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29人いる! (2024年4月①)

例えば、こんな設定で始まる小説があったとしよう。

桜咲く季節。引っ越し業者のトラックを見送った若者が、段ボールに囲まれた部屋で田舎の母親と電話をしている。言いつけを守って両隣に挨拶に出向いたが、両方とも不在だった。だから都会では引っ越しの挨拶なんていらないって言っただろう、そんな生意気なセリフで電話を切る。そういえば1日何も食べていないことに気づいたが、不案内な新しい街で外食するのも億劫なので、デリバリーのピザを頼むことにする。生まれて初めて田舎町を出てきた若者は、新しい生活への期待と不安で半々の胸を高鳴らせていた。

物語は、一見、無関係に思えたこの「8人」の登場人物が、ときにすれ違い、ときに絡み合いながら、やがて思いもしない一つの結末に向かって・・・などという粗筋が書かれている。僕は、この手の話が大好きである。いわゆる「群像劇」。ミステリであれ、青春小説であれ、純文学であっても、群像劇と聞くと食指が動く。吉田修一の『パレード』、恩田陸の『ドミノ』、伊坂幸太郎の『ラッシュライフ』『砂漠』、奥田英朗は『無理』『邪魔』『最悪』など群像劇の名手だ。

そうは言っても、ここのところ小説などなかなか読む時間が取れていない。御存知の通り、趣味の時間は大半が日向坂46のコンテンツに費やされている。11枚目シングル『君はハニーデュー』が先行配信されてからこちら、その盛り上がりはまさに「狂想曲」の様相だ。

先行配信に続いて公開されたMV、4期生曲のフォーメーション発表、そしてシングルから離れても、キャプテンのレギュラーラジオ決定、松田好花1st写真集、5回目のひな誕祭と齊藤京子卒業コンサートの前売り完売、まだ止まらない。齊藤京子の卒業曲(全員参加!)、岩手でのフェス参加決定、4期生・竹内希来里の地元広島ローカル番組開始などなど。

どうやら「失われた」と言っても過言ではないらしい2023年の活動しか、「推した」経験を持たない僕としては、初めて経験する「フィーバー」状態だ。もちろん、選抜制のもとの活況であることから、両手を上げてノれない人たちがいることも理解はしている。ただ、その前提さえも好材料とする、好材料にできる状態が「今」なのではないかとも感じている。

今の日向坂はまさに最高品質の群像劇の舞台と言える。立て続けに発表されるニュースは何も時系列に起きているわけでもない。松田好花がまさか去年の秋ごろにカナダで写真集を撮影していたなんて誰が想像しただろう。高本彩花は今何を想い、誰と何を語らっているのか。物語は極めて多層的、多重的な構造をもって進んでいる。それは、やがてリリース発表されるような仕事の形に留まるものでもない。今こうしている間にも、森本茉莉が、山口陽世が、石塚瑶季が、清水理央が、もちろん丹生明里、濱岸ひよりも、全員の名前を並べたくなるほどそれぞれが主人公となる物語を紡いでいて当たり前に思える。

『君はハニーデュー』のMVに話を戻す。センターを務める正源司陽子に向けられる賛辞の一つとしてよく使われる「主人公感」。もちろん、今作でも遺憾なく発揮されているように感じるのだが、今回一つ新たに思い至ったことがある。それは、彼女の「主人公感」がまさに「群像劇」のそれであるということだ。日向坂46の主人公、それはやはり小坂菜緒が一番に挙げられるであろうし、例えば、佐々木美玲、齊藤京子なども務めてきたと言えよう。それらとは大きく異なって感じられるのが正源司陽子の「主人公感」だ。決して他を圧倒するイメージではなく、まさにパーティーの中心として仲間とともに光り輝ける存在。ただし、パーティーにはみんな好き勝手に思うままに集い、なんなら主人公自らが引っ掻き回しにかかる。

語弊を恐れずに言えば、もちろんいい意味で「正源司陽子の時代」は来ないのではないか。しかし、正源司陽子とともに「日向坂46の時代」は訪れる。極上の群像劇は全員主人公の物語だ。広い意味での「日向坂46」を大いに信じたいと思える2024年の春だ。

ところで、冒頭の小説の設定。「8人」の背景を考えてみる。引越し業者のトラック運転手は非合法の借金取りに追われる日々を過ごしている。若者の母親は息子の電話に出る直前、不倫相手との逢瀬の真っ最中だった。右隣の部屋には昼夜逆転した生活を送るデリヘル嬢が眠っている。左の部屋の主は実は1ヶ月前に失踪しており行方不明。これからピザを配達してくるアルバイト店員は俳優を目指す劇団員だが、夢破れる寸前だ。ここに上京したての若者を入れてもまだ7人。あとの一人はどうぞご自由に。

なかなか悪くない物語になりそうな気もするが、やはりこれからの彼女たちの物語には及ばないだろう。まずは、卒業コンサートとひな誕祭の横浜スタジアム3DAYS、そしてその後も続く11枚目シングル期間、本当に心の底からわくわくする。僕はとても楽しみだ。


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