「くらくら両想い」第7話

ばくばく 2

 円歌と部室で過ごした後、お昼ご飯を一緒に食べて。あっという間に劇の準備の時間になってしまった。円歌も午後のシフトに入るから一旦お別れする。
 体育館のステージ裏に行くと王子様の格好をした晴琉が目に留まる。本番が近づき緊張しているのか真剣な顔をしていた。背もあるし、程よく筋肉質な体型は凛々しく、かっこ良さが際立っている。部活をしながら劇のセリフを覚えるなんて、晴琉のバイタリティの高さというか、努力しながらも全力で楽しむところは本当に尊敬してしまう。
 少しだけ見惚れていたら晴琉もこちらの視線に気づいたようで。ニコニコと砕けた笑顔でこちらに近づいてくる。さっきまでかっこよかったのに、急にかわいさを見せてくるものだから、この王子様はずるいと思った。劇が終わる頃にはもっと晴琉推しが増えるのだろうな。
 
「葵~。円歌とのデートどうだった?」
「楽しかったよ。あんまり回れなかったけど」
「何で?」
「あ、いや、混んでて」
「そうなんだ」

 危ない。自然に言葉にしてしまったけど、校内を回ることができなかったのは部室でいちゃいちゃしていたからで。

「ほら、写真あるよ」
「あ!ツインテールかぁ!かわいい!劇終わったら会いに行くわ」

 スマホで撮った大正風メイド服を着た円歌を見せてあげた。ちなみに見せたものには志希先輩から猫耳はついていない。あれは私だけのものだから。
 「セリフ合わせしたい」というヒロイン役の女子からの呼び出しですぐに晴琉はいなくなってしまった。さて私も舞台の裏方としての仕事に取り掛からないと。

 「――その後姫と王子は幸せに過ごしました」

 最期はもちろんフリだけどキスシーンがあって、ナレーションの一言とともに劇は終幕した。劇の内容は晴琉の王子様役があまりにもハマっていたために、凝ったものではなくベタなラブストーリーになった。甘いセリフをこれでもかと散りばめて、黄色い歓声が度々上がって。正直私は親友の演技を見て少し照れてしまって見てられなくなるところもあった。
 晴琉に「お疲れ」って声をかけたかったけど、それはもう色んな女子たちに囲まれてしまってそれどころじゃなかった。仕方がないから片付けが終わったあとは、ふらふらと校内をまた見て回る。

「葵ちゃん!」

 円歌のクラスでも見に行こうかと向かっていたところで、急に遠くから寧音ちゃんに大声で呼び止めれて驚く。走っていたのか息を切らしていた。私の前までたどり着くと、私の腕にしがみつくようにして息を整えている。何があったのだろうか、いつも冷静な寧音ちゃんのただごとでない様子に胸がざわつく。

「葵ちゃん、円歌見なかった?」
「見てないよ。何かあったの?」
「まだ何かあったわけじゃないけど、居なくなっちゃって。クラスの子に聞いたら誰かに呼び出されたみたいで……連絡もつかなくて」
「誰かって……もしかして心当たりあるの?」

 前に寧音ちゃんは私に“警告”を出していた。それが今のことなのではないかと思った。寧音ちゃんは誰かをかばっている。そんな気がした。

「……ごめん」
「ごめんじゃなくて!教えてよ!」
「教えても円歌の場所がわかるわけじゃないから……とにかく葵ちゃんも探して!」

 寧音ちゃんは「私は校舎探すから!」と告げると再び走りだして行ってしまった。訳が分からないけど、私の大事なものを奪おうとしている人がいることは分かった。円歌が危ない。私も走りだす。
 とりあえず校内は寧音ちゃんに任せて、校舎の外へ出た。色んな人に円歌を見かけなかったか声を掛ける。志希先輩にも電話して協力してもらった。それでもすぐに見つからなくて、不安だけが積もっていく。
 学校の敷地中を走る。もう11月で気温はだいぶ下がっているというのに、嫌な汗が流れる。一旦立ち止まり息を整えていると、遠くから微かに聞こえる救急車のサイレンの音。音は段々と近づき大きくなる一方で。まさか……嘘でしょ。
 私は再び走り出した。校舎のすぐ近くに止まっていた救急車を見つけたときにはサイレンの音は止み、担架で誰かが運び込まれていたようだった。周りに人だかりができていたから、姿が見えない。不安と焦りで心拍数が上がる。心臓が痛い。見ていた人たちに何があったか聞きたいけど、恐怖心で声が出ない。もし円歌の身に何かあったら……私はどうすればいいの。
 ただ呆然と立ち尽くす私の耳に入ったのは、救急車がいなくなり、散っていく野次馬たちの会話だった。

「ねぇ、あの運ばれた人、王子様役の子だよね?」

 え……晴琉?

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