「かたかた片想い」第3話

ふわふわ

『ダメだった!』

 バスケ部が他校と練習試合をする前日の夜。自宅のベッドでゴロゴロと寝転がっていると、晴琉が通話アプリから連絡をかけてきた。どうやらレギュラーには成れなかったらしい。

「そっか」
『でも夏の公式戦までには絶対レギュラーになるから!』
「うん。頑張れ」
『もちろん葵も一緒にって言いたいんだけど……』
「何かあった?」
『葵さ、高校で部活始まってから元気ない気がする』

 原因は晴琉なんだろうけどな、とは口が裂けても言えない。私も最近は志希先輩に絡まれることが多くなって、晴琉の気持ちを考えたら複雑な気持ちでいることが増えていた。私より晴琉と一緒にいることが多い葵も、たぶん同じように晴琉の気持ちに気付いているだろうから、私が先輩に絡まれているのを見たら複雑なのだと思う。

『中学の頃の会ったばかりの時みたいに何か自信がなさそうでさ』
「そっか。私からも話聞いてみる」
『円歌の方が付き合い長いしね。よろしく』
「うん。じゃあ明日の練習試合頑張ってね」
『本当に明日来ないの?』
「うん。だって晴琉が出るなら行くって約束だったじゃん」
『そうだけどさー。円歌らしいなぁ。もう』
「褒め言葉として受け取るね」
『はは。円歌のそういうところ好きだなぁ』
「ありがと。私もスキダヨー」
『もうちょっと心込めて言ってくるれる?』
「はーい。大好き―おやすみーばいばーい」
『適当だなぁもう。じゃあおやすみ』

 晴琉との通話を切る。葵、相当参ってるらしい。分かってて声をかけない私も人が悪いのは分かってる。でもどうしても葵から相談して欲しいし、頼りにして欲しいと思ってしまうのだ。

 土曜の午後。私は葵の部屋にいた。葵は練習試合からまだ帰ってきていなかった。葵の両親とも仲が良いから、部屋に通してもらって葵を待つ。
 葵の部屋はシックな色調の家具で統一されている。私のファンシーな部屋とは大違い。勝手に葵のベッドに寝転んでいた。ベッドサイドには私と葵と晴琉が写った写真が飾ってある。手に取って写真の淵をなぞる。葵は綺麗好きだから、全くほこりが付いていない。大切にしてくれていることに胸が温かくなる。
 今日は天気が良くてベッドの上も適度に暖かい。ベッドに仰向けになり静かに葵を待つ私の意識は夢の中へと誘われた。

――晴琉と志希先輩が仲良く話している。それを遠くから見つめる葵の表情は暗い。葵を慰めてあげたくて、手を伸ばしてみても距離は遠くなる一方で全然届かない――

 目覚めると腰の前のあたりが他よりも沈んでいることに気付く。寝ていた私のすぐそばで、葵がベッドの縁に腰掛けて本を読んでいた。夢の続きを見ているような心地のなかで無意識に葵の方へ手を伸ばしていた。私が目を覚ました気配に気付いた葵はこっちを向いて、私の手を取ってくれた。さっきまで寝ていた私は体温が上がっているのか手先まで温かく、逆に葵の手は少しひんやりしていて、体温が交わっていく感覚が心地良かった。

「おはよう円歌」
「んぅ」

 勝手に部屋に上がっている私を当たり前のように受け入れてくれる葵が好きだ。寝ている私を起こさずに待っててくれる葵が好きだ。目覚めたばかりの上手く頭の回らない私に優しくほほ笑む葵が好きだ。手を伸ばせば自然と手を繋いでくれる葵が好きだ。

「あおぃ……すきだよ」
「ん?葵もだよ」

 友達同士の戯れだと思われているのだろう。目を合わせては言ってくれない、私の好きに同じ温度で返してくれない葵のことは嫌いだ――。

「試合どうだったの?」
「んー。志希先輩が一番点取ってた」
「そっか」
「見にくれば良かったのに」
「……葵と晴琉がレギュラーになるまで行かないことにした」
「えぇ?出来るかなぁ」
「出来るよ」
「そうかなぁ」

 話している間ずっと繋いでいた葵の手。小指だけ絡めた。

「約束ね」
「……しょうがないなぁ」

 呆れたように笑いながら、小指に力を込めて、結局は私と約束を交わしてくれる葵が大好きだ。

 バスケ部の練習試合が終わって次の週には初めての中間試験があった。私は文系科目が得意で葵と晴琉は理系科目が得意だ。二人は部活が忙しいこともあって一応私が一番成績が良かった。試験も終わって次は体育祭。目まぐるしい日々が続いている。

「葵さ、なんか元気になってたよ。さすが幼馴染」
「そう」

 今は体育祭の予行練習の休憩中。晴琉が私を見つけて隣に座っていた。葵は前よりかは元気になったらしい。私のおかげなら嬉しいけど。晴琉は体を動かすのが大好きだから、体育祭のようなイベントが近づくと元気になる。私には理解できない。

「いやぁ体育祭楽しみだね」
「全然楽しみじゃないよ」

「円歌運動嫌いだもんね」

 どこからともなく現れた葵も私の隣にやってきた。体育祭を楽しみにしている人間二人目。

「はぁ。汗かいて何が楽し――」
「まーどーかーちゃあああぁん!」

 そろそろ聞き慣れてきた大声には驚かなくなってきた。そういえば予行練習は上級生も全員いるんだった。

「相変わらず元気ですね。志希先輩」
「「おはようございます!志希先輩!」」
「おはよー!晴琉ちゃんも葵ちゃんも元気だね~」

 葵と晴琉はすぐにバッと立ち上がると挨拶をした。さすが体育会系。私は座って足を伸ばしたままだ。志希先輩が怒らないから私は先輩に甘えきっていた。

「体育祭楽しみだね~」
「はぁ」

 あっという間に体育祭を楽しみにしている人間三人目が現われた。全くついていけない。この三人は普段から部活で体を動かしているのに。まだ動き足りないのかな。

「そうだ!円歌ちゃんにお願いがあって来たんだよね~」
「えぇ?」
「何で嫌そうな顔するの~?まだ何も言ってないのに~」

 だって絶対ロクなことじゃないでしょう。鏡を見なくたって自分の眉間にシワが寄っているのがわかる。

「体育祭で優勝したらご褒美ちょうだい!」

 うちの高校の体育祭はクラスごとに競って総合優勝を決める。先輩一人が活躍して勝てるほど甘くはないけど、先輩ならやってのけそうだ。

「何ですかご褒美って」

 私以上に晴琉がソワソワしている。簡単なことだと良いけど。

「デートして!」
「嫌です」
「遊園地とかどう?」
「先輩聞いてます?」
「だって晴琉ちゃんと葵ちゃんがレギュラーになるまで試合見に来てくれないって聞いたよ?そしたら今かっこいいところ見せられるイベントと言ったら体育祭じゃん?体育祭でかっこいいところ見せたらご褒美ほしいじゃん!あ、他にデートの候補あったら教えてね!……というか連絡先知らないじゃん!あとで教えてね!」
「……」

 全く話を聞かない志希先輩は一方的にまくし立てたあげく、勝手に約束を取り付けて去っていった。本当に嵐のような人だなぁ。葵と晴琉は立ち尽くしている。

「ねぇ。葵と晴琉同じクラスだしさ、二人で先輩のクラスの優勝阻止してよ」
「「えぇ?」」
「ちょっと先輩は自信家すぎるのが良くないと思う。倒して」
「倒すって……まぁ先輩には悪いけど、優勝はしたいしなぁ」
「うんうん。その意気だよ晴琉」
「晴琉が優勝目指すなら私も頑張るよ」
「よしじゃあ決定!二人とも頑張ってね!」
「円歌も頑張るんだよ」
「えー聞こえなーい」

 葵からの指摘を受け流す。志希先輩に取り付けられた約束は他力本願で二人に押し付けた。体育祭。無事に終わることを天に祈った。


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