「つらつら物思い」第6話

べたべた 1

 雨に降られた翌日。晴琉ちゃんはお休みだった。円歌に聞いたら「熱出したって。晴琉なのに」って何だか余計な一言を添えて返事がきた。どう考えても昨日、私を追って大雨の中傘を差さずに走ったからだと思う。前のデートで雨に降られた時より濡れている時間が長かったのもきっとある。
 いつもより長く感じる授業をこなしていく。ようやく訪れた放課後に風邪を引かせたお詫びに円歌から晴琉ちゃんがミカンが好きだと聞いて、ミカンのゼリーを買って晴琉ちゃんの家に向かった。
 家に着いてインターホンを鳴らすと、出て来たのは晴琉ちゃんだった。寝起きなのか髪はボサボサで、顔色はそれほど悪くなくて少し安心した。

「ごめん晴琉ちゃん起こしちゃった?……大丈夫?」
「寧音?どうして……」
「お見舞い。とりあえず部屋行こう?寝てないと」

 いつもより遅い足取りで元気なく歩く晴琉ちゃんに寄り添って部屋のベッドまで連れて行った。

「ご両親は?」
「仕事……大したことないって思ってたんだけど……久しぶりに熱出したからなんかしんどい」
「ご飯は?薬は飲んだ?」
「寧音お母さんみたい……大丈夫、そこら辺は全部用意してもらったから」
「そう……ゼリー買ってきたから冷蔵庫入れておくね」
「……今食べたい」

 ベッドから起き上がった晴琉ちゃんに「はい」と言ってゼリーを渡すとそのまま「はい」と言って返された。頭にハテナが浮かぶ私。

「……食べさせてくれないの」

 あぁそういうこと。病気の時は気が弱るって言うから。甘えたいよね。私は受け取ったゼリーを開けてスプーンですくう。

「はい、あーんして?」

 素直に私の言うことを聞いて口を開ける晴琉ちゃんはいつもより幼く見えてかわいい。

「おいしい」
「良かった。ミカンが好きって円歌に聞いたの」
「そうなんだ、ありがとう」

 食べ進めている間に円歌の名前を聞いて嬉しそうにする晴琉ちゃんを見て「本当は円歌に食べさせてもらいたかった?」という言葉を飲み込んだ。意地悪な言葉ばかりすぐ浮かぶ自分が嫌になる。余計なことを考えていたら、うまくスプーンですくえなくて自分の手にゼリーがかかってしまった。

「あ、ごめん晴琉ちゃん、何か――」

 「拭くものある?」という私の言葉は言い切れなかった。晴琉ちゃんが私の手を取って、こぼれたゼリーを直接食べたのを見て固まってしまったから。

「え?」
「あ……ごめん!」

 晴琉ちゃんは慌てて謝りだす。私の手にはまだ晴琉ちゃんの唇の感触が残っていた。本当に無意識で、天然でこんなことをしているなら晴琉ちゃんは罪深いと思う。

「晴琉ちゃん、もしかして私を振り回して楽しんでない?」
「え?そんなことしないよ!……ってかそれは寧音の方でしょ。昨日だって先輩たちとイチャイチャしてたし……」
「してないよ」
「してたよ!鏡花先輩には抱きしめられてたし、志希先輩とは何か……良い雰囲気だったし……本当は年上のお姉さんがタイプなんじゃないの?私みたいな子どもっぽい奴じゃなくてさ」

 晴琉ちゃんはうつむいてしまった。でも私にだって言い分はある。

「鏡花ちゃんも志希ちゃんもそういうんじゃないってば。付き合いが長いだけで」
「でも志希先輩……特別なものみたいにイヤーカフ大事にしてる」

 私が志希ちゃんにあげたプレゼントのこと、気付いたんだ。
 
「あれは……ずっと離れてたから、仲直りのプレゼントみたいなもので」
「試合で何かサイン送ってたし」
「志希ちゃんがそういうことする人タラシだって知ってるでしょう?」
「そうだけどさ……」

 何を言っても晴琉ちゃんの曇った顔が晴れることはない。どうしたら私の晴ちゃんへの恋心を信じてくれるのだろう……そもそも。

「私の気持ちに応えてくれないのに、どうしてそんな風に責めるの……」

 私の言葉にハッとしたような顔をする晴琉ちゃん。

「ごめん。そんなつもりじゃ……」

 謝る晴琉ちゃんの顔はより一層曇っていく。そんな顔が見たいわけではないのに。私といると晴琉ちゃんの顔は曇って行くばかりだ。

「晴琉ちゃんは私の気持ちを疑うけど、晴琉ちゃんの気持ちはどうなの?嬉しいって言ってくれたけど、それだけじゃ分からないよ……私は本当にこのまま晴琉ちゃんのこと好きでいていいの?」

 晴琉ちゃんが「ダメ」なんて言えない優しい人だって分かっていながら聞く私は卑怯だ。晴琉ちゃんは再びうつむいてしまった。

「……晴琉ちゃんが答えを出せないなら、私は答えをくれるまで好きにするから」
「え?」

 よく意味が分からないと言った感じで顔を上げた晴琉ちゃん。私はゼリーをそばにあった机に置いて、ベッドの上にいた晴琉ちゃんに跨って首に腕をまわす。途端に困惑する晴琉ちゃん。

「え……っと。寧音?」
「晴琉ちゃんだって、昨日後輩の子とイチャイチャしてたじゃない」
「え?あ、いやあれはあの子が勝手に」
「嬉しそうな顔してた」
「してないよ!」
「してたよ。色仕掛け効かないって言ってたのに……嘘つき」
「ちょっと待っ……」

 晴琉ちゃんの唇はゼリーを食べたばかりのせいで少しベタベタしてて。初めてなのに色気がないキスをしてしまった。この恋は大事にしたいって思っていたのに。今までの晴琉ちゃんの思わせぶりな態度とか、晴琉ちゃんの周りの子たちの晴琉ちゃんへの積極的なアプローチとか、色んなことが思い出されて。私は我慢が出来なかった。

「晴琉ちゃん顔真っ赤。やっぱり色仕掛け効くじゃない」
「違う……まだ熱あるから……」
「嘘つき……止めてあげないからね」
「寧音、風邪移る……って」

 本当にまだ熱があるからか弱々しい晴琉ちゃんの抵抗を無視してキスしていたら、遠くからドアのカギを開ける音がした。ご両親のどちらかが帰って来たらしい。たぶん様子を見に晴琉ちゃんの部屋へ来るだろう。 

「晴琉ちゃん、私もう帰るから……お大事にね」

 放心したような晴琉ちゃんを置いて私は晴琉ちゃんの家から離れた。

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