晴琉のせいにしたくない言い訳でしかなかった。

「……なんで嘘ついたの?」
「え?何?急に」
「昨日、志希先輩に聞いたの。昇降口で葵と言い合ってたのは、部活のことだけじゃなかったって」
「あぁ……そのこと。別に嘘ついてたわけじゃないじゃん」

 葵は途端に不機嫌そうな顔に戻ってしまった。たぶんこれ以上は聞かない方が良かった。でももう止まれなかった。

「先輩が話してたのは私のことだって。詳しくは教えてくれなかったけど」
「そのことは話したくない」
「何で?だって葵変だよ。あの日から、先輩に対抗するみたいに私にかまってきてさ……先輩が私に構うと不機嫌になるし、先輩にわざわざデートしたこと言ったんでしょう?手を繋いでたことまで。何で……何でそんなこと……」
「……円歌?何で泣いて……」
「晴琉と同じなんでしょ?先輩に自分のもの取られたみたいで気に入らないだけなんでしょ?……どうせただの幼馴染としか思ってない癖に」
「円歌。ちょっと待って」
「何で……だって応援してくれるって言ったじゃん!だからもう、諦めないとって私……」

 私は涙を流しながら何を言ってるのだろう。葵を諦めたいなら、家に泊めなければいい。二人きりで出かけなければいいし、繋がれた手は離すべきだった。私が中途半端なのがいけなかったのに。喚き散らかして。八つ当たりして。志希先輩まで巻き込んで。悪いのは全て私なのに。
 しかも泣きながらこんなこと言ったら。それはもう私が葵を好きだから諦めたいって言ってるようなものだ。志希先輩と付き合ってるのはそのためみたいじゃないか。本当に私は最低だ。

「ごめん、葵……勝手なこと言って、ごめっ……」

 言葉が続かなかったのではく、続けられなかった。葵に唇を塞がれてしまったからだ。時間が止まったように感じたけど、時計の針の音だけが聞こえて、確かに時間が進んでいることを感じた。そして遠くからものすごい速さで近づいてくる足音。私の両親のものではない。葵以外で両親が勝手に私の部屋に通すのは……。葵も足音に気が付いて、慌てて唇を離した瞬間。私の部屋のドアが思い切り開いた。

「円歌!ゲーセンでぬいぐるみ取ってきたよー!!って……何で円歌泣いてんの?」

 部活帰りにゲーセンに寄ってきたと思われる晴琉は私が好きそうなぬいぐるみを抱えてご機嫌に入ってきた。そしてすぐに場の空気の異変に気付いて戸惑っていた。私も同じような顔をしていたと思う。

「えっと……どうした?……って葵?」

 葵は小さな声で「ごめん」と呟くと私の部屋から飛び出して行った。遠くなる足音。追いかけるべきなのかと思ったけど、バスケ部の葵に追いつけるわけもないし、追いかけたところで何を話していいのか今の私には整理がついていなかった。

「えーっと……話聞こうか?」

 私はただゆっくり首を縦に振ることしかできなかった。一人でいたいけれど、一人でいたら色々なことが起こり過ぎていて頭が爆発しそうだった。


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