「くらくら両想い」第5話

ぞわぞわ 2

 寧音ちゃんのことは頭の片隅に置いて、中間テストに集中する。何とかテストは切り抜けて、部活にまた集中する日々。

「はぁ……」

 とある日の部活中。思わずため息がこぼれる。いつ寧音ちゃんに手紙のことを聞こうかタイミングを計りかねていた。そんなことを考えていたから、集中力が切れていたのだと思う。

「葵!」

 晴琉からのパスに反応が遅れ、指に直接バスケットボールがぶつかった。

「痛っ」
「葵!大丈夫?」
「……多分」
「葵ちゃん、ちょっと外れてなさい」

 そばにいた先輩に言われバスケットコートから離れた。マネージャーの鏡花先輩が私の様子を見に近づくよりも早く、目の前に寧音ちゃんが現われた。どうしてここに?

「鏡花ちゃん、私が見ておくから」
「寧音?何でここに?」

 寧音ちゃんは鏡花先輩のことを「鏡花ちゃん」と呼んだ。知り合いだったの?驚いてる私の腕を掴み、部活の邪魔にならないところまで誘導する寧音ちゃん。

「いいから、鏡花ちゃんはバスケ部のこと見てて。ね?」
「え?あぁ、じゃあよろしく」
「救急箱借りてくね」

 鏡花先輩は寧音ちゃんにそのまま私のことを任せてしまった。先輩がいいなら私が断る訳にもいかない。
 寧音ちゃんは救急箱を開け、テーピングを取り出すと手慣れたように私の指を固定する。尋問しようとしていた相手に手当てをしてもらうのは複雑な気持ちだった。

「……上手だね」
「中学の時マネージャーみたいな感じで、志希ちゃんと鏡花ちゃんがいたバスケ部によく遊びに行ってたの」
「え!そうなの!?」
「うん……できたよ」
「あ、ありがとう」

 救急箱を元通りに片付けた寧音ちゃんと二人、並んで部活を見学しながら話をする。まさかあの先輩二人と寧音ちゃんが同じ中学で知り合いだったとは。

「志希ちゃんは小さいころ近所に住んでたからよく遊んでもらってたの。鏡花ちゃんは中学の時から知ってる」
「そうなんだ」

 寧音ちゃんの視線はバスケットコートで躍動する志希先輩に向いていた。横顔だから分かりにくいけど、昔から知っている人を見るような目にしては、感情が無くて、少し不気味で。

「私、志希ちゃんのこと嫌いなの」
「え……?」
「あと他に質問ある?」

 聞きたいこと、いっぱいあったはずなのに。そんなこと急に言われても困る。戸惑う私の顔を見て楽しそうに笑う寧音ちゃん。

「ごめんね?葵ちゃん困らせるの楽しくて」
「……じゃあまず、キーホルダー返して」
「あぁ。ごめんね、あれ私じゃないの」
「え、じゃああの手紙は?」
「だから、それはただの警告」
「なんの?」
「……円歌ってかわいいよね」

 会話が成り立たない。聞きたいことあるか聞いて来たのはそっちなのに。私の反応見て楽しんでるなんて、寧音ちゃんの嫌いだと言っている志希先輩とそっくりなんだけどな。話の意図を読み取ろうと、ただ寧音ちゃんの言葉に耳を傾けた。

「入学してすぐはね、円歌も笑顔で色んな子と話してて、かわいいし良い子だなって思ってたの。そうしたら志希ちゃんが絡むようになって、みんな警戒して、クラスで一人ぼっちになっちゃって。でも円歌って案外しっかりしてるというか、無理に人に合わしたりとか、群れたりしないのが好きだなって思う」
「そう……」
「あ、一応言っておくけど、友達としての好きだよ」

 ずっとバスケ部の練習を見ながら話してたのに、急にこちらを見て微笑みかけてくる。やっぱり私の反応を見て楽しんでるじゃないか。
 
「……葵ちゃんも志希ちゃんのこと嫌いだと思ったのにな」
「どうして?」
「どうしてだろうね?……他に聞きたいことある?」
「……もういい……けど」
「けど?」

 こっちの質問に答える気があるのか、ないのかよく分からないまま会話が続くことに気持ち悪さを感じる。笑みを浮かべながらも適当に受け流してくる寧音ちゃんから全てを聞き出すのは難しそうだ。でもそれなら、一つだけ伝えておかないといけないことがある。

「円歌に何かあったら許さないから」

 自分でも驚くくらい冷たい声が出た。

「私もそう思ってる」

 意味深な言葉をつぶやく寧音ちゃんはもうこちらを見ていなくて。表情を読むことは叶わなかった。しかも寧音ちゃんは私の手当てをした後はすぐに帰ってしまった。
 寧音ちゃんのことを知れたようで余計に分からなくなった翌日。私はお昼休みに志希先輩に呼び出されていた。屋上に続く階段の踊り場。屋上は閉鎖されているから、ここは行き止まりで、当たり前のように誰もいない。二人で並んで座ってお昼ご飯を食べる。

「そういえば先輩とご飯食べるの初めてかもしれないですね」
「そうだね。嬉しい?ねぇ嬉しい?」
「んー……はい」
「そこは即答してよぉ」
「ここちょっと遠いですし」
「静かでいいでしょ。独りになりたい時に来るの」
「告白する場所になってるって聞いたことありますけど、誰か来ません?」
「私が呼び出される場所だから大丈夫だよ」

 なるほど。つまり先輩が呼び出す側なら誰もこないということになる。

「それで話って何ですか?」
「昨日寧音と話してるとこ見たけど、友達なの?」
「えーっと、円歌が友達で、私はたぶん友達です」
「ふーん……」

 珍しく先輩の言葉が弱々しく聞こえる。追い込むみたいで気が引けるけど、こちらも聞きたいことがある。

「あの先輩、先輩と寧音ちゃんて幼馴染なんですよね?」
「うん」
「それで、その……手紙の事なんですけど」
「……もしかして寧音だった?」
「はい」
「そっか。ごめん、似てるとは思ってたんだけど……疑いたくなくて」
「大丈夫です。気持ちはわかります」
「実は寧音とは中学のいつ頃か忘れたけど、いつの間にか話さなくなってね。最初は中学生になったから反抗期とか、思春期とかそういうのかと思ってたんだけど、なんかそういう感じでもなさそうでさぁ、今は寧音のこと全然分からなくて……」
「そうだったんですね」

 寧音ちゃんは志希先輩のことをはっきりと嫌いと言っていた。その理由は先輩も気付いていないところにあるらしい。でも先輩は人のことを良く見てて、人の心の機微には敏感なタイプだと思っていたから意外だった。

「でも安心してください。手紙だけで、キーホルダーを盗んだのは違うみたいです」
「それだと余計謎が深まるねぇ」
「そうなんですよね……」
「あと何で閉じ込めたし」
「あ。それは聞くの忘れてました」

 そういえば何でわざわざ私と先輩を閉じ込めたのだろうか。まぁ先輩は成り行きだったけど。閉じ込めたのも違う人なのかな。

「でもまぁ、あの子小さいころから本音とか感情とか隠すけどね。嘘をつくような子ではないから。たぶん盗んでないのは本当だと思う。」
「先輩がそう言うなら信じます」
「ありがとう葵ちゃん」
「いえ」
「……できたら仲良くしてあげてね」
「はい」

 志希先輩の言葉もあって、寧音ちゃんのことを少しだけ警戒しつつも仲良くすることにした。

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