「つらつら物思い」第11話

ぷかぷか

 8月。晴琉ちゃんたちが所属するバスケ部の夏の全国大会はあっけなく終わってしまった。なぜなら一回戦目から優勝候補と当たってしまったから。接戦の末の敗北で、鏡花ちゃんが言うには手応えは十分にあったということだった。バスケ部としては悲観はしていないみたい。バスケ部の子たちは残りの夏休みを盛り上げるべく、たくさん練習に励み、そしてたくさん遊んでいた。

 「あらぁ。大きくなったねぇ」

 ご機嫌な志希ちゃんに話しかけられたのは、なるべく人が少ないプールで浮き輪をつけてただ体を浮かべていた時だった。今日はバスケ部の子たちに加えて仲の良い円歌と私も誘われて大きな屋内プール施設に遊びに来ていたところだ。晴琉ちゃんも来ているけれど、後輩である朱里ちゃんが連れ出してしまったから、私は大人しく一人でいたのだった。
 私の浮き輪を捕んだ志希ちゃんの目線は淡い紫色系の水着を着た私の胸元に向いていた。「変態」と冷たく言い放っても志希ちゃんは嬉しそう。

「髪。今日はあげてるんだ。かわいいね」
「円歌からもらった髪留めなの」
「へぇ。写真撮った?好きな人に見せなくて良いの?」

 そういえば志希ちゃんには好きな人が晴琉ちゃんだと言うことや、両想いになったことも伝えていなかったことを思い出す。

「別に大丈夫」
「んー?……上手く行ってないの?」
「……わかんない」

 好きだと言ってもらった日から、結局デートは出来ていない。今日も二人きりの時間はない。晴琉ちゃんの周りには自然と人が集まってしまう。

「内緒じゃないんだ。話聞くよ?」

 感情を出さない私のちょっとした言動で察してくれる志希ちゃんのことが昔から好きだったけれど、苦手だった。一度甘えたら、ずっと甘えてしまいそうだから。

「志希ちゃんに頼らなくても大丈夫だもん」
「えーお姉ちゃん寂しい」

 私に抱き着こうとしてくるから、プールの水をかけて牽制しておいた。遠くから「志希せんぱ~い」と甘えたような後輩の子の声が聞こえた。

「行ってあげないの?」
「本当に行っていいの?」

 志希ちゃんは甘やかすのが上手だし甘えるのも上手で、私よりずっと器用だと思う。

「大丈夫。頼らないけど、頼りにしてるから」
「んー?寧音の言うことはいつもややこしいなぁ」
「可愛げないでしょう?」
「気にしてるの?かわいいね」
 
 「うるさい」ってまた水をかけたら志希ちゃんは逃げるように離れて行った。そしてそれを見計らったように、また私に近づく人影。

「……ちょっといいですか」

 すぐ近くのプールサイドにいたのは、朱里ちゃんだった。小柄な朱里ちゃんは黒髪のショートボブと切りそろえられたぱっつんの前髪で、可愛らしい溌溂としたオレンジのワンピースタイプの水着がどこか幼さを感じさせている、と言ったら怒られそう。

「朱里ちゃんだよね?」
「はい。名前知ってたんですね」
「鏡花ちゃんから聞いたの。私のことは知ってるんでしょう?」
「はい……寧音先輩。晴琉先輩はいいんですか?」
「んー?」

 私はプールから上がって、プールサイドに座る朱里ちゃんの横に座る。朱里ちゃんは無表情のままプールの水面をすねた子どもみたいに蹴りつけていた。

「なんか余裕そうですよね……奪っちゃいますよ?」

 敵意のある視線が刺さる。久しぶりの感覚が懐かしい。一時期は志希ちゃんの周りの子に仲が良いからと睨みつけられることはよくあった。

「そう」
「そうって……晴琉先輩に興味ないんですか?」
「朱里ちゃんは晴琉ちゃんに興味津々だもんね」
「な、なんですかそれ!」

 私の言葉に朱里ちゃんは取り乱していた。張りつめていた警戒もどこかへ行ってしまったみたい。晴琉ちゃんもそうだけれど、この子もたぶん私には弱いタイプだ。そしてそういう子は大体、反応が面白い子。

「晴琉ちゃんスタイル良いよね」
「そうですけど!いやそうじゃなくて!というか私が質問してるんですけど!」
「ごめんね。えっと興味?あるよ?運動してる人の体って綺麗だよね」
「体の話じゃなくて!もう~」
「朱里ちゃんも綺麗だよ?」
「何言ってんですか⁉」

 朱里ちゃんは自分の体を隠すようにして、私から少し距離を取った。
 
「……もしかして超肉食系とか?」
「野菜の方が好きかな」
「ねぇ!もうわざとですよね⁉」

 身振り手振りが大きくて面白い。でもこれ以上はたぶん怒られてしまいそう。

「そんなことより話があるんじゃないの?」
「あなたが逸らしてんでしょ!はぁ……もう……晴琉先輩から、寧音先輩が好きだって聞きました。でも私諦めてないので、宣戦布告しに来ました!」
「そう」
「そうって!やっぱりあれですか⁉相手にもならないって思ってます⁉」
「思ってないよ。朱里ちゃんすごくかわいいもの」

 私が手を伸ばして頬を撫でると途端に朱里ちゃんの頬に熱が集まるのがわかった。私の手を振り払った朱里ちゃんは不貞腐れてしまったようだ。

「本当に何言ってるんですか……」
「どう返して欲しいの?」
「なんか……晴琉先輩のこと本気なんですか?……寧音先輩、考えてること分かんなくて、ムカつきます」
「私なりに真剣に想ってるんだけどな」
「……じゃあなんで、私が奪うって言っても何も言わないんですか?」
「ダメって言ったら諦めちゃうの?……違うよね。だから今朱里ちゃんはここにいるのでしょう?それなら私は何も言うことないじゃない」
「……そうですね」
 
 かつて志希ちゃんの周りにいた厄介なファンたちみたいに関係がこじれたらどうしようかと思ったけど、朱里ちゃんは物分かりが良いみたい。

「……ごめんなさい、さっきから生意気なことばかり言って」
「謝ることなんてないよ。かわいいね朱里ちゃんは」
「それ止めてください!……油断してたら、本当に奪っちゃいますからね!」

 おそらく「かわいい」という言葉に弱い朱里ちゃんは顔を赤くしたまま捨て台詞のようなことを言って、朱里ちゃんは駆け足でどこかへ行ってしまった。私はただプールの水面を見つめて時間を過ごしていた。

「やっと見つけた」

 少し経って大好きな声が背後から聞こえて振り返りたいのに、振り返るよりも早く抱きしめられて身動きが取れなかった。

「晴琉ちゃんどうしたの?」
「どうしたのって……全然一緒に過ごせてないから探したのに……一人が良かった?」
「ううん、探してくれて嬉しい」
「良かった……あのさぁ、二人で抜け出さない?」

 晴琉ちゃんが私以外の女の子といる時間がいくらあっても大丈夫。だってきっと最後にはこうやって迎えに来てくれると信じているから。

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