「つらつら物思い」第4話

ざぁざぁ 1

 6月。晴琉ちゃんとの二度目のデートの日。なのに。待ち合わせの駅に向かう間にゲリラ豪雨に降られた。駅に到着した時には全身がびしょびしょに濡れてしまった。晴琉ちゃんを見つけて近寄ると晴琉ちゃんも私と同じようにびしょびしょだった。

「うわあぁ……」

 挨拶もそこそこに、その場でうなだれる晴琉ちゃん。本当はこれから美術館に行く予定だった。芸術に興味がない晴琉ちゃんでも楽しめそうな体感型の美術館。でもこのままじゃさすがに6月とはいえ風邪を引いてしまいそう。

「晴琉ちゃん、ちょっと様子見て帰ろう?風邪引いちゃう」
「そうだね。はあぁ……」

 楽しみにしていてくれたのが嬉しくて晴琉ちゃんの落ち込んでいる姿を見て顔には出さず心の中で喜んでしまう。並んでどしゃぶりの雨を少しの間眺めていると、次第に雨が弱まっていく。

「思ったよりすぐ止みそうだね」
「んー……これくらいなら平気かな?……行こ!」
「え?」

 晴琉ちゃんは私の手を取って走り出した。ちょっと野性的すぎない?

「どこ行くの!?」
「うち近いから!」

 前に円歌が晴琉ちゃんと葵ちゃんのことを「体育会系のノリについて行けないことがある」って言っていたことを思い出した。晴琉ちゃんに引っ張られるように数分ほど走ったところ雨が止んだ。それから少し歩いて晴琉ちゃんの家に到着する。それほど運動が苦手なわけではないけれど疲れたし、びちょびちょだし、普段だったらとってもテンションが下がる状況。
 それでもすっかり晴れた空の下、なんだか楽しそうな晴琉ちゃんの笑顔を見たら雨に降られた徒労感も、濡れて張り付く服の不快感も吹き飛んでいた。
 家にお邪魔すると既に晴琉ちゃんから連絡を受けていた晴琉ちゃんのママからタオルを受け取り、「お風呂沸かしたから温まってきなさい」というお言葉に甘えることにした。晴琉ちゃんは脱衣所まで案内してくれたけれど、そのまま出て行こうとしていたから思わず服の袖をつかむ。

「晴琉ちゃんは入らないの?」
「え!?寧音が先に入っていいよ!」
「風邪引いちゃうよ?……一緒は嫌?」
「嫌とかじゃなくて!」

 慌ててる晴琉ちゃん。待ってる間に体が冷えてしまうから提案したけれど……好意を寄せてるって言ってる人と一緒にお風呂はやっぱり嫌なのかな。

「晴琉ちゃんのこと、いやらしい目で見ないから」
「そういうこと心配してるんじゃなくて!むしろ私が……」
「え?」
「あぁああ!何でもない!とにかく先入って!」

 余計慌てる晴琉ちゃん。それとなく顔が赤い。そっか。晴琉ちゃんは照れてるだけなのか。それなら。

「……晴琉ちゃんが先入らないと入らない」
「ええぇえ?…………じゃあ、いいよって言ったら入ってきて」
「うん」

 頭を抱えていた晴琉ちゃんが観念してようやく話がまとまって、一緒に入ることになった。晴琉ちゃんがお風呂に入って数分後、「いいよ」という声が聞こえて浴室に入る。そこには体育座りをして両目を両手で覆い、目隠しをしながら浴槽に浸かる晴琉ちゃんがいた。

「何してるの?」
「これで許してください」

 何を許すのかよく分からないけれど、微動だにしない晴琉ちゃんを横目にシャワーを借りて、半分空いている浴槽に晴琉ちゃんと並ぶようにして浸かった。

「ねぇ晴琉ちゃん、音だけって逆にいやらしくない?」
「そんなことないし!」
「声大きいよぉ」

 浴室はよく音を反響させる。食い気味に反論してくる晴琉ちゃんの声の大きさに思わず笑ってしまう。

「もしかして晴琉ちゃんって色仕掛けとか効くの?」
「え?そんなことないよ!?」
「声裏返ってるよ?」

 晴琉ちゃんの弱点を見つけて楽しくなってしまう。イケメンの王子様でかっこいいと皆にちやほやされている晴琉ちゃんが、こんなに分かりやすく恥ずかしがるなんて。
 
「寧音……そろそろ出たい」
「先出て良いよ?」
「そしたら目開けないとじゃん!……分かってて言ってるでしょ、もー!」
「晴琉ちゃんごめんってば」

 素直に謝ってお風呂を出た。服を乾かしている間に晴琉ちゃんのジャージを借りて着る。いつもの自分と違う晴琉ちゃんの匂いに包まれる。ドライヤーを借りて髪を乾かした後、先に部屋に行っててと言われていたから晴琉ちゃんの部屋で晴琉ちゃんのベッドの前に座って大人しくしていた。晴琉ちゃんの部屋にはバスケ用品がいっぱいあって、ゲーム機やフィギュアも置いてあって、なんだかおもちゃ箱のように賑やかだった。

「寧音、お待たせ」

 晴琉ちゃんはカップを二つとお菓子が乗ったトレー持って部屋に入って来た。ホットココアはお風呂で温まった体を内側からも温めていく。隣に座る晴琉ちゃんのショートヘアーがしっとりとしていて、いやらしい目で見ないと言ったくせに、初めて見たお風呂上りの姿を色っぽいと思って、少し罪悪感に包まれる。

「ん?どしたの?」
「何でもない」
「そう。いや~でも今日楽しみにしてたのになぁ……」

 晴琉ちゃんは急に思い出したように残念がった。

「でもお家デートも嬉しいよ?」
「そう?なら良いけどさ……ゲームでもする?」
「下手でも良い?」
「うん!大丈夫」

 晴琉ちゃんの提案で携帯ゲーム機でゲームをした。普段全くやらないから上手くできなくて、いつかのゲームセンターのように晴琉ちゃんが手取り足取り教えてくれた。晴琉ちゃんは集中すると距離感がおかしくなってしまうのか、さっきお風呂で照れていた人とは思えないくらい距離が近い。お風呂上りの晴琉ちゃんのシャンプーの匂いや体温に包まれる。このままでいるのは幸せだけれど、指摘しないのはこの状況を利用しているようで少しずつ申し訳なさを感じてしまう。

「……晴琉ちゃん、近い」
「え?あ!ごめん!……本当にごめん」

 耐えられなくなって晴琉ちゃんに正直に伝える。晴琉ちゃんは私から距離を取った。もちろん嫌だった訳ではない。それでも晴琉ちゃんはすごく落ち込んでしまった。近いと言ったのは私のくせに離れられると寂しくなる。

「晴琉ちゃんごめんね、嫌なわけじゃなくて」
「うん、でもごめん。前のデートのことも、今日のことも、寧音のことちゃんと考えて行動できてなかったなって思って」
「晴琉ちゃんは悪くないよ。私が好意を押し付けてるだけだから」
「押し付けられてるなんて思ってない……寧音に恋したいって言われたこと、嬉しかった」

 その言葉は嬉しいけれど、変に期待を持たせる言葉は嬉しくない。

「でもなんで私?って思ってる」
「なんかね、4月くらいにね、円歌と葵ちゃん見てて恋したいなって思って、それで思い浮かんだのが晴琉ちゃんだったの」
「そうなんだ……それで、その、恋がしたいっていうのはどういう?……付き合いたいとかってこと?」
「たぶん?」
「多分なんだ……」
「ごめんね、でもちゃんと恋したいって思ったの初めてなんだもの。自分でもまだよくわかってないの」
「ちゃんとって?」
「……あのね、私初恋から逃げたの。自分が変わっちゃう気がして怖かったから。だから今度はちゃんと恋したいなって」

 私の話を聞いて晴琉ちゃんは考え込んでいるようだった。目が合わず、ただ難しい顔をしてうつむいている。何かまずいことでも言ってしまった?
 晴琉ちゃんは顔を上げて、でも隣にいる私のことではなく、ただ真っすぐと前を向いて話し出した。

「あのさ、寧音」
「何?」
「私も同じなんだ……好きって気持ちから逃げたことがある。だから寧音がちゃんと恋してみたいって気持ち、わかる気がする」

 晴琉ちゃんの好きな人の話。今まで晴琉ちゃんとは恋愛の話をしたことはなかったけれど、何となく相手は想像がついていた。ただ今の状況で確かめる勇気はない。

「それなら……それなら私はこのまま晴琉ちゃんに恋しても良い?」
「そんなの聞く必要ないでしょ」

 晴琉ちゃんは私を安心させるように、こちらを向いて笑顔をくれた。

「ありがとう晴琉ちゃん」

 すぐに付き合いたいとか、独占するようなこと。そんな贅沢なことは今は考えていない。今はただ、私の為に彼女が笑顔をくれることが嬉しかった。

 ここからは余談。突然の晴琉ちゃんとのお家デートの翌日。雨で濡れた体でお風呂に入るまでひと悶着があったからか、丈夫な晴琉ちゃんと違って私だけ風邪を引いた。熱を出して休んでいる私に学校にいる円歌から「どうしたの」とメッセージが届いていたから、「晴琉ちゃんの目隠しのせい」という誤解しか生まないメッセージを送っておいた。晴琉ちゃんから「円歌に何送ったの!?」という抗議のメッセージが届いたことを知ったのは夕方になった時だった。

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