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連載「『公共』と法のつながり」第11回 代表民主制と選挙の機能

筆者 

大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。


【1】はじめに

 今回は、憲法と選挙をテーマに取り上げます。選挙の学習は、18歳への選挙権年齢の引下げをきっかけに模擬選挙などのアクティブな実践が少しずつ増えてきています。本連載の次回でも都立高校で行われた実践例を紹介し、その意義について考えてみる予定です。

 しかし、その前に、選挙の意義選挙制度など、これまで当たり前のように教えられてきた内容について、少し異なった視点から迫ってみようと思います。それでは、今回もがんばってまいりましょう。

【2】「民意の反映」と選挙の機能

 日本など、代表民主制を採用している国では、有権者が選挙によって代表者を選出し、選出された代表者が議会を構成して政治的決定を行います。代表民主制を学ぶ際には、代表を選出する仕組みである選挙を取り上げ、検討することが欠かせません。

 選挙を通して民意は反映されるといわれます。「民意の反映」という言葉を聞けば、それだけでわかったような気になるのですが、あらためて、「民意とは何か」、「民意をどのように反映するのか」と、掘り下げて検討しようとすると、途端に難しく、奥の深いテーマであることに気付くでしょう。そこで、難しいことを承知のうえで、この難問を「公共」の授業で取り上げ、検討してみることにしましょう。

 主権者である国民は、有権者団を構成し、選挙に参加します(註1)。有権者団は、一定の判断能力をもつもの(有権者)によって構成され、公職選挙法によると「日本国民で年齢満18年以上の者」で構成されます(9条1項)。有権者団といっても、そこには一枚岩の大きな塊があるわけではありません。実際に日本の有権者団のメンバーは1億人を超えており、意見や利害関係を異にする多数の人々によって構成されているのです(意見の複数性)。

 他方、政治を「2人以上の人間から成る集団内の共通のルールを決定する営みである」(註2)と定義すれば、複数の意見や利害をそのままにしておくだけでは何事も決めることはできません。何らかの方法で複数の意見を統合し、1つの決定を導き出すのが政治の役割であるからです(意見の一元性)。それでは、多様な複数の意見を1つに集約するにはどのような方法を採用すればよいでしょうか。私たちがしばしば用いるのは多数決という仕組みです。「A案支持の人は〇票、B案支持は△票、C案支持は×票、よって、もっともたくさんの票数を獲得したA案が可決されました!!」というように、多数決は物事の決定方式として頻繁に用いられています。こうして、多様な複数の意見の中から1つの結論が導き出されるのです(多を一に集約する)(註3)。代表民主制においては選挙がそのような役割を果たすことになります。社会にある多様な意見や利害は選挙において表明され、選挙によって選ばれた代表者の討論多数決によって社会の統合が図られるのですね。

【3】選挙には2つの機能がある――民意の表出と民意の集約

 問題はここからです。最初に、「民意とは何か」「民意をどのように反映するか」という問いを立ててみましたが、代表民主制においては、有権者の意思を議会にできるかぎり公正かつ忠実に反映することが求められてきました。

 民意が一枚岩ではなく、複数の多様な意見が存在すること(意見の複数性)を前提にするのであれば、選択の自由を重視し、その複数性をそのまま反映できるような選挙制度を採用すべきである、ということができるでしょう(選挙の民意表出機能)。このような機能を重視すべきであると考えるなら、選挙の選択肢は多い方が好ましく、人々の多様な意見や利害を代表する多数の政党や議員が議会に送られることが望ましいことになります。

 それに対し、もう1つの考え方は、多様な意見をそのまま反映するよりも、民意を集約し、一元的な決定を重視できるような選挙制度を採用すべきである(意見の一元性)というものです。こちらは、少数派を含む多様な意見を議会の中に持ち込むよりも、決定の安定性を重視し、社会的統合力を発揮するために民意を集約していこうと考えます(選挙の民意集約機能)。この考えに従えば、選挙の選択肢は2つくらいに絞った方がよく、勝敗を明確にすることで安定した政権をつくる方が望ましいことになります(註4)。

 この2つの機能は、選挙制度をトータルに捉え批判的に考察するためのベースとなっていくものです。

【4】シミュレーション教材で考える選挙制度

 民主主義の理念は、「自分たちで自分たちのことを決める」ことです。「自分で自分のことを決める」という単数の問題であれば、そんなに難しくはないかもしれません(もちろん、自己決定権をめぐる多様な課題が山積していることは承知していますが、今回はそれを措いて進めます)。しかし、「自分たちで決める」という複数の問題になった途端に、多様な意見から1つの結論を導き出すことの難しさに直面します。

 では、どうすれば多様な民意を集約できるのでしょうか。選挙の問題にひきつけていえば、有権者の意見の複数性・多様性をそのまま忠実に反映する選挙制度がよいのか、それとも、多数派の意思に基づく安定した強い政権(リーダー)を創出するような選挙制度がよいのか、とても悩んでしまいます。読者の皆さんは、どのように考えますか。

しかし、「公共」の授業でこのような説明を試みても、少しばかり抽象的で、高校生にはいまひとつピンとこないかもしれません。多くの場合、「自分の投じた1票は1票であって、どんな選挙制度を採用したとしても、その価値や効果は変わらない(!?)」と思っている可能性があるのではないでしょうか。そこで、いったん抽象的な説明から離れ、具体的な事例に基づいて、選挙制度の意義や効果について学習することにしましょう。〈選挙制度の違いによって選挙の結果(民意反映の結果)は変わるのか〉〈選挙の結果は民意の反映といえるのか〉、シミュレーション教材(註5)を使って検証するのです。

●では、次の設問1~3を読み、各問いに答えてください。

●各設問に対する解答例は、以下の通りです。

●シミュレーション教材から学べること

 シミュレーションの結果はいかがでしたか。「どんな選挙制度を採用しようとも、自分の1票の価値や効果は同じではないか」と思っていた人も、シミュレーションを通して見ると、自分の1票は同じはずなのに、選挙制度が異なれば選挙の結果も変わってしまうことにびっくりしたかもしれませんね。

 自分の投票行動は同じでも、小選挙区制を採用すると、A政党は議席の過半数を獲得し、安定した政権運営が期待できるようになりますが、D政党は議席を1つも得ることはできませんでした。これでは多様な意見や少数派の意見は議会に反映されないことになるでしょう。これに対し、比例代表制を採用すると、A政党は過半数をとることはできませんから、単独では政権を獲得することはできません。他方、D政党は議席を1つ獲得できますから少数派であっても民意を議会に反映させることができるようになります。この場合、複数の政党による連立政権が誕生する可能性が高まります。なお、多党制化や連立政権の誕生が必ず政治の不安定化をもたらすのかどうかをめぐっては政治をめぐる諸条件の分析とあわせて慎重に検討する必要があります。近年では、多党制に基づく連立政権であっても、条件が整えば安定した政権運営が可能であるとの見解が有力に主張されています。

●日本の選挙制度と選挙結果を分析してみよう

 さらに、この観点から日本の衆議院議員の選挙制度を見てみると、選挙制度がどのような機能を果たしているのか、よく理解することができるでしょう。衆議院議員の選挙制度は小選挙区比例代表並立制が採用されており、小選挙区制と比例代表制との機能の違いがよくわかるからです。そこで、「公共」の教材づくりに際しては、ヨッシー国という架空の国にとどまらず、実際の日本の選挙結果を取り上げ、検討することをお薦めします。
参考までに、2009年(第45回)と2021年(第49回)に行われた衆議院総選挙のデータの一部のみを紹介しましょう。選挙制度ごとに各政党の得票率と議席率を比較すると、興味深い結果が見えてくるはずです。

※数値については、下記の総務省ウェブサイトのデータを参照しています。 (https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin/ichiran.html

 自民党と民主党(現在の立憲民主党)のデータを比較すると、選挙制度によって明らかにその効果が異なって現れることがわかります。2009年の総選挙のときに、民主党は小選挙区において47.4%の得票率で73.7%の議席率を獲得しています。このとき、自民党は38.7%の得票率を獲得しているのですが議席率では21.3%しかとれず、これが政権交代へとつながったのでした。2021年の小選挙区制では自民党が48.1%の得票率で64.7%の議席率を獲得しましたが、30%の得票率を得た立憲民主党は、19.7%の議席率にとどまりました。
他方、比例代表で比較すると、得票率と議席率の差異はそれほど大きく出ておらず、民意がほぼそのまま議席に反映されていることがうかがえます。今回は、スペースの都合で他の政党のデータを掲載してはいませんが、ぜひ調査していただき、選挙制度と選挙結果にはどのような関係性が見られるか、検討していただきたいと思います。実際に行われた選挙のデータを丁寧に読み取り分析することができるようになれば、情報処理の技能(情報リテラシー)も身に付けられるようになるでしょう。

 さて、ヨッシー国の議会と日本の実際の衆議院総選挙のデータを比較すると、何が見えてきたでしょうか。これを大きな視点で捉えてみると、意見の複数性を確保し政治に反映するか(民意表出機能)、それとも複数の意見を強力に集約し安定した政権を創り出すか(民意集約機能)、というデモクラシーの対立軸を見出すことができるでしょう(註6)。民意表出機能と民意集約機能との間のバランスをどのように図るかによって、政治に反映される民意のあり方は変わります。

 政治学では、このような特徴に着目して、ウェストミンスターモデルという英米型民主主義とコンセンサスモデルという英国以外のヨーロッパ型モデルを比較分析するような研究が進められています。ウェストミンスターモデルの場合、小選挙区制でそれぞれの地域の多数派の意見を集めて議会を作ります。これは、選挙の入り口で多様な民意を集約するというアイデアのあらわれです。他方、コンセンサスモデルは、有権者の意見の分布に応じて比例代表制などで議会を構成し、最後は議会で熟議して決めようというスタイルとなります。これは、選挙の結果を踏まえ多様な民意を最後に集約しようとするアイデアとなります(註7)。

 選挙制度の違いによって議会の多数派が変動するのですから、議会で決定される政策も大きく変動する可能性が生まれます。どのような選挙制度をデザインするかによって政治のあり方が左右されることを考えると、選挙制度について考えるということはきわめて重要な意義を有する取組みであるということができます。

【6】おわりに

 自由な民主主義社会においては、意見の複数性が前提となります。他方で、物事を決定するというときには、多様な複数の意見を統合し1つに決定することが求められます。代表民主制を採用する国においては、意見の複数性を統合し、1つの決定に集約する機能を担うのは選挙の役割です。このとき、どのような選挙制度を採用すれば、有権者の民意を公正かつ忠実に決定につなげることができるのか、というのが本テーマの課題でした。

 本稿で取り上げたヨッシー国のシミュレーション自体はそんなに難しいものではありませんが、そこから何を汲み取ることができるかがとても重要な課題になるでしょう。どのような選挙制度を採用するかによって、選挙結果が異なることがわかったのであれば、もう少し応用的な問題に取り組むことができます。高校の教科書でもおなじみのアメリカやイギリスの選挙制度(ウェストミンスターモデル)と多言語国家であるベルギーの選挙制度(コンセンサスモデル)とを比べ、それぞれが民意をどのように議会に反映させているか、また、それがどのような効果をもたらしているかなどについても調べてみると、興味深い研究成果を得られるのではないでしょうか。

 今回は、政治学の議論も参照しながら選挙について考えてきました。次回は、東京都立N高校で行われた模擬選挙の学習を手がかりに、憲法と選挙制度について取り上げる予定です。ここでは、模擬選挙が教育において果たす役割を憲法学の議論と結びつけながら考えてみます。最後に、選挙だけではない民主主義のルート憲法教育全体の構成を取り上げて検討します。それでは、次回もよろしくお願いします。

【註】

  1. 佐藤幸治『日本国憲法論〔第2版〕』(成文堂、2020年)431頁以下。とくに434頁以下の解説を参照。憲法教育の論点として国民主権をどのように理解するかは今なお大きな課題となっています。著名な憲法学者である佐藤幸治さん(京都大学名誉教授)は、実定憲法上の構成的原理としての国民主権を「統治制度の民主化の要請」と「公開討論の場の確保の要請」という2つの視点から解明しており、参考になります。「統治制度全般、とりわけ国民を代表する機関の組織と活動のあり方が、憲法の定める基本的枠組の中で、民意を反映し活かすという角度から不断に問われなければならない」との指摘は、「民意の反映」の内容と方法を「公共」の授業においても問い直していこうとする本稿の問題意識とも重なるところです。さらにいえば、佐藤さんは、別の著書において、「有権者団の構成者は『成年者』に限られるが、……有権者団の構成や権能の行使のあり方を批判し、“善き社会”の形成発展を促す公開討論の場を形成するのは『成年者』に限られない」と指摘し、「未成年者による公開討論の場における活発な活動」も視野に入れた憲法論を展開しています。このことは、子どもの政治参加の可能性にも関わる憲法教育上の重要な論点として注目していきたいところです。この点は、佐藤幸治『現代国家と人権』(有斐閣、2008年)221頁以下を参照してください。

  2. 坂本治也=石橋章市朗編『ポリティカル・サイエンス入門』(法律文化社、2020年)3頁。

  3. 「多を一に集約する」という表記は、坂井豊貴「選挙って何だ?」岩波新書編集部編『18歳からの民主主義』(岩波新書、2016年)30頁に依拠しています。簡潔でいて要点を衝いた表現です。

  4. 民意表出機能や民意集約機能については、砂原庸介ほか『政治学の第一歩〔新版〕』(有斐閣、2020年)68頁以下に詳しい解説があります。同様に、犬塚元ほか『政治学入門――歴史と思想から学ぶ』(有斐閣、2023年)38頁以下も参照してください。

  5. 今回のシミュレーション教材は、雑誌「社会科教育」352号(1991年)131頁に掲載されたワークシート「選挙と政党政治」(作者は永野広務さん)をヒントに作成してみました。シミュレーション教材の舞台は、ヨッシー国としました。吉田のヨシから名付けたのですが、知る人ぞ知る“シッシー”と“ワッシー” (有斐閣社章の獅子と鷲をモチーフにしたキャラクター)のパロディーです。

  6. 川崎修=杉田敦編『現代政治理論〔新版補訂版〕』(有斐閣、2023年)138頁、砂原ほか・前掲註4)68-70頁参照。

  7. ウェストミンスターモデルとコンセンサスモデルについてもっと知りたい場合は、アレンド・レイプハルト著(粕谷祐子=菊池啓一訳)『民主主義対民主主義――多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究〔原著第2版〕』(勁草書房、2014年)を参照してください。レイプハルトの研究成果をコンパクトに紹介したものとしては、待鳥聡『代議制民主主義――「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書、2015年)164頁以下をお薦めします。最近では、小林良彰「多様性を生み出すための選挙制度」Voice2024年6月号150頁以下に、小選挙区と比例代表の違い(シミュレーションの図解付き)やレイプハルトのモデルなどがわかりやすく簡潔に紹介されています。


【連載テーマ予定】

Ⅰ 「契約」の基礎  〔連載第1回~第3回〕
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に〔連載第4回~第6回〕
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起 〔連載第7回~第10回〕 
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の教育へ

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