「つらつら物思い」第9話

ふわふわ 2

 全国大会への出場がかかった試合の当日。私は円歌と共に会場にいた。飲み物を買ってこようと離れた隙に円歌は他校の生徒に声をかけられていた。私にはもう見慣れた光景。でも会場に既にいるはずの葵ちゃんの目に入ったら困る。試合前にテンションが下がるだろうから。

「ごめんなさい。この子私のなの」

 面倒だから適当なことを言って間に入り、円歌の手を取ってその場を離れた。「寧音かっこいい~」と嬉しそうに呑気なことを言っている。会場の中に入って通路を歩いていたら葵ちゃんと晴琉ちゃんに出会った。円歌が私の手から離れて晴琉ちゃんとじゃれている。無表情の葵ちゃんは真っすぐ私に向かってきた。

「なんで手つないでたの?」
「円歌が声かけられるから。手放したほうがいい?」
「……つないでおいて」
「円歌のことは見ておくから。試合に集中しないと」
「うん。ありがと……あぁ~緊張してきた」
「不安なら葵ちゃんもお手々繋いであげようか?」
「遠慮しておきます……なんか緊張取れた」
「それは良かった」

 葵ちゃんと私なりにじゃれていたら、いつの間にかすぐそばに来ていた晴琉ちゃんが「ちょっと寧音借りていい?」って葵ちゃんに伸ばしていた私の手を引っ張って、そして引っ張られた私の体を受け止めるように抱きしめた。ここは色んな学校の生徒が集まるバスケの大会の会場で、通路の端にいるとはいえたくさんの人がいて。晴琉ちゃんの肩越しに私の目に映ったのは円歌の驚いた顔。この角度だと見えないけれど葵ちゃんもたぶん同じ顔をしていると思う。何より私もそうだった。

「晴琉ちゃん?」
「……よし!ありがと寧音。葵、そろそろ戻るよ!」

 晴琉ちゃんはほんの数秒ほど私を抱きしめた後、満足そうにして離れて行った。葵ちゃんは慌てて返事をして晴琉ちゃんの後を追う。取り残された私と円歌は呆気に取られてしまった。

「え!何今の!え?もう付き合ってるの?」
「付き合ってたらこんな反応しないよ……びっくりしたぁ」

 晴琉ちゃんたちが角を曲がり見えなくなると私は一気に脱力感に襲われ円歌の肩にもたれるようにして身を預けた。円歌は笑っていて、その振動が触れている肩から伝わる。

「晴琉大胆だね」
「何で急に……タイミングおかしいでしょう」
「晴琉らしいけどね」
「そう思う?」
「うん」
「それなら……良いけれど」

 最近……というか、私がアプローチをかけるようになってから、明らかに晴琉ちゃんは私に対して戸惑うこととか、困った顔をするような“晴琉ちゃんらしくない”表情を見ることが多くなっていた。だから私に対して“晴琉らしい”行動を見せてくれていると円歌が言うのなら、それは私にとって嬉しいことだった。

「寧音、そろそろ応援席行こう?」
「うん」

 これに勝てば夏の全国大会に進める大事な試合。相手の学校は昨年全国ベスト8にだったと聞いていた。私が見る限り志希ちゃんも葵ちゃんも調子が良くて、特に晴琉ちゃんは絶好調だった。それでも全国を争う大会の決勝では点差も開かなくて。残り時間わずか。晴琉ちゃんが最後に放ったはシュートは綺麗な弧を描いて、ゴールに吸い込まれていった。終了のブザーが鳴り、試合は終了した。劇的な逆転勝利に場内に歓声が響き渡る。隣に座っていた円歌が私に抱き着いて喜んでいるけれど、私は何か現実味がなくて動けずにいた。最後の晴琉ちゃんのプレーを脳内で反芻して思わず「きれい」と呟いた。

「晴琉のこと?」
「うん」
「私も最初に晴琉を見た時そう思ったよ……葵も見惚れてた」
「そうなんだ」

 バスケ部の子たちと喜びを爆発させている晴琉ちゃんが遠くに見えていた。さっきまであんなに真剣な顔をしていたのに、今はもう無邪気な子どもみたいな顔をして喜んでいる。
 ふと改めて晴琉ちゃんが魅力的な人だと思って、そして自分が彼女の横にいる未来が想像出来ないと思ってしまった。口から自信のない言葉がこぼれ出てしまうくらいには、何故か私は落ち込んでしまっていた。

「なんか……私に晴琉ちゃんはもったいないね……」
「そんなことないよ。あのね、寧音が思っているよりずっと、晴琉は……んー……なんていうか、晴琉はね、お布団みたいに暖かいの」
「お布団?」
「うん。きっと寧音にも分かるよ。とにかく、何でも包み込んでくれるから。だから大丈夫」
「わかった……ありがとう円歌」

 まだ意味はよく分からなかったけれど、一生懸命に伝えてくれる円歌が私を励ましてくれていることは分かった。円歌も私にとっては十分に暖かい。

「葵たちのとこ行く?」
「そうだね、声かけてから帰ろうか」

 きっとバスケ部で打ち上げとか行くだろうし。応援席から離れて会場の外に出た。葵ちゃんたちを探していると円歌が突然声を上げた。横を見ると円歌に嬉しそうに抱き着く葵ちゃんがいた。そしてすぐ後ろには晴琉ちゃんも。

「葵ちゃんお疲れさま」
「ありがと寧音。円歌も声届いてたよぉ」
「おめでと葵~。かっこよかったよ」
 
 ご機嫌で珍しく声も普段より大きくなっている葵ちゃんは私がいるのに存分に円歌にデレている。「もっと褒めて」っておねだりするくらいには。

「晴琉ちゃんもお疲れ様」
「うん。ねぇ寧音……昨日言ったこと覚えてる?」
「ご褒美?」
「そう。あのさ……」

 円歌と葵ちゃんはもう二人の世界に入ってしまっているから、きっと晴琉ちゃんが話すのをためらっているのは別に理由があるのだと思った。

「言いにくいなら後でもいいよ?」
「いや……その、全国大会終わったら……デートしてくれる?」
「え?」
「ダメ?」

 予想よりずっと簡単なことだった。拍子抜けするくらい。だって別にご褒美じゃなくてもデートしたことあるじゃない。

「それだけで良いの?」
「……何か期待してた?」

 昨日私がハグをしてほしいと晴琉ちゃんに頼んだ時のセリフをやり返された。晴琉ちゃんはいたずらを成功させた子どもみたいに笑っている。

「……意地悪」
「ごめんごめん。で?いいの?」
「いいよ」
「やった!じゃあまた後で連絡するね。ほら葵!そろそろみんなと合流するよ!」

 渋々と円歌から離れた葵ちゃんを連れて晴琉ちゃんは去っていった。二人とも本当に嬉しそうで、元気よく駆け出して行く。円歌と一緒に二人の背中を見送った。ねぇ晴琉ちゃん、私本当は――。
 
「寧音。私たちも帰ろう?」
「……そうだね」

 会場から帰った夜のこと。スマホに鏡花ちゃんからバスケ部の打ち上げの写真が届いていた。楽しそうな光景。でも私の目に入ったのは晴琉ちゃんと、その隣にぴったりと座る後輩ちゃんの姿。晴琉ちゃんを慕っているだけではなくて、たぶんそれ以上の感情を持っている可愛らしい後輩の女の子。

「期待してたのに」

 告白してくれるのかなって。私はベッドの上で一人、ため息をついてスマホを投げ出した。

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