「つらつら物思い」第3話

でれでれ

 5月の終わり。バスケ部は新入生も加わった状態での初めての練習試合があった。初めてレギュラーになった葵ちゃんの活躍を見るために、ようやく重たい腰を上げて試合を見に行くと決めた円歌を連れて、練習試合をする相手の高校へ応援しに行くことになった。
 私と晴琉ちゃんの関係はというと、あの“デート”の翌日に学校で晴琉ちゃんに会ったら、私が「気にしないで」と言った通り何も気にしてないような、いつもどおりの様子で私に話しかけてくれた。そうしたら私ももう話を蒸し返すようなことは出来なくて、結局再び謝る機会もなくただ日々が過ぎてしまった。
 元の関係に戻れたことを喜ぶべきなのかもしれない。でもモテる晴琉ちゃんにとっては人から好意を向けられることなんて、大したことのない事だったのかもしれないと思うと何だか虚しく感じた。
 バスケ部の練習試合をしている体育館の応援スペースで物思いにふけていると、隣で静かに試合を見守っていた円歌が突然声をあげたから我に返った。

「晴琉!頑張れ!」

 円歌の声に応じるかのように、ボールを受け取った晴琉ちゃんは流れるように敵をドリブルですり抜け、見惚れるくらい綺麗なシュートを決めた。場内に沸きあがる歓声。晴琉ちゃんは円歌を見てピースサインを送る。まるで映画のワンシーンのよう。

「どうしたの急に声出して」
「ん?なんか晴琉元気なさそうだったから」

 試合前に少しだけ話した感じではそんな風には見えなかった。でも円歌が声をかけてから、明らかに先ほどより晴琉ちゃんの調子が上がったのがわかる。普段の練習すらまともに見に行ったことないのに、どうして調子の良し悪しがわかってしまうのだろう。付き合いの長さの差を感じて少しだけ寂しくなる。

「葵ちゃんには声かけなくていいの?」
「葵は今集中出来てるから大丈夫だと思う」

 もちろん葵ちゃんのことも良く分かっている円歌。葵ちゃんは外野の声援に何の反応もしてなかった。ただ監督やマネージャーの鏡花ちゃんの声には耳を傾けている。そしてひときわ大きな歓声を浴びていたのは――。

「「志希先輩頑張ってー!」」

 相変わらず人気者の志希ちゃん。ファンの声援が大きくて相手の選手はやり辛そう。何本も華麗なシュートを決めて絶好調の志希ちゃんをつい目で追っていると視線が合わさった。志希ちゃんがこちらを見て自身の耳の縁を撫でる仕草をして、口元が動いたのが見えた。「ありがとう」って。その意味が分かるのはたぶん私だけだ。たくさんの志希ちゃんのファンに囲まれている状況で、私だけに分かるサインを送ってくる志希ちゃんは本当に人タラシだと思う。

「寧音、今の先輩の何?」
「……内緒」

 練習試合は私たちの高校が勝利して終わった。試合後、体育館の外に円歌と二人でいると、志希ちゃんと晴琉ちゃんに応援に来ていたファンの子たちを押し付けた葵ちゃんがやって来た。さっきまでの試合の時の真剣な顔と違って、今は恋人の前でこれでもかと顔がほころんでいる。

「葵お疲れさま」
「ありがと円歌~」
「葵ちゃん顔だらしないよ」
「えぇ?そうかなぁ?」

 珍しく私のからかう言葉を全く気にしてない葵ちゃん。こんなにご機嫌な葵ちゃん今まで見たことあったかな。余程何か良いご褒美が待っているのかもしれない。

「ごめん!遅くなった!」

 ファンから逃げて来た晴琉ちゃんと合流して四人で帰る。でもご機嫌な葵ちゃんには円歌しか見えてなくて。円歌も満更ではなさそうで、手を繋いで前を歩く二人は二人だけの世界にいるようだった。さすがに目の前の甘い雰囲気を見続けるのに飽きた私は横にいる晴琉ちゃんの様子を伺うけど、何やら晴琉ちゃんには似合わない難しい顔をしていた。

「どうしたの晴琉ちゃん」
「あのさ、寧音」
「うん?」
「あの志希先輩の何?」
「志希ちゃんの?何?」
「試合の合間に寧音に向かって何かやってたじゃん」
「あぁ」

 志希ちゃんのアレは私があげたプレゼントの御礼だと思う。プレゼントは円歌と買い物に行った時に買ったイヤーカフ。試合中は付けられないから、耳の縁をなぞってアピールしてくれたのだろう。
 中学の時に志希ちゃんと話さなくなってから、誕生日プレゼントを渡す習慣が無くなっていた。でも5月に鏡花ちゃんの誕生日があって、ついでに志希ちゃんにずっと渡して来なかったことを思い出したから買ってしまった。買ってしまったのだから、渡したほうがいいでしょう?

「秘密」
「えーなんでよー。先輩もめっちゃ嬉しそうにしてたのに理由教えてくれないしさぁ」

 つまらなそうにしている晴琉ちゃんに内心喜んでしまう自分がいる。気にしてくれているの?晴琉ちゃんは不貞腐れたまま、言葉を続ける。

「……先輩となら出来んの?」
「ん?何?」
「先輩となら、恋、出来るの?」
「え?」
「違う?」
「えーっと……志希ちゃんは、そういうのじゃないよ」
「ふーん……ねぇ、まだ冷めてない?」

 いつもははっきりと物を言うのに。今は意味深なことばかり言う晴琉ちゃん。

「何が?」
「私と恋したいって話。もう冷めちゃった?」
「……冷めてないけど」
「じゃあさ、この前のリベンジしたいんだけど、ダメ?」
「リベンジ?」
「そう。もう一度私とデートしてくれない?」
「……したいの?」
「うん」
「晴琉ちゃんがしたいなら……」
「じゃあ次は寧音が行きたいところ行こう!」

 正直言ってもう終わってしまったかと思っていた晴琉ちゃんとの恋。まだ続きがあるなら次はもっと丁寧に、大切にしていきたい。

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