「くらくら両想い」第6話

ばくばく 1

 数日後。ラウンジで円歌と寧音ちゃんと晴琉と四人でお昼の時間を過ごす。話題は11月の文化祭のこと。少しずつ準備は進められていたけど、テストも終わった今は本格的に準備が始まる。
 私と晴琉のクラスは演劇をすることになった。秋に大会がある運動部には気を遣って文化部の子たちが中心に進めてくれている。だから運動部である私や晴琉の負担が少なくなる予定だったけど、クラス中の女子から強く推す声もあって晴琉は王子様役をすることになり最近は忙しそうだった。私は目立つのが苦手だから裏方。
 円歌と寧音ちゃんは同じクラスだけど何をするのだろうか。私が聞く前に晴琉が前のめりになって聞いていた。晴琉は体育祭と文化祭はとにかくはしゃぐタイプだ。

「円歌たちは何するの?」
「大正浪漫喫茶」
「何それ」
「レトロな器とか使って喫茶店開くの。メイド服も昔風のやつ」
「え!メイド服着るの!?」
「晴琉声大きい」
「え~絶対見たい!寧音も似合うだろうなぁ」
「ありがと晴琉ちゃん」

 晴琉はいつの間にか寧音ちゃんと仲良くなっていた。さすがのコミュニケーション能力。というか、メイド服……。
 
「葵はメイド服興味ないの?」
「え、いやそんなことないけど」

 私が静かにしていたからか、円歌が面白くなさそうにこちらを見る。いやいやそんな訳ないんだけど。絶対似合うだろうし。でも……。
 ふとテーブルに置いていた私のスマホの画面が明るくなったことに気付く。何か通知をポップアップしているようだ。手に取り画面を確認すると短いメッセージが。

〈他の人に見せたくないよね〉

 差出人は寧音ちゃんだった。スマホから顔を上げて寧音ちゃんを見ると素知らぬ顔でお弁当を食べている。いつの間に送ったのか。
 寧音ちゃんには私と円歌の関係性を詳しくは言っていない。まぁ手紙の件での態度でバレてるだろうから仕方がないとはいえ、志希先輩だけでも大変だと言うのに、私を面白がる人が増えてしまったようだ。そしてメッセージの内容が図星なのがまた恥ずかしい。

「髪型どうしようかな~」
「はい!はい!」
「どうしたの晴琉」
「円歌はー……あ、いや待った。当日の楽しみにしたいから髪型内緒にして」
「えぇ?ハードル上げないでよ。まぁヘアアレンジは寧音がするんだけどね」
「そうなの?寧音は器用だね」
「ありがと。楽しみにしててね?」
「うん!」

 メイド服にいつもと違うヘアアレンジ……楽しみすぎる。一人静かに喜びを噛み締めていると、再び通知が。

〈髪型のリクエスト聞くよ?〉

 再び寧音ちゃんの顔を伺うけどまだお弁当を食べている。だからいつ送ってるの……でもせっかくだし。こっそりスマホをいじる。寧音ちゃんの視線が自身のスマホへ向く。

「寧音何か楽しそうだね」
「ん?文化祭楽しみだなって。ねぇ葵ちゃん?」
「え、あ、うん!」

 円歌と晴琉は不思議そうに私たちのことを見ていた。

 そして準備も順調に進み文化祭当日。文化祭は2日間開催される。今日は1日目。劇は体育館のステージで行われるけど、ステージは軽音楽部や創作ダンスの発表、男装コンテストなど色んなことをするから、劇をするのは1ステージだけ。だから案外暇だった。
 円歌と一緒に文化祭を周る予定だったから、円歌の休憩時間まで適当に晴琉と散歩する。晴琉は劇で演じる王子様の格好で男装コンテストも出場する予定だった。劇の宣伝も兼ねて朝から既に王子様の格好をしていたからそれはもう目立っていた。正直隣を歩きたくないけど、宣伝のために私も看板を持って一緒に歩く。

「いやぁ、みんな私を見てるね!」
「王冠にマント付けてる人なんて他にいないからね」
「確かに」

 はは!と豪快に笑いながらも大きな声で「午後16時に体育館で劇をしまーす!」と宣伝して廊下を闊歩する晴琉は頼もしい。
 しばらく歩き回ってようやく宣伝仕事から解放される。晴琉と別れて円歌がいる教室まで行こうとすると、寧音ちゃんと出会った。藤色を基調とした大正風の着物にレースが施されたエプロンを身に付けた和風メイドのコスプレ。上品な寧音ちゃんの佇まいは服装とよく調和している。いつも編み込んでいるセミロングの黒髪も今日は三つ編みをおさげにしていて、丸いフレームの伊達メガネも雰囲気が良い。

「あ、葵ちゃん」
「え、めっちゃかわいい」
「本当?お世辞でも嬉しいな」
「えぇ……本心なのに」
「へぇ。円歌に言っちゃお。葵ちゃんに褒められたって」

 嬉しいと言いながら意地悪な笑顔を向ける寧音ちゃん。褒めるのも一筋縄ではいかないなぁ。

「でもいいの?私に構ってて」
「何が?」
「ほら、絡まれてるよ?円歌」
「え」

 私たちの居る廊下の先、円歌のクラスの前、おそらく休憩に入った円歌が他校と思われる女子に言い寄られているような姿が見えた。

「あぁもう……」

 助けに行こうと歩みを進めた瞬間。あまり見たくない光景が続いた。

「もう大丈夫そうだね」
「あ……」

 志希先輩が、円歌と言い寄っているであろう女子の間に割って入って、そのまま円歌の手を取り、さらっていった。

「志希ちゃんって本当にタイミング良いよね。だから嫌。葵ちゃんもでしょう?」
「……ごめん、それは分かってあげられない」
「そう?でも円歌行っちゃったよ?」
「私は円歌も先輩のことも信じてるから」
「……そう」
「じゃあ私行くね」

 円歌たちが消えていった先へ向かう。歩いているとスマホに通知が来た。

〈円歌ちゃん保護したよ〉

 志希先輩からだった。その後に円歌が居る場所も送られてきた。ほら、大丈夫。
 先輩から知らされた場所はバスケ部の部室だった。確かに文化祭では出番のない場所だから避難するには最適だ。いつの間に先輩はカギを持って行ったのかは謎だけど。ドアを開けると円歌だけがいた。

「あ、葵」
「大丈夫?」
「ん?何が?」
「さっき絡まれてたでしょ」
「あぁ、大丈夫大丈夫。みんなメイドさん好きなんだね」

 呑気なことを言う。みんな、がどれくらいの人数を指すか知りたくないけど、おそらく色んな人に言い寄られていたのだろう。こっちがどんだけ妬いているか知らないで。
 円歌は寧音ちゃんとは色が違って椿のような赤色を基調とした着物を着ていた。よく似合っているし、何より髪型が私が寧音ちゃんにリクエストしたツインテールでリボンも付いている。

「いやもう……めっちゃかわいい」
「え?葵興味ないのかと思ってた」
「ないわけないでしょ」
「へぇ。あ、そうだ。志希先輩からこれ」
「ん?」
「葵へ誕生日プレゼント。私と会ったら開けてって」

 私の誕生日は土日に行われる文化祭の振り替え休日の日。だから月曜の平日だけど学校がない。志希先輩がわざわざ用意してくれているとは。円歌から小さな包みを受け取った。円歌と会ったら、の意味がよく分からないけど、とりあえず開封してみる。中から出てきたのは……これは?

「何それ?猫耳?」

 円歌が言う通り、それはピンで留めるタイプの猫耳のアクセサリーで。円歌と会ったらということは、そういうことだよね。

「ねぇ、付けて良い?」
「え?私に付けるの?」
「うん」
「いいけど……なんか要素多くない?」
「まぁまぁ。ちょっとじっとして」

 私に言われた通り大人しくじっとしている円歌の頭に白色の猫耳をつける。これは……。思わず口に手を当てて感激する。

「やっば……かわいぃ」
「えぇー、見たい。ねぇ写真撮ろ」
「うん」

 円歌は一眼レフカメラで撮るのが趣味だったけど、夏休みに花火を背景に私の写真を撮った後はもう満足したと言って専らスマホで写真を撮るのを趣味にしていた。二人で自撮りする。円歌は満足そうだ。私も満足している。

「うん、良い感じ……そういえば今日晴琉に会ってないや。見せに行こうよ」
「え、ちょっと円歌」

 部室から出て行こうとドアノブに手をかける円歌を後ろから抱きとめる。

「葵?」
「待って、行くなら猫耳は取って。ってかまだ二人でいたい……だめ?」
「……いいけど、それなら顔見たい」

 腕の力を緩めるとこちらを向く円歌。私の背中に手を回す。顔が近い。かわいすぎて心臓が止まるかと思った。円歌は私より背が低いから自然と上目遣いで……心拍数が急上昇する。円歌は少しだけ首を傾けて、おねだりしてくる。

「ねぇちゅーしたい。して?」

 たぶん今心臓が止まった。「ゔ」と自分でも聞いたことがないような声が出た。

「いやでも」
「だめ?」
「……その、やっぱり部活頑張って、付き合うまでは我慢したいから」
「んー……じゃあ」

 「して」って言ったのは円歌のほうになのに。
 
「誕生日プレゼントってことで」
「ずるい……」
「もっと欲しい?」
「……うん」
「じゃあ葵からもらって?」

 一度されてしまったら、もう我慢できなくて。誕生日プレゼントだもの。そう自分に言い聞かせて何度も何度も円歌にキスをする。円歌の息はすぐに上がってしまって、頬が紅潮して、瞳が潤んでいて……煽情的で。志希先輩はこの顔を知ってるのかなと思うと、余計に止まれなくて。だから我慢してたのに。嫉妬があふれる私と違って、円歌は嬉しそうに笑みをこぼしている。

「葵めっちゃちゅーしてくるじゃん。そんなに我慢してたの?」
「……うるさい」

 からかわれて悔しいけど、我慢してたのは本当だ。あぁ、早く付き合いたい……けど欲しがる気持ちばかり大きくなりそうで怖い。ちょうどいい気持ちの折り合いを見つけるのって難しい。

「そろそろ出ようか」
「うん。ねぇ葵」
「何?」
「部室来る度思い出しちゃうね?」

 いたずらっぽく笑う円歌。そうだ、ここはバスケ部の部室だった。しかも志希先輩はここに二人でいたことを知っている。かわいい円歌のことを思い出して顔が緩んでるところを先輩に見られでもしたら、何を言われることか……軽く自分の頬を叩いて気を引き締めた。

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