「かたかた片想い」第4話

ぐらぐら

 結果をお伝えすると、体育祭で総合優勝したクラスは志希先輩のクラスでなければ葵と晴琉のクラスでもなかった。まさかの私のクラス。もちろん私が活躍したわけではない。総合力の勝利というやつ。

「ああああ!!くやじい~」

 体育祭が終わり、後片付けをする中、大声で叫びながら頭を抱える志希先輩を見かけた。目が合ったから急いで逃げようとしたけれど、体育祭終わりで疲れていて判断が遅れた。そして全く疲れを知らない先輩。すがるようにしがみ付かれ、あっという間に捕まってしまった。

「先輩!何なんですか!?」
「だぁってデートしたかったんだよ~!!慰めてよ~!!!」

 あぁ、面倒くさい。盛大な泣くフリをして私に絡んでくる志希先輩。本当にこの人は黙っていれば美人なのに。どうして晴琉はこの人のことが好きなのか、わずかに疑問を持ち始めていた。

「わかりました!デート!しましょう!」
「いいの!?」
「ただし条件があります」
「じょーけん?」
「はい。行くなら――」

 約束したデート当日の朝。待ち合わせの遊園地の最寄り駅には志希先輩……と葵と晴琉とその他バスケ部員たち。計10人。なぜこんなことになったかと言うと、私が提案したデートの条件は葵と晴琉も一緒という、もはやデートではなくなるものだった。それでも志希先輩は喜んで受け入れてくれた。そして先輩が「遊園地だぁ!楽しみ~!」などと部活中に騒いだためにバスケ部の人たちに話が伝わり、行きたい人が増え、結局10人まで増えた。
 私以外バスケ部の人たちで正直気まずい。私はバスケ全く詳しくないうえにバスケ部の人たちとも特に仲が良いわけでもない。そして私の一番の不安は絶叫系の乗り物が全くダメということだった。なんでそんな奴が遊園地に来るのかって思われるかもしれない。でも遊園地の賑やかで華やかな雰囲気は大好きだし、ショッピングモールも併設されていた。何よりバスケ部の人たちが絶叫系大好き人間ばかりだったから、行き先が決まり盛り上がるなかで嫌とは言い出せなくなってしまったのもある。

「円歌。大丈夫?」

 不安な感情が私の顔から漏れていたのだろう。付き合いの長い葵は私が絶叫系が無理なことも知っているから声を掛けてくれた。遊園地では何グループかに分かれて行動しお昼にまた集合することになって、葵は先輩たちに「円歌とその辺のお店見てきますね」と言って自然と連れ出してくれて、結果的に私が葵を独占する状況になった。

「……ありがと葵」
「ん?何?」
「ううん、何でもない」
「うん?じゃあ行こっか」

 葵がこちらに手を差し伸べてくれた。その手を繋いでお店を巡る。小学生の頃から一緒に出掛ける時は手を繋いでいることが多かったから、癖みたいなものだ。特に深い意味はない。

「これかわいい」
「うん……」

 雑貨屋さんでキーホルダーを見ていた葵に話しかけられる。葵が指しているのは月のモチーフのキーホルダーだった。そういえば葵は月の方が好きと言っていた。太陽はまぶしすぎて近寄りがたいでしょ、とも。
 つい興味なさそうな小さな声で返事をしてしまったのは、お揃いで買いたいなっていう欲が出てしまったから。ただえさえ二人きりで、デートのような状況で、幸せなのに。これ以上の欲を出したら罰が当たるのではないかと思った。

「……お揃いじゃヤダ?」
「え?」
「ね、ダメ?プレゼントするから」
「え、いいよ払うよ」
「いいから。ちょっと待って」

 まさか葵からおねだりされるなんて。そんなの断れるわけもなく。嬉しそうに「お会計してくる」ってレジへ向かう葵。繋いでいた手は離されたけど、寂しくはなかった。会計をし終えた葵が戻ってきて、月のモチーフのキーホルダーを渡される。フレーム以外はステンドグラスのように透けていて、私に渡されたものはピンク色で葵は水色だ。葵は学校のカバンに付けるらしい。私もそうすると伝えると葵は笑顔をくれて、私も笑顔になった。
 その後も色々とお店を巡り、楽しい時間が過ぎて行った。「お昼ご飯食べよ」という晴琉からの連絡で一旦全員が集合した。ショッピングモールの中にあったフードコートで食事をする。アトラクションを巡った後だからか、皆テンションが高い。体育会系の賑やかな風景に慣れていない私は普段見ない光景に少し青春を感じた。飽きることなくただ皆を眺めながら、小食な私はパンケーキをゆっくりと時間をかけて食べた。ふと葵が小さな紙の包みを晴琉に渡しているのを見た。さっきキーホルダーを買ったお店のロゴ付き。あぁ、きっとお揃いなのは私だけじゃなかったんだ。葵と同じように学校のカバンに付けようと思って上がっていた気持ちが少しだけ落ち込む。そしてもやもやとした気持ちが自分の中を埋め尽くされていく。そんな自分が嫌になる。食事が終わったら、午後も葵を独占するわけにはいかない。葵もみんなと遊びたいだろう。さっきまでデートみたいだと浮かれていた時間が夢だったかのように既に記憶から淡く、遠くなっていく感覚。

「――円歌?行くよ?」

 葵が何回も声を掛けていたようだ。「どしたの?」って優しく聞かれる。「何でもないよ」と言うので精いっぱいだった。
 午後は葵もバスケ部のみんなと一緒にアトラクションに乗ることになった。私はベンチに座って見守ることにする。別に一人でも大丈夫だよって言ったのに、晴琉が隣に座って一緒にいてくれた。午前中にたくさんはしゃいだから私も休みたいって。バスケ部で鍛え続けている体力おばけの晴琉がそんな簡単に疲れるわけがない。今はそんな晴琉の優しい嘘が苦しかった。晴琉なら喜んでカバンに葵からもらったキーホルダーを付けるだろう。「円歌もお揃いじゃん、嬉しい」って言いながら。簡単に想像が出来る晴琉の笑顔。

「円歌大丈夫?」
「ん?何が」
「成り行きでバスケ部に取り囲まれてるけど。無理してない?」
「してないよ。みんな元気過ぎて見てるだけで楽しいよ。それより晴琉は楽しめてる?志希先輩とどう?」
「どうって。それはこっちが聞きたいよ。志希先輩ちょっと落ち込んでるし」
「なんで?」
「何でって。円歌とデートの気持ちでいたのに、今日全然一緒にいないじゃん」
「あー……そっか。そうなんだ……志希先輩って私のことどれくらい本気なのかな」
「本気じゃないと落ち込まないでしょ。嫌じゃないならあとで一緒の時間作ってあげてよ」
「……晴琉は何で背中押すようなことするの。志希先輩のこと好きなんじゃないの」
「好きな人のことは応援したいじゃん。円歌だって私のこと応援してくれてるでしょ?私は私なりのアプローチで頑張るし」

 晴琉のことは応援したいけど……晴琉の真っすぐな瞳と言葉に思わず目を逸らした。というかさ。

「いや私が晴琉を応援するのはまだしも、晴琉が先輩を応援するのはおかしいでしょ。私恋敵じゃないの」
「恋敵って。円歌が敵なんて思いたくないよ。私が先輩を思う気持ちも、先輩が円歌のことを思う気持ちも否定したくない」
「じゃあもし私が先輩と付き合うことになってもいいの?」
「しばらく落ち込むかもしれないけど、絶対最後は応援するよ」
「……そっか」

 曇りのない笑顔を向ける晴琉。眩しすぎてまたすぐに目を逸らしてしまった。天真爛漫な晴琉は私が思っている以上に精神的に大人なのかもしれない。私も晴琉みたいになりたい。キーホルダーのことぐらいで醜い感情を出していたことが恥ずかしくなった。

「本当にごめんね」
「いえ、先輩は悪くないですから……うぅ」

 ほどよく暗くなった時間帯。観覧車から見る夜景はきっと綺麗で。二人っきりで乗るならムードも完璧なシチュエーションの中、私は絶望の淵にいた。

「ガチで高いところダメなんだねぇ」
「私も……こんなにダメだとは……」

 結局帰るギリギリまで志希先輩とは話すことがほとんどなくて。最後の最後に「一緒に観覧車乗りたい」と言う先輩のお願いと「行ってきなよ」と背中を押す晴琉の言葉を受けて、断ることが出来なくなってしまった。小さいころから高所恐怖症だからずっと高いところは避けてきたけど、もう高校生だし、もしかしたら昔よりは平気になってるかもなんて、甘い見通しで乗った観覧車。ゆっくりゆっくり段々と高く上がっていくゴンドラの中で不安な気持ちは急上昇していた。
 気付けば私は恐怖心から志希先輩の体にしがみついていた。外の景色を見ないように先輩の肩にうずくまるようにしていたら、先輩は私の気を紛らわすように今日あった出来事を面白可笑しく話してくれた。段々と気持ちが落ち着いてきて初めて、自分のものだと思っていた鼓動が先輩のものだと分かった。

「……先輩、めっちゃ心臓の音速い。もしかして先輩も怖いんですか?」
「いやいや、私は平気だよ~」
「えぇ?本当ですか?見栄張ってません?」
「平気じゃないのは今の状況かなぁ」
「え?」
「だって好きな子がこんなに力一杯抱き着いてくるからさ~」

 いつものチャラい雰囲気のままだけど、初めて「好き」と言われた。いつも「かわいい」とか「タイプ」とかは言ってくるけど、「好き」とは言われたことが無かった。だからさっき晴琉が本気だと思うという言葉を聞いても、まだただの遊びというかノリというか、志希先輩が私に絡んでくるのはそういうものだと思っていたし、そう望んでいたところもあった。

「先輩私のこと好きなんですか?」
「えぇ!?今更⁉ずっとアプローチしてるのに⁉」
「ふざけてるだけかと……」
「冗談のほうが良かった?」

 私は志希先輩に体を預けるようにして下を向いているから先輩の表情は分からない。ただ声のトーンが真剣だったから、思わず黙ってしまった。少しして小さな声で「分からないです」と曖昧な言葉を返すことしかできなかった。

「そっか……ねぇ、景色綺麗だよ?円歌ちゃんも見た方がいいよ」
「絶対無理ですって」
「今なら落ちても私が下敷きになるからさ~」
「落ちるとか言わないでくださいよ」
「まぁまぁ。先輩の言うこと信じてちょーっとだけ顔上げてくれない?ね?」

 うつむいたままの私の顎に志希先輩が手を添えてくる。先輩の手にされるがまま、顔を上げた。ただし全く反抗しないわけではない。

「……円歌ちゃん。目開けないと意味ないよ~」
「ちょっと時間下さい」
「もうすぐ頂上なんだけどなぁ……目開けないとちゅーしちゃうぞ」
「ダメですよ!」

 思わず目を開いてしまった。夜景が目の前に広がる。いつも見ているただの街頭が、建物の光が、たくさんあるだけなのに、高いところから見ると星の海を見ているかのように美しく感じるのは何故だろう。ただ綺麗だからと言って恐怖心が全て無くなるわけではないけれど。でも見ておいて良かったと思った。ゴンドラが頂上までたどり着き下がって行き始めるまでの短い間だったけど、静かに眺めていた。志希先輩に綺麗な景色を見せてくれたお礼を伝えたくなって、顔を先輩のほうに向いた途端、私の目の前は先輩でいっぱいになっていた。
 目、ちゃんと言われた通り開けたのにな。


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