「かたかた片想い」第12話

ばいばい

 しばらく黙ったまま、私は晴琉がくれたぬいぐるみを抱えて晴琉と並んでベッドに座っていた。晴琉は優しく背中をさすってくれた。頭を回転させようと努力しても、何も頭の整理はつかなかった。だって葵はいつも晴琉のことを見つめていて。きっと好きなのだろうと思ってたのに。私の勘違いだった?でも「ごめん」って。志希先輩と付き合ってるからだろうけど……。それだけ?しかも、あぁ、先輩に合わせる顔もない……。

「……落ち着いた?」

 涙が収まったころ、晴琉に話を聞いてもらうことにした。さすがにさっき葵にされたことは言わなかった。

「うん。えっと……まずは晴琉に謝らないといけなくて」
「え、何で?」
「あの……志希先輩と付き合ってるのに、さっき葵に泣きながら告白まがいのことを言いました」

 晴琉の方を向き、せっかくもらったぬいぐるみをこれでもかとギュッと抱えて頭を下げた。

「え?葵のこと好きだったの!?」
「……うん」
「え?じゃあ何で志希先輩と……えぇ?」
「ごめん。最低なのは分かってる。晴琉は応援してくれるって言ったのに、本当にごめん」
「……先輩は知らないの?」
「知ってる。知ってて付き合ってくれてる。それで私は受け入れてくれた先輩に甘えきってるの……晴琉、怒らないの?」
「えぇーっとー……まぁ先輩が良いって言ってるなら……私がどうこう言えないけどさ……それよりなんで先に葵に告白しなかったの?」
「……自信が無くて」

 葵は晴琉のことが好きだと思ってたから、とは言えなかった。でも理由は同じようなものだ。私には葵に告白する自信も勇気もなかった。幼馴染でいる安心感に甘えていた。

「じゃあなんで急に告白したの?」
「なんかもう、その、勢い?」
「で?返事は?」
「逃げられた」
「私が来たせいでしょ……ごめん」
「晴琉は悪くないよ。私が急にしたから……」
「そっか……てかそうなんだ……好きだったんだ……なんかごめん、気付けなくて」
「晴琉が謝ることじゃないでしょ」
「うん……言ってくれたら良かったのに、って言いたいところだけど」
「何?」
「……私も言ってなかったことがあるんだけどさ。聞いてくれる?」
「うん」
「中学の時さ、円歌のこと好きだったんだよね」

 昨日から脳の処理が追い付かないことばかりだ。

「……え?」
「葵は知ってる。バスケの合宿中にポロっと言っちゃってさ。でも円歌と葵と三人で仲良くしていたくて、関係性壊したくなくて言えなかったんだ。だから円歌の気持ちもわかる……あと遊園地で観覧車に乗った時のあれ……嫉妬してたのは円歌に対してじゃなくて、先輩にだったんだよね。それでまぁ、あぁ、先輩への気持ちは憧れだったんだって気付いたんだけど。ケーキのいちごがどうとかごまかしてたけど……嫌だったんだよ。好きだった人が……円歌が目の前で奪われてるの見たことがさ……ねぇ円歌、何か言ってよ」
「ちょっと……びっくりして」
「円歌って自分に対してのことだと鈍いよね」
「え、そうかな」
「うん。そうだよ。私も人のこと言えないけどさ」
「ごめん気付かなくて」
「はは、円歌も謝ってんじゃん」
「ほんとだ。ごめん……じゃなくて、うん。過去のことでも嬉しい、ありがと」
「……何だ、全然大丈夫じゃん。中学ん時に言えば良かったかな」
「うーん。中学の時だとテンパってたかも」
「えぇ?じゃあ今言って良かった」

 私に微笑む晴琉。晴琉の笑顔を見ると何故だか気持ちがスーッと楽になる。

「私どうしたらいいかな」
「円歌はどうしたいの」
「それがわからないから困ってるのに」
「うーん。まずは志希先輩に謝らないとかなぁ。告白したんでしょ?」
「……そうだね。でもさすがに許してもらえないよね。バスケ部の試合、もう見に行けないだろうな」
「んーどうだろ。先輩って何考えてるか分からないところあるし」
「それはそう思う」
「そういえば先輩、何であんなに葵に絡んでたんだろね」
「わかんない。私と葵のことかわいいって言ってたけど何のことかわかんなかった」
「え、私は?」
「知らないけど。大丈夫。晴琉はかわいいから」
「急に褒められると照れるんだけど」
「かわいい」
「やめてよー」

 ベッドにうずくまる晴琉。ほらかわいい。つい頭を撫でてしまう。

「……ありがと晴琉」
「ん?どういたしまして。よくわかんないけど」
「晴琉は居てくれるだけでいいよ……ってめっちゃお腹鳴ってるけど」
「だってもうご飯の時間」
「ご飯食べてく?」
「うん!」

 晴琉は撫でていた手を跳ね返す勢いで顔を上げて返事をした。無邪気な子どもみたいだった。
 晴琉はうちで夕ご飯を食べた後に帰って行った。帰り際「大丈夫?」と聞かれて、大丈夫じゃなかったけど「大丈夫」としか返せなかった。晴琉にはそれが伝わってしまって、最後に頭を撫でてくれた。
 夜に一言、スマホに葵からメッセージが届いていた。

『ごめん。忘れて』

 私は何もメッセージを返すことが出来ないまま、ただ日々を過ごした。

 5日後の午後。志希先輩が旅行から帰ってきた翌日。私は先輩に呼び出され、先輩の部屋に居た。先輩は部活があるから先に旅行から帰って来ていて、家族はまだハワイにいるらしい。また二人きり。私は葵との事を切り出すタイミングをうかがっていた。

「円歌ちゃん元気してた~?あ、そうだ、これお土産」
「ありがとうございます」
「ちょっと待っててね。はい、あ~ん」

 志希先輩はおもむろにお土産のお菓子の箱を開けて中からチョコを取り出してつまむと、私の口元へ持って行った。

「え、あ、はい……わ、甘っ」
「あはは、海外のお菓子って超甘いよね~……味見させて?」
「ん?……んー!」
「……ん、めっちゃ甘い」

 私からあーんして、とかお願いしてくるのかと思ったら私の口から直接味見してきた。こんなことされたら、余計に話を切り出せない……と思ったけれど、そんな私の挙動不審な様子を志希先輩は見逃さなかった。

「私がいない間に何かあった?」
「……なんで分かるんですか」
「わかるよ~。言ってごらん?」
「あの、楽しい旅行から帰ってきたばかりで本当に申し訳ないんですけど、ご報告がありまして」
「ん~?何々?かしこまって」
「葵のことなんですけど……」
「ちゅーでもした?」
「え……」
「当たり?」

 志希先輩に言い当てられて私の方が動揺する。先輩、全然驚いてもいない。想定内ですって言わんばかりに落ち着いてる。むしろいつも通りニコニコしている。
 私が言葉を失ってると、先輩がまたチョコを取って私の口に入れた。今度は手を使わず、先輩の口から移すようにして。さっきは私が咀嚼してたからすでに溶けていたチョコは、今度は固形のままで、溶けるまでに時間がかかった。私ごと堪能するようにチョコを味わう先輩は何だかご機嫌そうで、私には今の状況が理解出来なかった。
 少し経ってようやく解放された私は、私のほうが悪いことをしたはずなのに、先輩を咎めるような不機嫌そうな態度を取ってしまう。

「……何で怒らないんですか?」
「んー……怒って欲しそうだからかな」
「何ですかそれ」
「悪いことしたって思うなら、今度は円歌ちゃんから食べさせて?」

 志希先輩は私を自身の膝の上に跨らせるように抱え上げてきた。体勢を崩した私は簡単に膝の上に乗せられてしまう。そのまま腰を支えられ、先輩から逃げ出せなくなった。すぐそばにあるチョコの入った小さな箱を私の前に差し出してくる。さっきからずっと口角が上がっている先輩。私はより不機嫌になってしまう。

「ほら、早く」
「……いじわる――」

「……ん、よくできました」

 さっき先輩からされたように、私も先輩にチョコを食べさせてあげた。私の頭を撫でて、先輩は満足そうにしている。先輩は私をどうしたいのだろう。

「……葵に告白みたいなことしました」
「何?みたいなことって」
「泣きながら諦めたいから構ってこないでみたいなこと言いました」
「ふーん……でも上手く行かなかったから私の部屋でこんなことしてるの?円歌ちゃんは」
「……返事ははっきりもらってません」
「なるほどね、キスして逃げたんだ。葵ちゃん」
「私にカメラでも付けてるんですか?」 
「ふふ、人生経験が違うだけだよ」
「またそんなこと言って……って何してんですか」
「円歌ちゃんがキスされた仕返ししかしてないから。これからはお仕置き」
「……ずるぃ」

 私は志希先輩の部屋で、先輩の顔と白い天井しか見ていない気がした。

 旅行から帰ってきたばかりだと言っていたのが嘘だと思うくらい、志希先輩の体力は底知れず、全然離してくれなくて気付けば日が暮れていた。くたくたな私を見かねて先輩は家まで送ってくれることになった。家の近くの公園まで来たところで、外灯の下で話をした。

「円歌ちゃん、分かってると思うけど、今日で最後にしようね」
「……はい。先輩、すみませんでした」

 お仕置きを受けたからと言って、私が葵に告白をしたことが許されるわけではなかった。

「え~抵抗してくれないの?」
「……本当にしてほしいですか?」
「ふふ、冗談だって。葵ちゃんの返事聞くのに、別れないと困るでしょ」
「……返事、ちゃんと聞けますかね」
「それ私に聞く?」
「ごめんなさい……」
「まぁダメだった時用に私をキープしたいなら、別れないでいてもいいけど。どうする?」
「それはさすがにダメなのは分かってます」
「うんうん、よろしい」

 志希先輩に頭を撫でられる。どうして先輩は私を最後まで甘やかすのだろう。

「……先輩、私と付き合って後悔してませんか?」
「してないよ~。円歌ちゃんの色んな初めて貰っちゃったし?」
「ちょっと、それ誰にも言わないでくださいよ!?」
「あはは、顔真っ赤。それより円歌ちゃんは?」
「してないです。本当です。こんな私を今まで受け入れてくれてありがとうございました」
「なら良かった。ありがと、今まで付き合ってくれて」

 志希先輩は私の頬に手を当てた。気付かない間に涙がこぼれていたらしい。先輩は最後に優しく抱きしめてくれた。

「今度はちゃんと好きな人と付き合うんだよ?」
「信じてもらえないかもしれないですけど……志希先輩のこともちゃんと好きでしたよ」
「ありがと……じゃあ、もう帰るね」

 お別れの時間はあっという間に私を通り過ぎて行った。


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