「くらくら両想い」第2話

ぎらぎら 1

「あ、葵ちゃ~ん」

 体育館に着くと他の1年生が準備を始めていた。急いで合流して準備を終えると志希先輩に捕まった。

「志希先輩。今日は早いですね」
「今日は囲まれなかったからねぇ……誰かさんのおかげで」

 おかげで早く来れたと言いつつ納得が言ってないような態度を取る志希先輩。先輩はよく部活に遅れて来る。大抵はファンに囲まれたり、告白で呼び出されたり。学校のアイドルみたいな生活をしている先輩が早く来るのは珍しい。誰かさんとは?と首を傾けると先輩の後ろに見慣れぬ女子の影。

「あ、これ後で紹介するから」
「これって言うな」

 志希先輩と同じくらい背が高い、“これ”と呼ばれて不服な表情を浮かべている、おそらく先輩と思われる女子は黒髪のウルフカットと切れ長の目が鋭く、かっこいい雰囲気を持っていた。私と目が合うと何故かギラついた敵意のある目線を送られた。私何かしたかな、と戸惑ったけど、すぐに部長が部員を集める声が聞こえてたからそちらに集中した。

「はい、今日は部活の前にみんなに紹介する人がいます!」
「え~?恋人ですか~」
「はいはい。志希は黙って。じゃあ、鏡花(きょうか)ちゃん、どうぞ」

「今日からバスケ部のマネージャーになります。よろしくお願いします」

 志希先輩に付いて来た人は先輩と同じ2年生で鏡花先輩というらしい。うちの部は1年生は7人、2年生は5人、3年生は8人の計20人で構成されていて、今までマネージャーなんていなかった。どうして急に?と思った疑問はすぐに解決した。

「皆さんのサポートと、ついでに志希が部活に専念できるように世話をしますね」

 なるほど。この人のおかげで志希先輩は早く部活に参加できたらしい。ちょっとした鏡花先輩の自己紹介を聞いた後、いつも通り部活が始まった。

「鏡花先輩のアドバイス的確ですごいわ!」

 部活終わり、片付けをしていると晴琉に話しかけられた。確かに鏡花先輩は論理的でわかりやすく言葉をかけてくれていた。顧問の先生も驚くほどに。感覚的に教えてくる晴琉とは大違い……いや、晴琉を悪く言っているわけではなくて。人には得手不得手があるって話。

「経験者なのかな」
「だろうね。話聞いて来よーっと」

 社交的ですぐに行動に移せるのが晴琉の良いところ。

「鏡花せんぱーい」
「うん?……近いな1年」
「晴琉って言います!」

 鏡花先輩は振り返ると笑顔で一気に距離を詰めてくる晴琉の頭をわしゃわしゃと撫でた。普通前髪を崩されて喜ぶ女子高生っていないと思うけど、晴琉は何だか嬉しそうだ。やっぱり晴琉ってワンちゃんみたい。
 微笑ましい光景に私もつられて微笑んでいると鏡花先輩と目が合う……と思ったら逸らされた。え?……やっぱり私は何かしてしまったのだろうか。

「葵ちゃ~ん、お疲れ」
「あ、志希先輩……ちょっと良いですか?」

 相変わらず絡んでくる志希先輩の服の裾を掴んで話しかけた。晴琉と鏡花先輩は少し離れたところで話している。

「ん?どしたの」
「あの、鏡花先輩とどういう関係ですか?」
「中学からの友達。バスケ部で一緒だったの。高校ではやらないって言ってたんだけど、鏡花がね、私がそれはモテてモテすぎて心配だから近くに居たいって聞かなくてさぁ」

「違うわ!」

 遠くから聞こえる鏡花先輩のツッコミ。志希先輩は「鏡花がね」あたりから明らかに音量を上げて話していた。

「まぁこんな感じの関係」
「苦労してるのがよくわかりました」
「そうなの~。鏡花は嫉妬深くて」
「はいはい」

 鏡花先輩が嫉妬深いことが志希先輩の冗談なのか本当のことなのか分からないけど。もしかして私と志希先輩が話しているのが気になるから、鏡花先輩は私に視線を送ったり、逆に逸らしたりしているのだろうか。
 志希先輩は色んな女の子と仲が良いのだけれど、最近は嫌がる私を面白がって抱き着いてくることが多いし……よし、今度からちゃんと除けよう。

 志希先輩のちょっかいから逃げる。そう決意した翌週のとある日の放課後。私は先輩と狭い場所で二人きりでいた。

「葵ちゃんどうする~」
「どうしましょうね」

 呑気な志希先輩と既に諦めて呆けた声で答える私。狭い部屋がどこかというと、校舎の端、体育祭とかで使う備品がある倉庫の隣にある謎の小屋。私と先輩はそこに閉じ込められていた。
 ――少しだけ前の話。午後の体育の授業から教室に戻ると私の机に手紙が置かれていた。

〈大事なもの 返して欲しかったら倉庫にきて〉

 何これ。見慣れない、きっちりとした丁寧な字。誰かのいたずら?私はこんな手紙を受け取る理由に心当たりがなかった。大事なもの……何だろう。私はモヤモヤを抱えたまま次の授業を受けて、放課後になってようやく気が付いた。

「え……嘘でしょ」

 カバンに付けていた円歌とお揃いのキーホルダーが無くなっている。まさか、大事なものってこれのこと?どうしてこれが私の大事なものって知ってるの?……怪訝な顔をしていると晴琉が話しかけてくれた。

「葵?どうした?大丈夫?」
「うん……大丈夫。晴琉、ごめん先部活行ってて」

 晴琉に心配をかけたくなくて言えなかった。晴琉は何か言いたそうな顔をしていたけど、私がもう一度「大丈夫だから」というと先に教室を出て行った。

「やぁ葵ちゃん」
「……何で先輩がいるんですか」

 手紙に書かれていた倉庫に着くと背後から志希先輩に話しかけられた。

「まさかこれ書いたの先輩?」
「何それ?晴琉ちゃんが落ち込んで耳の垂れたワンコみたいになってるからさぁ、どうしたのって聞いたら葵ちゃんの様子がおかしいって言うから後つけてみただけだよ」

 結局晴琉に心配をかけてしまったみたいだ。後でちゃんと謝っておこう。

「さらっとストーカーしないでくださいよ」
「まぁまぁ。で?どしたの」
「実は――」

 手紙のこと、無くなったキーホルダーのことを先輩に話した。最初はいつも通りニコニコとしていた先輩も段々と真剣に話を聞いてくれた。いつもふざけているように見えて、何だかんだ先輩は優しいし頼りになる。

「ふーん……ってあれ?隣のドア空いてる」
「あ、本当ですね」

 倉庫の隣の小屋はいつも閉ざされていたはずなのに空いていた。好奇心からか志希先輩が侵入する。

「中にあったりして」
「えぇ?なんでそんなところに」
「あ、葵ちゃんまで入ったら――」

《バタンッ!!》

「「あ」」

 私が入った瞬間、小屋の扉がしまった。すぐに開けようとしたけど開かなかった。やってしまった。

「やられたねぇ」
「すみません」
「うーん。葵ちゃんに声かけないで陰から様子見ておけば良かったかな」

 先輩の手には新たな手紙が。小屋の入り口のすぐそばに落ちていたらしい。
なるほど。私を閉じ込めようとしていたのか。でもどうして。

〈先に奪ったのはキミだから〉

「意味わかる?」
「……全然わからないです」
「そっかぁ。てかどうしようか、この状況」

 そう。それが今一番の問題だった。ここは校舎の裏で余り人が通らない。
9月も終わりに近い日で、でまだ暑い日々が続いているけど、今日はそれほど暑い日ではなかったことが救いだった。

「晴琉ならそのうち気付くと思いますけど」
「それ待ちかぁ……何する~?」
「いや呑気」

 こうして私たちは二人きりで狭い場所に閉じ込められていた。場所が狭いというか物が多い。小窓が上の方にあるから真っ暗ではないけど、人が通れるほどの大きさではなかった。窓を開けて助けを呼ぼうか考えたけど、ほこりまみれの荷物をどかすのは気が引けた。なるべく二人ともほこりを立てないように静かに座って助けを待つことにした。

「葵ちゃんさぁ、円歌ちゃんとどう?」
「どうって、どうもしないですけど……」
「けど?」
「なんか付き合ってもないのに私の独占欲が強くなってきてて、嫌になってます」

 これが最近の私の悩みだった。円歌とは前と変わらないスキンシップをしているのに、もっと、もっと欲しいって思ってしまう。

「さっさと付き合えばいいのに~」
「でもいざ付き合って、求めてばかりだと引かれません?」
「じゃあ今から適度にいちゃいちゃすれば?」
「……どれくらい?」
「えぇ?それ聞くの?真面目だねぇ」

 志希先輩は笑いながら私の頭を撫でてくる。だって加減が分からない。

「ちゅーは?」
「それは、その、付き合ってから改めてしたいので……」
「そんな真剣に答えられたらこっちが恥ずかしくなってくるんだけど!」

 さらに笑い声を上げる先輩。素直に答えすぎた。恥ずかしい。好きな人の元恋人に聞くなんておかしいと自分でも思うけど、でもこんなこと、相談できるのは先輩くらいだから。

「じゃあキスマークとか?」
「……どうやって付けるんですか?」

 私の返事を聞いた途端に口角を上げた先輩を見て、好奇心から素直に答えたことを再び後悔した。先輩は「ほこり舞うから暴れないでね」と言って私の右手首を掴むと、腕の内側、真ん中あたりに唇を寄せた。腕に柔らかい感触と微かな痛みが走る。

「ちょっ……先輩!」
「……はいできた~」
「何してんですか!」
「後輩指導?」
「もう、何言って……これ目立つなぁ……」
「蚊のせいにでもすれば?」
「あぁ……」

 余計なことを言ったと後悔していた時、外から自分を呼ぶ声がした。

「葵ー!」

 晴琉の声。ようやく探してくれたようだ。

「晴琉!ここだよ!」

 晴琉が小屋の前にかけてあった板を外してようやく外に出られた。閉じ込められた時点で分かってはいたけど、わざわざ板まで用意して。どうして私のことを閉じ込めたかったのだろう。そしてキーホルダーはどこに行ってしまったのだろうか。疑問と不安が渦巻く。それを察してか、志希先輩は背中を撫でてくれていた。晴琉も心配そうにこちらを見ている。

「葵……大丈夫?」
「まだよくわからないんだけど、今のところ大丈夫」
「まぁしばらくは一人で動かない方がいいねぇ。晴琉ちゃん、見守ってあげてね」
「はい!」
「ごめん」
「なんで葵が謝るの。とりあえず部活戻ろう?」
「うん」
「は~鏡花に怒られそう~」

 鏡花先輩の名前を聞いて胸がざわついた。鏡花先輩が私を見る目は最初に会った日からずっと、どこか私を敵視しているような気がしていた……でも、まさかね。それだけで疑うのはよくないと、すぐに私は考えるのを止めた。

「ん?葵腕どした?」
「え?……あ、蚊!」
「そうそう。蚊だよね~」
「そっか」

 素直に受け取る晴琉に安堵しつつ、ニヤニヤとしながら同調してくる志希先輩を睨みつける。そして三人ともダッシュで部活に戻った。

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