「つらつら物思い」第7話

べたべた 2

 お見舞いに行った翌日。晴琉ちゃんの体調はすっかり戻ったみたいだったけれど、私への態度がおかしくなってしまった。朝に教室で晴琉ちゃんの前の席を借りて座り挨拶をしても目が合わないし、話しかけてもたどたどしい返事をしてきた。これは私が思っていた以上に。

「ねぇ晴琉ちゃん」
「何?」
「……色仕掛け効きすぎ」
「違うって!」

 他の子に聞こえないように配慮して耳元で言ってあげたら、体を大きく後ろに反らして大声で否定する晴琉ちゃん。声に驚いて近くにいた子たちがこちらを見ている。「何でもないよ」と周りの子に慌てて言い訳している晴琉ちゃんを見て楽しくなってしまう。

「違うならその態度は何?」
「う……だってあんなのずるいって……なんで寧音は平気なんだよぉ」

 晴琉ちゃんは机に頭をぶつけるんじゃないかって勢いで伏せてしまった。平気なわけ、ないのに。朝礼のチャイムが鳴って席に戻った。

「晴琉に何かした?」

 お昼休みに葵ちゃんに呼び出された。どうやら朝練の時から晴琉ちゃんの様子がおかしかったらしい。バスケ部の子たちはもちろん円歌も事情を知らないようだから私だと思ったみたい。中庭のベンチで葵ちゃんと二人で並んでご飯を食べる。二人きりでご飯なんて初めてかもしれない。

「色仕掛け」
「はぁ⁉」

 さすがに予想外だったのか大きく口を開けて固まる葵ちゃん。珍しく面白い表情をしている。写真に残して円歌に見せてあげたい。

「えーっと、冗談?」
「そう思うならこの話はおしまい」
「えぇ?嘘、寧音って……えぇ?」

 困惑し続ける葵ちゃん。そうそう、葵ちゃんはいつの間にか私のことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。たぶん円歌と付き合い始めてデレデレしている葵ちゃんの事をイジるようになったころから。

「そんなに驚く?……私って分かりにくいかなぁ」
「超分かりにくいよ……そっか、そうなんだ……大会近いからお手柔らかにね……」
「うん。そこまで迷惑かけない。あと円歌にも言っていいよ」
「わかった。はぁ~……そっかぁ」

 葵ちゃんは何度もうなずいて何か感慨深い様子でいる。

「志希先輩と良い感じに見えたからなんか意外」
「志希ちゃんはそういうんじゃないの。嫌だものあんなタラシ」
「相変わらず先輩に厳しいねぇ。正直言って晴琉も大概だと思うけど」
「そうなの。どういうつもりなのかな、あの人たちは」
「私に言われても」
「でも円歌だってある意味人タラシじゃない?私に甘えてくる時なんてあざとすぎて、あれ?私たち付き合ってるのかなって思うもの」
「あぁ……それはね、もう諦めてる」
「平気なの?」
「……私しか知らないかわいいところ、あるし?……って痛い!」

 突然の惚気にムカついたから箸の後ろで脇腹を刺してやった。痛いと言いながら笑顔のままの葵ちゃんが憎たらしい。私は葵ちゃんへ手を伸ばす。葵ちゃんの首から胸元あたりを人差し指で下へなぞるようにする。「何してるの?」と聞く葵ちゃんの声は無視する。辿り着いた固い輪っか……円歌とお揃いでいつもネックレスにして付けてる指輪だ。

「ほんと幸せそうだよねぇ」
「無表情で言わないで……あとすみません痛いから押さないでくださいごめんなさいのろけて本当に」

 体を反らして逃げながら謝る葵ちゃんの指輪をグリグリと押してやる。

「私と葵ちゃんはこんなに一途なのにね」
「……大丈夫だよ寧音。ちゃんと伝わるから」

 経験者の言葉には重みがあって。私の心は少し晴れやかになった。

「晴琉ちゃん」
「なんですか!?」
「何で敬語なの。ねぇちょっと良い?」

 放課後になっても晴琉ちゃんの様子は変わらなくて。部活に行ってしまう前に解決しないといけないことがある。晴琉ちゃんを連れて私は校内にある和室に行った。
 中学まで茶道を習っていた私は、高校でたまたま同じ茶道教室へ通っていた茶道部の先輩と再会していたから、茶道部が使う和室のカギを貸してもらうのが簡単に出来た。和室は教室の半分くらいのそれほど大きくない部屋で、週二で活動している茶道部のほかに少人数の部活が話し合いで使うこともある。今日は誰も使う予定がないとあらかじめ聞いていたから、今は晴琉ちゃんと二人きり。

「なんで鍵持ってんの」
「んー……人徳?」
「んん?まぁいいけど……それで、何の用でしょうか」
「敬語やめてってば。晴琉ちゃんの部活もあるし、手短に済ましたいのだけれど。まぁ晴琉ちゃん次第かな」
「えっと、どういうこと?……って寧音!?」

 晴琉ちゃんに抱きついて和室の壁に追い詰める。

「部活、集中できてないって聞いたよ?」
「え、あー、いや、そんなことないから、大丈夫だって……」
「そんな挙動不審な返事じゃ信じられないよ……早く慣れて?」
「……慣れるって?」
「私に」

 晴琉ちゃんの胸元に顔をうずめる。心臓の音がすごく大きい。

「晴琉ちゃん心臓の音すごいよ?落ち着くまで離れないからね」

 ぴったりと張り付く私を無理やりはがすことはしない晴琉ちゃんは、諦めたのか静かに深く呼吸を繰り返していた。たぶん数分くらい経って、ずっと宙ぶらりんだった晴琉ちゃんの腕が私の肩に乗る。

「もう落ち着いたから」
「そう……試合近いんでしょう?私なんかに乱されないでよ」
「……そもそも乱して来ないでよ」
「だって晴琉ちゃんが私の気持ち、信じてくれないから」
「あの、それは本当にごめん。分かったから、その、積極的なの、ちょっと手加減して欲しいというか……」
「だって他の子たちからもアピール受けてるでしょう?」
「そうだけど、でも私は……」

 晴琉ちゃんの言葉は続かなくて。ただ沈黙が流れる。

「晴琉ちゃん?」
「……何でもない。とにかく、もう大丈夫だから。部活行ってくる」
「うん。頑張ってね」

 ようやくいつもの通りの笑顔をくれた晴琉ちゃんが出て行った和室に私は残った。そしてその場に崩れ落ちるように座り込む。平気なわけ、ない。晴琉ちゃんの体温が、匂いが、心音が思い出されて胸が締め付けれられる。昨日だってほとんど寝られなかった。分かりにくい私のこと、晴琉ちゃんは全然分かっていない。きっと自分自身のことも。志希ちゃんとの関係を疑って、私からキスされて、ハグされて、ドキドキしている晴琉ちゃん。

「早く私のこと好きって気付いてよ……」

 私の言葉はただ一人しかいない和室でむなしく響いた。

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