「つらつら物思い」第8話

ふわふわ 1

 7月に入り、すぐの土曜日。私の誕生日。でも翌日にバスケ部の全国大会出場がかかった大事な試合があるから、バスケ部の葵ちゃんと晴琉ちゃんに直接お祝いをしてもらうことは私から断った。試合が終わったら四人で遊びに行くことを約束して。今は私の部屋に円歌と誕生日ケーキがある。

「寧音おめでと~」
「ありがと」
「はい。プレゼント」

 円歌からもらったプレゼントは蝶のモチーフのバレッタだった。私はよくヘアアレンジをするほうだからバリエーションが増えるのは嬉しい。

「明日試合見に行く時に付けていくね」
「うん。ねぇねぇ寧音。早くケーキ食べようよ」

 用意してくれたケーキは円歌のおすすめのお店のもので。2人だけだからホールではなくて好きなものを伝えてカットしたものを買ってきてもらっていた。私はガトーショコラで円歌はショートケーキ。

「うん。おいしい」
「寧音、こっちもおいしいよ?」

 円歌はショートケーキを一口すくったフォークをこちらに向けてくる。自然に「あーん」をしてくる円歌は良い意味であざとくてかわいい。葵ちゃんは甘いものが苦手だから、この光景を見たら羨ましがるだろうな。口に入れられたショートケーキはスポンジもクリームも軽やかでふわふわで、イチゴとの酸味と甘みのバランスがちょうどいい。

「ん、おいしい……でも円歌。それ、葵ちゃん以外にしないほうがいいよ?」
「え、ダメかな……じゃあ内緒にして?誕生日だから特別ってことにしよ?」

 小さな秘密を作ったり、誕生日だからと特別にしたり。円歌の言動に下心がないことなんて分かってる。でも受け取る側は勘違いしてしまうと思う。本人が全く気付いていないというか、気にしていないだけで円歌は実はモテる。

「円歌。ついてる」

 口の端にショートケーキのクリームをつけてる無防備な姿に恋人でもないのにキュンとして、でも無防備すぎて葵ちゃんに同情した。ティッシュで拭き取ろうとしている円歌の手を抑えて代わりに指でクリームをすくって取ってあげる。私が取ったクリームの付いた指を舌で舐め取ると、円歌は赤くなった自身の顔を抑えながらいつもは見せない俊敏な動きで私から離れた。

「寧音!?」
「何を照れているの?」
「だって、なんか、寧音そんなこと普段しないじゃん」
「誕生日だからいいでしょう?」
「言ったけど……何で急に」
「円歌が無防備すぎるから、葵ちゃんの代わりにお仕置き」
「……葵も言ってたけど……寧音って志希先輩に似てるとこあるよね」
「んー?……志希ちゃんにもお仕置きされたことあるの?」
「え?あ、違うよ!」

 明らかに動揺している円歌。まぁ志希ちゃんのことだから、何を“お仕置き”したかはなんとなく想像はつく。

「今のは内緒にしてあげる。円歌、葵ちゃん以外に甘えるのはほどほどにしないとね?」
「……うん。分かった」

 返事をしながらも私に近づいて、肩にもたれかかってくる円歌。「分かってないじゃない」と言ったら腕をからめて、「意地悪しないで」と言ってくる。人にちょっかいを出すのが大好きな志希ちゃんのタイプだっていうのがよく分かるし、葵ちゃんが「心臓が持たない」って言ってた理由も分かる。

「それよりさぁ、晴琉とどうなの?」
「どうだろうね。今は大会で忙しいだろうから様子見してる」
「そっか。私に出来ることがあったら言ってね?」
「……じゃあちょっと甘えさせて」

 円歌を抱き着くと、円歌は優しく背中を撫でてくれた。

「誕生日だもんね」

 円歌の声色は優しかった。「甘えすぎ」って言ったのは私のくせにね。たぶん円歌は私の気持ちを分かってくれている。ただ“誕生日だから”甘えてるのではなくて、“誕生日だから”晴琉ちゃんに、好きな人に直接お祝いしてもらいたかった私の寂しい気持ちを――。

「じゃあ寧音。また明日ね」
「うん。今日はありがとう」

 少しだけ甘えさせてもらった後はしばらく談笑をして、遅くなる前に円歌を駅まで送った。明日は一緒に試合を見に行くから会わない時間は短い。
 駅から家まで帰る道のりは、夏だから夕方だと言うのにまだまだ暑い。汗をあまり掻く体質ではないけれど、帰ったら早くシャワーを浴びたいと思うくらいには不愉快な湿度だった。夏生まれっぽくないよねって今まで何回言われたか分からない。私は暑すぎるこの季節があまり好きではなかった。

「寧音!」

 不愉快な湿度や暑さを忘れさせてくれる、爽やかな、大好きな声がした。振り返るとそこには晴琉ちゃんがいた。走ってきたのか額に汗を浮かべて、軽く息を切らしている。

「なんで……」
「ちょっと話がしたくて。今大丈夫?」
「うん」

 晴琉ちゃんは私の手を取ると、近くの公園まで連れて行った。もうすぐ夜になるからか人はいなくて静かだった。

「寧音、誕生日おめでとう」
「え、あ、うん。ありがとう」
「ごめん、来なくて良いって言ってくれたけどさ、やっぱ直接言いたくて来た」
「そうなんだ」

 嬉しいけれど……本当に嬉しいけれど、大会のことがあるから戸惑いが大きくて、思ったより薄い反応をしてしまった。本当に私はかわいくない。

「それで、その……来ておいてなんだけど……プレゼントの準備が間に合わなくて……」
「大丈夫だよ。気にしないで」
「それでさ、何かして欲しいこととかある?」
「して欲しいこと?」
「うん。プレゼントは後で渡すから。なんか今出来ることとかないかなーって」

 会いに来てくれただけでも私には十分だったのに……誕生日だから、もう少し贅沢言っても許されるかな。

「……じゃあ、ちょっとでいいから……抱きしめてほしい」
「え、でも今部活終わりで汗臭いし」
「お願い」
「えーっと、幻滅しないでよ?……じゃあ、失礼します」

 晴琉ちゃんに優しく抱きしめられる。確かに汗の匂いはするけれど、幻滅なんてするわけがなかった。これ以上引き止めるわけにもいかなくて、たぶん私が離れるまで十秒も経っていなかったと思う。

「これだけで良いの?」
「……何か期待してたの?」
「そういうんじゃなくて!もぅさぁ!すぐ寧音はそうやって!」
「ごめんね晴琉ちゃん。でももう明日も早いでしょう?」
「あ、うん。ごめん、そろそろ帰らないと……そうだ。明日試合見に来るよね?」
「うん」

 晴琉ちゃんは私の両手を掴んで、何か意を決したような顔をしている。

「明日全国決まったら……ご褒美くれる?」
「ご褒美って?」
「明日言う!とにかくお願い!ダメ?」

 ご褒美の内容は明日までお預けみたい。でも晴琉ちゃんは私が嫌がるようなことは求めないだろうから。

「わかった」
「よし!じゃあまた明日ね!寧音」
「うん。来てくれてありがとう晴琉ちゃん」

 晴琉ちゃんは颯爽と来た道を引き返し走って帰っていった。私はその背中が見えなくなるまで見つめ続けていた。

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