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コントの中で生きていた。

昨日、なんとか都会のクリニックまで出て、無事帰ってこられた。
PTSDにも割と向いている抗うつ薬をいただいてきた。
抑うつが酷くて、なんとか持ち堪えなくてはと「お薬でサポートしてください」とお願いに行ってきた。

行きは鈍行列車だったけど、お元気なシニアグループが乗ってきて、かなり騒がしかった。
なるべく離れたところに座り、ノイズキャンセリングイヤホンを使用した。



昨日、帰ってこられたのは夕方だった。
花粉の時期だし、あまり部屋に花粉を持ち込みたくないのですぐにシャワーを浴びることにした。

まだまだ調子は悪い。
私はグルグルの渦中。
思い出したって仕方ないのに、リョウシンに言われていたセリフがグルグルする。
「こんな病人いらなかった」
「生まれてくる子供を選べなかった俺達は被害者なんだ」
「アンタが生まれて私達は不幸になったのよ」
「このキチガイ」
「この穀潰し」

髪をよく洗い、すすぎ流す。

…ふぅ。
…また思い出してる…。

10歳の女の子が食事作りをして、それをリョウシンが食べて…

ハハは重い精神疾患で…

チチはまるで興味がなくて…

ハハが発症したばかりの頃、
「おい、お前が妹の面倒も見ろよ
オカアサンとお前と妹をオカアサンの実家に預けるんだ、お前が面倒見ろ」

ハハ方の祖母は他界して祖父しかいなかったら、逆に預けやすかったのかもしれない。
冷たいハンバーグ弁当2つを渡されて、チチは私達を祖父宅において帰った。
指先に引っかかったビニール袋の重さをまだ覚えてる。

「面倒事に巻き込まれたくない」

チチとハハは夫婦ではなかった。

ハハも連れて私の家に帰った頃には、家にはパチンコの景品があちこちにあり、ただでさえ異様な雰囲気の我が家の空気がさらにドス黒くなっていた。


そんな中、私は家事をこなしながら勉学に励み、私には本来なら取れるはずのない高得点のテストの答案をたくさん集めた。


…ふぅ。
ポタポタと髪から雫が垂れる。

「……どうしてあげたらアナタ達は満足だったの?」
「10歳の女の子が食事作ったり洗濯したりして、家事を担って、夫婦喧嘩が始まったら妹抱えて安全なところまで走って…」
「…コドモに…何を求めていたの?」
「…コドモの私に何をして欲しかったの?」

ミニサイズのカリスマ家政婦が欲しかったのか?

…まさかアッチの下の世話(下品で申し訳ありません)までしろとでも言いたかったのか?


…バカバカしい


顔を上げる。
浴室の天井が見える。
高くも低くもない天井が。


背中側を水滴が伝う。


…っ、滑稽だな。
今の私と変わらない年齢のオトナふたりが、10歳の女の子に「お世話してよ〜」と甘えていたのだ。

横を向けば大きな鏡がある。

10歳の女の子とは違う、大人の姿をした私が映っている。

「さすがに10歳のコドモに甘えたりはしないなぁ……はぁ〜っ」


…辛かったよね。
…何をしても文句を言われて。
…アイツらが頭オカシイんだよね。


髪をタオルで包み、顔に導入化粧水をつける。

…思い出すのは仕方ない。
…思い出してしまうことは責めない。
…でも時間を巻き戻したいとか、やり直したいとか一切思えないから、心の中で
「お前らのやることなすこと滑稽なんだよ、バカらしい」と毒吐いて、鏡には笑いかける。
だって怖い顔しているとハハと瓜二つなんだもの。

美容液のランクはだだ下がったけれど、今年は花粉対策に時間をかけられる分、まだ肌荒れは少ない。


乾燥肌なので保湿は欠かせない。
首やデコルテまでしっかりカバーする。

そして、鏡に笑いかける。

「コントの世界から出て来られたんだ」

あの滑稽な日々をきっと忘れることはない。
ただ、古めかしいブラウン管のテレビでも見るように、少しずつ生々しさが消えて、いつか砂嵐がかかってきたらいいなとは思う。


冷静に考えたら、コントの世界で子供時代を過ごしたんだ。
誰も笑えないダークでシュールなコントの。
道理では解釈できないコントの。


スキンケアが終わって天井を見上げると、いま、自分ががむしゃらに走って手に入れた空間にいることを実感する。

自分にとっては割と幸せな時間かもしれない。


これから、少しずつ色々と外していく。

その準備期間。



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