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40代も半ばにして初めてアイドルに興味を持ち、2023年1月から日向坂46のファンにな…

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40代も半ばにして初めてアイドルに興味を持ち、2023年1月から日向坂46のファンになりました。 そんな自分の日向坂46を推す日々を記録します。加藤史帆推し、清水理央推し。 ラジオにメール送ってます。

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  • 2024年日向坂日記

  • 40代からの日向坂46

    40代も半ばにして初めてアイドルに興味を持ち、日向坂46のファンになったおっさんが影に隠れて日向坂46を推す日々を記録します。

最近の記事

みとめる、はじめて。(2024年9月①)

神田神保町が本の街だと言って通じる世代というのは、もう限られるのかもしれないな。カレーの街と言ったほうが、もはや通りがいいのかもしれない。そんなことを考えながら地下鉄半蔵門線の駅から地上に出ると、辺りは思ったより暗くなり始めていた。スマートフォンの地図に目を落としながら、亀が泳ぐ街をふらふらと歩くと、ほんの数分で目当てのギャラリーにたどり着いた。 金村美玖 写真展『みとめる』 日向坂46のメンバー、金村美玖が「写真家」として開催したはじめての写真展である。大抵のギャラリー

    • 四期生が見せたトリプルジャンプ 〜 日向坂46 四期生ライブ@日本武道館3DAYS

      2024年8月27日(火)・8月28日(水)・8月29日(木)の3日間、日本武道館で行われた日向坂46 四期生ライブに参加してきました。 四期生にとって、2023年2月の「おもてなし会」、2023年11月の「新参者LIVE」、に続く三度目の単独ライブとなりました。それは、決して大げさな誇張表現でも、ネタ的なオタク構文でもなく、本当の意味で、僕にとって史上最高に楽しいライブでした。初めて参加した「4回目のひな誕祭」よりも、心から感動した「新参者LIVE」よりも、初遠征の高揚感

      • 指のかかりが良い(2024年7月①)

        いつの間にか、パリオリンピックまで2週間を切ったらしい。 先日、TV番組の中で、バスケットボール日本代表の渡邊雄太選手が、漫画『スラムダンク』における名言のひとつ「左手は添えるだけ」について、「かなり昔なので。今は少し違うんですよ。」と話していたのを見た。僕も小中高と部活はバスケ一筋だったが、たしかに、今はと言わず、昔から「左手は添えるだけ」が正しいシーンは限られる。あの夏(だったはず)、桜木花道が特訓していたゴール付近でのジャンプシュートは、それで正しい。 しかし、例え

        • 日向坂46のメンバーを無謀にも尾崎豊の楽曲とマッチングさせてみた

          ちょろいさん、たてしまさんと続いてきた、日向坂46メンバーを1組のアーティストの楽曲とマッチングさせてみるというマニアックで楽しげな企画。 乗ってみたいけど、僕自身、そこまで解像度高く見てきたアーティストも、あまりいないからなあと諦めかけていたときでした。日向坂46時間TVが無事完走されたその3日後、日向坂も出演していた「テレ東ミュージックフェス」という番組の序盤の1コーナーで尾崎豊の『15の夜』が紹介されていました。 若い皆さん、尾崎豊はご存知ですか?『I Love Y

        みとめる、はじめて。(2024年9月①)

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        • 2024年日向坂日記
          6本
        • 40代からの日向坂46
          21本

        記事

          『選抜制』に関する私案/試案/思案

          はじめに(踏切は普通)11thシングル『君はハニーデュー』から日向坂46に導入された選抜制。依然、絶好調と言っても過言ではない当該シングルの状況に関わらず、ハレーションを含んだ議論は終わることはなさそうです。それは、何も日向坂が「全員選抜」をやめて、「選抜制」に舵を切ったからではありません。乃木坂46も櫻坂46も、あまり詳しくはないですがAKB系列であっても、凡そ大所帯のグループアイドルであれば、いつ止むこともない永遠の課題だと思われます。 日向坂46の選抜制について書かれ

          『選抜制』に関する私案/試案/思案

          歪むので慣れてください(2024年5月①)

          自虐の意を込めて「おじさん」と自称するのが普通になってきているが、我ながら少し嫌になるくらい「実は、そうでもないでしょ?」なんて自惚れて考えていた。5年くらい前までは。同じような歳の面々で、俺たちアラフォーだね、なんて言ってる頃はまだ余裕があったのだ。もちろん、腹は出てくるし、白髪も目立ってきた。それでも意外と土俵際、いや生え際で粘りを見せる前髪に勇気づけられ、「仕事柄、意外と若く見られるんですよ」などと嘯いたりすることにも後ろめたさなんてなかった。 同年代のオードリーの2

          歪むので慣れてください(2024年5月①)

          アイドルに初めて祝花を贈ってみた 〜 日向坂46「5回目のひな誕祭」

          「5回目のひな誕祭」最高でしたね。齊藤京子さんの卒業コンサートを含めて、横浜スタジアム 3Days大成功といっていい結果だったと思います。僕は、きょんこの卒コンとひな誕祭初日の2日間を現地参戦し、ひな誕祭2日目は配信で少しだけ見ることができました。早速、ライブのレポを、と言いたいところですが、今回はタイトルのとおり、この「5回目のひな誕祭」に際して、自身初めての経験となった推しメンへの祝花についてのレポを記事にしてみたいと思います。結論から言うと、祝花を贈ることはめちゃくちゃ

          アイドルに初めて祝花を贈ってみた 〜 日向坂46「5回目のひな誕祭」

          29人いる! (2024年4月①)

          例えば、こんな設定で始まる小説があったとしよう。 桜咲く季節。引っ越し業者のトラックを見送った若者が、段ボールに囲まれた部屋で田舎の母親と電話をしている。言いつけを守って両隣に挨拶に出向いたが、両方とも不在だった。だから都会では引っ越しの挨拶なんていらないって言っただろう、そんな生意気なセリフで電話を切る。そういえば1日何も食べていないことに気づいたが、不案内な新しい街で外食するのも億劫なので、デリバリーのピザを頼むことにする。生まれて初めて田舎町を出てきた若者は、新しい生

          29人いる! (2024年4月①)

          紡ぐこと、織りなすこと (2024年3月②)

          東京メトロ日比谷線の六本木駅で降りて地上に出る。首都高の高架下道路と三本の道路が交わる交差点は、実際に訪れたことがない者でも、「よく見る」東京の風景かもしれない。今は、年に1回も訪れるかわからないこの場所だが、実は僕にとって、20年ほど前は毎日のように足を運んでいた懐かしい場所だ。 20代後半で最初に興した会社のオフィスは六本木だった。見栄だけで借りた猫の額ほどの雑居ビルの一室。灰皿の置いてある非常階段に出ると、ビルとビルの隙間から完成したばかりの六本木ヒルズが微かに視界に

          紡ぐこと、織りなすこと (2024年3月②)

          僕はnoteが書けない (2024年3月①)

          ここ数年、異常気象が異常じゃなくなって、2023年は果たして四季があったのかさえ自信がない。新年は禄にお屠蘇気分にもなれなかったし、今はとにかく花粉がすごい。人は大地震にも、花の雄しべが撒き散らす粉にも難儀するのだから、ただ、生きていくだけで息が切れる。 日向坂にも風が強く吹いている。追い風かと思えば向かい風、足元の砂埃を巻き上げて視界を邪魔してくるようなこともあるのだから、前を向いて足を運ぶことすらままならなくなる。 2024年、たった2ヶ月の間にいろいろなことがあった

          僕はnoteが書けない (2024年3月①)

          「呼び捨て」か「さん付け」か 〜日向坂メンバーからの呼ばれ方を考える

          「肉と魚どっちが好き?」 「肉に決まってるやろ!」 「お飲み物はコーヒーと紅茶・・」 「コーヒーで。」 「呼び捨てとさん付けどっちがいい?」 「呼び捨て!」 ・・・そのOne choiceは最終答えですか? 40過ぎは当然のことながら、30過ぎたあたりから、場合によっては魚のほうが美味しく食べられますよ? コーヒーしか飲まないのは僕も同じです。ただ、もう1日何杯もブラックコーヒーを飲んで、少し疲れも溜まってきた午後の休憩時間、少し気分を変えて飲む甘めのミルクティーは

          「呼び捨て」か「さん付け」か 〜日向坂メンバーからの呼ばれ方を考える

          2024年の抱負〜日向坂46オタクの2年目

          2024年、明けました。 日向坂46としての年越し、年明けはCDTVでの清水理央、衝撃のデビューで幕開けとなりました。いや、あれは本当にすごかった。日向坂46の、そして清水理央の未来は明るい。 さて、オタク1年目の2023年は出来すぎと言ってよいくらい充実した1年となりました。 それを受けて2年目どうするか?日向坂46の明るい未来が約束された2024年を2年目のオタクはどう過ごすのか。日向坂の明るい未来は約束されていますが、へにょへにょプレスの2年目にはなんの約束もありま

          2024年の抱負〜日向坂46オタクの2年目

          #21 【40代からの日向坂46】最終回:2023年のnoteを振り返りましょうや!

          僕がnoteを始めた理由前回の記事で、2023年の推し活全体を振り返ってみました。そこで書いた通り、我ながら本当に充実したオタク1年目となりましたが、その要因はやはりnoteを1年通して書き続けたことが大きいと考えています。推し活をnoteの記事という形でアウトプットし続けたことが、自然とその質を高めることに繋がったのかなと思います。 前回の記事でも触れた通り、Twitter改めXで交流のあった「おっちーさん」のスペースで少し、お話させていただいたのですが、僕は今年から日

          #21 【40代からの日向坂46】最終回:2023年のnoteを振り返りましょうや!

          #20 【40代からの日向坂46】2023年オタク1年生の通信簿

          2023年12月、年の瀬も押し迫ってきた今日この頃ですが、それは同時に、僕が日向坂46のファン、つまり「おひさま」になってからの最初の1年が終わろうとしていることを意味しています。おさらいですが、1年前の今頃は、僕はアイドル全般に全く興味もなく、当然日向坂46にも何ら特別な関心も寄せていませんでした。それが、年が明けて2023年になって間もなく、影山優佳さんをきっかけに急速に「おひさま」になり、日向坂46のオタクとしての新たな人生を歩むことになってしまったのです。 今回は、

          #20 【40代からの日向坂46】2023年オタク1年生の通信簿

          #19 【40代からの日向坂46】その馬の尾に魅せられて 〜「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」

          推しメンについて話したいと思います。 『4回目のひな誕祭』横浜スタジアムのウイング席から双眼鏡を覗き込んだとき、その瞬間に飛び込んできたのがポニーテールの「加藤史帆」でした。笑顔で歌い、踊り、煽り、本当に楽しそうで、双眼鏡から目を離したときに一瞬見失ったとしても、それ自体踊るように跳ねるポニーテールはすぐに見つけられました。度数の高い「箱推し」を名乗りながら、唯一「推しメン」と呼ぶ特別な存在でした。 その横浜スタジアムに集まったおひさまのわずか40分の1ほど、900人キャ

          #19 【40代からの日向坂46】その馬の尾に魅せられて 〜「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」

          #18 【40代からの日向坂46】舞台はあちこちポップコーンだらけだぜ

          舞台にあるもの大学時代、同じ学科の先輩に横浜の街でばったり会ったことがあって、バイトにでも行くのかなと思って聞いたら、少し気恥ずかしそうに「劇団の公演があって」と言われた。「そろそろ就活始めないといけないから、この公演が最後なんだよね」そう言って彼は足早に去っていった。その先輩の舞台を見ることはなかったけれど、そんな若者特有の刹那的なエネルギーの矛先になるような「文化的」な何かを欲していたあの頃の僕は、毎週のように通っていた渋谷のミニシアターでの映画鑑賞のほかに、小劇場での

          #18 【40代からの日向坂46】舞台はあちこちポップコーンだらけだぜ