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連載「『公共』と法のつながり」第3回 演習問題にチャレンジ――「契約」をめぐる現代的な課題を考える

筆者 

大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)、文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。


【1】はじめに

 第3回は、これまでの「契約」に関する学習内容についておさらいのための演習問題を用意しました。演習問題を読み解く際には、この問題は何を問いかけているかを考えることが大切です。答えを導き出すときにはその理由も考えてみましょう。
 また、次回は、消費者契約と労働契約を取り上げる予定です。そこで、今回は、次につなぐためのステップとして、「契約自由の原則」と消費者契約や労働契約との関係をどのように捉えたらよいのか、問題の所在を掴むための手掛かりを提供したいと思います。

【2】演習問題にチャレンジ

Q1 設問

 契約においては意思表示がとても大切な役割を果たすことを学んできました。それでは、次の2つのケースでは、どちらが法律的な関係を作り出す効果を持つ意思表示といえるでしょうか。理由とともに考えてください。

 ア AさんがクラスメイトのBさんに「君が好きだ、愛している」と告白したとき。
 イ Aさんが駅の売店で100円を出して「このチョコレートをください」と告げたとき。

Q1 解説

 アは、人生をかけた愛の告白であるのに対し、イは、日常的な買い物の1コマにすぎません。Aさんにとっては明らかにアの方が重要かもしれませんが、こちらは一定の法的効果を発生させるものとはいえません。それに対し、イの場合、Aさんは、100円でチョコレートを買うという売買契約を発生させるための申込みをしていることになります。このとき、売主が承諾すれば売買契約が成立し、双方に債権と債務が発生するという法的な効果をもたらします。したがって、法律的な関係を作り出す意思表示は、イがあてはまります。

 いかがでしょうか。できましたか。今回の問題は、池田真朗ほか『法の世界へ〔第9版〕』(有斐閣、2023年)9頁の解説を参考に出題しました。本書は、生活に密着した具体的な事例がたくさん掲載されており、もう少し法律を勉強してみたい高校生にも手に取りやすい一冊となっています。この本のように、近年の法学入門書は、とても具体的でわかりやすく書かれているものが増えていますから、「公共」の授業や法教育に取り組む先生方もこれらの本を参考に教材づくりにチャレンジしてみるとよいでしょう。

Q2 設問

 Bさんはときどき宅配ピザを注文することがあります。それでは、宅配ピザの契約が成立したのは、次のうちのどの時点でしょうか。理由とともに考えてください。

 ア 電話で1,500円のマルゲリータピザを注文したとき
 イ ピザ店の店員から「わかりました。〇時にお届けします」と返答があったとき
 ウ 自宅にピザが届けられたとき
 エ 配達してきた店員に代金を支払ったとき

Q2 解説

 契約は、「申込み」と「承諾」という2つの意思表示によって成立するのでしたね。すると、ア~エの時点のうち、どの時点が「申込み」と「承諾」にあたるか、を考えればよいことになります。アが「申込み」になるのはすぐにわかりますが、「承諾」はいつの時点でしょうか。答えは、もちろんイです。お店側は、宅配の申込みに承諾したから指定時間に配達すると回答したわけですからね。

 では、法的にみると、商品の受取り(ウ)と代金の支払い(エ)は、どのような意味を持つのでしょうか。契約は法的な責任が生じる約束ですから、(ウ)と(エ)は、契約が成立したことによって生じる、売り手と買い手の債権と債務の履行にあてはまります。買い手は、代金を支払う義務(債務)と商品を受け取る権利(債権)を得ることになりますが、売り手は、代金を受けとる権利(債権)と商品を引き渡す義務(債務)を負うことになります。契約の成立によって、このような法的な効果が生まれることを確認しておいてください。

Q3 設問

 Cさんは、あこがれのブランドのバッグをお店で購入しました。ところが、別のお店をのぞいてみたら、同じバッグが1万円も安く売っていることを発見しました。Cさんは、バッグはまだ使っていないことから、購入したお店にレシートを持っていけばバッグの返品と代金の返金が認められるに違いないと思っています。
 この場合、バッグの返品や代金の返還は認められるでしょうか。理由とともに考えてください


ア まだ未使用なので、返品も代金の返還も認められる。
イ すでに購入しているのだからCさんの都合で返品も代金の返還も認められない。

Q3 解説

 この事例では、Cさんとお店との売買契約は成立し、商品と代金の交換も終わっています。売買契約は履行済みとなっているケースです。そのため購入後に顧客側の一方的な都合で、自由に返品・交換することは原則としてできません。Cさんは、自分の自由な意思で、数あるお店のうちからその店舗を選び、数ある商品の中からそのバッグを選択し購入したわけですし、契約が守られることは、円滑な社会生活の維持や取引の際の信頼関係を確保するためには欠かせないからです。答えはイとなります。

 しかし、皆さんの中には、似たようなケースで商品の返品や交換をしてもらったり、代金を返還してもらったりした経験のある人がいるかもしれません。実は、このようなお店の取組みは、売買契約に基づく義務ではなく、あくまでもお店の“好意”あるいは“サービスのひとつ”なのです。もしかすると、Cさんがバッグを購入したお店も、顧客対応の一環として返金に応じてくれるかもしれませんが、それは法的な義務ではなく、あくまでも店側のお客様対応の方針に基づいて行われたサービスということになるでしょう。社会における法の運用をどうするかも興味深いところですね。

Q4 設問

 16歳の高校生、Dさんは、オンラインゲームで20万円以上の課金をして遊んでいました。このことを知ったDさんの両親は、未成年だからこの契約を取り消したいと考えています。ところが、難しい問題が出てきました。実は、Dさんは、プレイをする前にオンラインゲームの画面上に表示された「成年ですか?」との問いに「はい」と回答してゲームをしていたことがわかったからです。
 この契約の取消しは認められるでしょうか。理由とともに考えてください。


 ア 認められる
 イ 認められない

Q4 解説

 民法は、未成年者が契約などの法律行為をするときには原則として法定代理人の同意が必要であると定めています(民法5条1項)。また、一部の例外を除き、未成年者が法定代理人の同意を得ないでした法律行為は、取り消すことができるとも定めています(同条2項)。その理由は、未成年者が、成年者と比べて契約に関する知識や取引経験に乏しく、判断能力も十分に持っているとは限らないからです。つまり、未成年者を保護するためにこのような規定が置かれているのです。しかし、民法は、未成年者が「詐術〔さじゅつ〕」(年齢や親の同意について積極的に虚偽の事実を告げること)を用いていたら、取り消せなくなるとの規定(民法21条)も置いているので注意が必要です。民法は、このような場合に未成年者を保護することは適当とはいえず、むしろ相手方の信頼と取引の際の信頼関係を確保する(これを法学上、「取引の安全を確保する」と表現したりします)必要があると考えているのでしょう。

 それでは、Dさんのケースは、どのように考えたらよいでしょうか。確かに「成年ですか?」との問いに「はい」とクリックしたのはウソをついたようにみえるのですが、オンラインの画面上で気軽にクリックできる現状では、それだけの理由で「詐術」を用いて契約したということができるのでしょうか。これは、意外に難しい問題です。そこで、Dさんの立場からオンラインゲームの事業者に視点を移して考えると、事業者自身がこのような事態を回避するための取組みをもっと丁寧にすべきであったと考えることもできるでしょう。例えば、ゲームの申込みの画面で「未成年者の場合は法定代理人の同意が必要である」との警告を発したり、申込者に年齢や生年月日などの情報提供を要求したりするのです。このように、顧客が安易にクリックしないように条件を整えることも事業者の責務として捉えることもできるのです。契約の相手方に「成年ですか?」と問うだけでなく、オンライン上だからこそ警告を発したり、もっと詳しく年齢確認などの情報を要求したりすることが求められる、というわけです。皆さんは、このような見解に賛成しますか。

 このQ4は、これまでの問いに比べると、簡単には結論が出なかったかもしれません。人によって判断が分かれたり、何が答えなのかと、迷ってしまったりした人も少なくないでしょう。それは、紛争のもとになっている事実関係を確定すること自体が難しく、この事実関係に適用する法の解釈も1つの解釈だけでなく、複数の解釈が成立する余地があるからです。このようなときにこそ、法の学習が「正解を暗記する」ことではない点に気付いてほしいと思います。今回は、民法が未成年者取消権を保障する一方で、取引の相手方を保護する(取引の安全を確保する)ための規定を置いていることに問題の難しさがあるようです。読者の皆さんには、これらの論点をどのように調整すべきかを考えることが求められているわけですが、多様な視点から問題を捉え、自身の判断を導き出してみてください。

【3】「契約自由の原則」は現代社会にも通用するか?

 さて、ここまで現代の市民社会においては、契約によって社会が成り立っていることや契約によってよりよい社会がつくり出されていることを学んできました。商品交換を基礎とする資本主義社会では、経済活動は「契約自由の原則」によって支えられ発展しています。民法は、市民の社会生活を規律する基本的なルールを提供しており、契約に関わるトラブルが発生したなら民法のルールに基づいて解決が図られることになります。

 しかし、ここで問題がないわけではありません。民法が規律対象として想定しているのは、一般的な「人」であり、自由で対等な市民相互の関係なのです。契約を結ぶ当事者は、民法の理念では対等な関係にありますが、現実の社会においては必ずしもそういうわけではありません。例えば、労働契約の当事者は「労働者」と「使用者(雇用主)」です。両者の関係は本当に対等といえるのでしょうか。その会社で働きたいという一人の「労働者」よりも会社の「使用者」の方が圧倒的に有利な関係にあるのではないでしょうか。また、消費者契約の当事者は「消費者」と「事業者(企業)」になりますが、両者の間には商品に関する情報の量や質、情報処理能力などに圧倒的な格差があります。ここでは「事業者(企業)」の方が有利ですよね。また、アパートやマンションの賃貸借契約の当事者は賃借人と賃貸人(家主)になりますが、これもまた賃貸人(家主)の方が交渉力という点で強い関係に立ちますよね。そこで、現代社会では、労働者、消費者、賃借人など、具体的な社会関係において弱者にあたる人々の保護を図るため、民法上のルールを修正し、民法とは異なる特別の法律を制定して契約の適正化を図ることが求められるようになりました。

 次回は、「契約」の続編として、一般的な「人」ではなく、具体的な「労働者」や「消費者」の契約とそれらに関係する法律を取り上げ、解説を試みます。引き続き一緒に考えていきましょう。

「公共」を教える・学ぶための参考文献

〇「契約」の授業を構想するときに!

  • 大村敦志『「法と教育」序説』(商事法務、2010年)の第2章「法教育の諸相」のうち、「3 契約が大切なのはなぜか」「4 消費者教育・法教育と契約」……民法学者であり法教育にも造詣の深い著者が契約教育について論じています。著者は、契約教育の指針として①知識の断片化を避けること、②解決だけでなく認知まで学ぶこと、③社会の構想力を養うこと、を説いており(68~69頁)、授業づくりの参考になります。「契約」を授業で取り上げる意義を深く考察することができるので、「公共」の授業を構想するときにぜひ読んでほしい一冊となります。

  • 福本知行=金沢法友会「契約と消費者保護に関わる法教育の研究と実践」金沢法学59巻1号(2016年)201~246頁……法学者と学生が高校や中学校での授業実践に取り組んだ記録とその考察から構成されています。契約と消費者保護に関わる法教育の難しさが率直に書かれており、共感しながら読むことができます。「契約」に関する理論的検討と教材づくりの実践がセットとなっており、授業後の振り返りも掲載されていますので、参考文献として最適です。おまけに学習指導案とワークシートが付いているのもありがたい! 大学の紀要ですが、オンラインで読むことができます。URLは以下の通り。https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/records/2460

〇「契約」に関する法的な知識や法というものの考え方を身につけたいときに!

  • 池田真朗ほか『法の世界へ〔第9版〕』(有斐閣、2023年)の第1章「日常生活と契約」……先生も高校生も一緒に読んでいくとよいかもしれません。契約法の基礎がどんどん理解できていく本です。法の世界の全体像を見取り図として知るために最初に読む一冊としてお薦めです。

  • 池田真朗編『プレステップ法学〔第5版〕』(弘文堂、2023年)の第2章「契約は絶対に守るべき?」……身近な話題や登場人物の会話を手がかりに学習を進めることができます。大学の講義の前、講義の部分、講義のあと、というように構成に工夫が凝らしてあり、こちらも読みやすい一冊となります。

  • 大村敦志『市民社会と〈私〉と法Ⅱ――高校生のための民法入門』(商事法務、2010年)の第3章「私と私[ひととひと]がかかわる」……いわゆる、民法の概説書ではありません。著者が指摘するように、私たちの生活は、「契約」を通じて、世界経済の網の目の中に組み込まれています。わかったようでわからない「契約」の世界を1つひとつ分解しながら理解していくことができる本です。契約を通して人と人がどのように関わっているかを考えさせてくれます。

  • 〇東京大学法学部「現代と法」委員会編『まだ、法学を知らない君へ――未来をひらく13講』(有斐閣、2022年)の第12講「契約とContract」……比較法の研究者(溜箭将之〔たまるやまさゆき 〕〔東京大学教授〕)が執筆した本講は、イギリス契約法を検討しながら契約についての考え方を解き明かしてくれます。一見すると、「公共」の授業とは関係ないと思われるかもしれませんが、オリンピック契約などを教材にして契約に関するものの見方や考え方を身につけることも大切ではないかと教えてくれる論考となります。

【連載テーマ予定】

Ⅰ 「契約」の基礎  〔連載第1回~第3回〕
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の教育へ

▼「法学部で学ぼうプロジェクト」のポータルサイト

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