天敵彼女 (35)
「はぁ、リーアムさん最高だよ」
八木崎のおばさん改め縁さんの食事の後、俺は片付けを済ませると、リビングのテレビで某動画配信サイトを見ていた。
このチャンネルは、以前から俺にとっての癒しのようなものだ。
カナダの雄大な自然。木々に囲まれたログハウスで、オフグリッド生活を送るおじさんの丁寧な生活。
もう何か色々優勝だった。
ちなみに、オフグリッドというのは電気や水道などの公共インフラに頼らない生活を送る事らしい。
俺も、いつかリーアムさんみたいに、人里離れた場所で自給自足生活を送ってみたい。
天敵がいない場所で、誰にも煩わされない静かな暮らし。俺は、そこで愛犬と一緒にゆっくり歳を重ねていくんだ。
その為にも、今頑張らなければ。奏が幸せになった所を見届けてからじゃないと、安心してオフグれないし。
そんな事を考えていると、リーアムさんが木材をガスバーナーであぶり始めた。
「おお、YAKISUGIキターーーーーーーッ!!!!」
俺は、一人で盛り上がっていた。
もう父さんも寝たようだし、奏達も自分の家に帰って行った。
つまりここは俺だけの世界。何をどうしようが自由な、俺の時間がやって来た。
宴じゃああああああああ……とても他人には見せられない異様なテンションの俺に、後ろから誰かが話しかけてきた。
「ねぇ、ヤキスギって何?」
「ヒェッ?」
思わず変な声が出てしまった。振り返ると、後ろに奏がいた。
「ど、どうしたの?」
「部屋の電気がなかなかつかないから、まだ何かやってるのかなって」
「そ、そう。ごめんね。もうやることは終わってるから大丈夫だよ。わざわざ手伝いに来てくれたの?」
「そうだよ。そうしたら、峻が何か見てて、ヤキスギ来たって叫んでたから、どうしたのかなって思って」
俺は、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
なるべく平静を装ったつもりだったが、当然奏にはまるっとバレていた。
「動画の邪魔してごめんね。ちょっと驚かせちゃったね」
申し訳なさそうな奏。何となく俺の羞恥レベルを察しているんだろう。
やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。
これ以上、奏に気を遣わせると余計にみじめになる気がした俺は、それから必死で大丈夫ですアピールをした。
「いいよいいよ。気にしないで、動画は見た所まで戻せばいいだけだし、俺なら全然大丈夫だから」
「何だか顔色が悪いよ? 大丈夫?」
「そそそ、そんなの気にしないでよ。俺、何とも思ってないし」
「そうなの? 汗すごいよ」
「こここ、これはちょっと暑かっただけだし」
「この季節に?」
「うーん、俺気分はカナダだから、日本が暑くてたまらないんだよ」
無茶苦茶苦しい言い訳なのは自分でも分かっていたが、今更やめられなかった。もう奏の顔を見れなくなっていた。
その間にも動画の再生は進んでいき、リーアムさんがあぶった木材はすっかり真っ黒になっていた。
「……これ、何だか面白そうだね。一緒に見ていい?」
奏は、優しく微笑むと、俺の隣に座りテレビを指差した。
「どうしてわざわざ木を燃やすの?」
「木、燃やす? ああ、焼杉の事だよね?」
「うん、何だかすごく嬉しそうだったよね? ヤキスギってそんなにすごい事なの?」
「いや、別に特別な何かがある訳じゃないんだけど、俺が個人的に気に入ってて……これは、西日本の伝統的な木材の防腐処理で、木材の表面を焦がす
ことで炭化させ、腐りにくくするものなんだ」
「そうなんだ。でも、この人外国人でしょ? どうして、日本の伝統技法なの?」
「それが不思議なんだけど、カナダで何故か日本の技法が流行ってるみたいで」
「へぇ、何だか不思議だね」
「うん、それで見るようになったんだよ」
それから俺は奏と一緒にリーアムさんの動画を見た。
動画自体はニ十分ほどだったが、何故かいつもより時間が早く進む感じがした。
「ごめんね。退屈だったでしょう?」
「そんなことないよ。こういう動画も何だかいいね。景色とか見てるだけでも何だか癒されるし……私も良いと思うよ。また一緒に見ようね。ところで、峻ってこれ何言ってるか分かるの?」
「えっ? 何となくだけどね」
「へぇ、すごいね。英語得意なんだ?」
何故か、奏が妙に食いついてきている気がした。
誤解のないように言っておくと、俺は別に英語は得意じゃない。学校の成績も取り立てていい訳でもなく、英会話が出来る訳でもない。
ただ単に、ここ数年外国のDIY動画を見まくっている内に、耳が慣れて
しまっただけだ。
その辺をどう説明したものかと考えている間も、奏が俺をキラキラした目で見ていた。
「別に、俺英語出来ないよ? ただ、動画で耳が慣れて聞き取れるようになってるだけだし」
「ふーん、でもすごいじゃん」
「そう?」
「すごいよ。今度、一緒に勉強しようね」
この頃、奏は何でも俺と一緒にやりたがる。勉強に関して教えられる事なんてないはずなんだが……俺は、少し話をそらした。
「それはそうと、奏ってどんな動画見るの? 今度奏のおすすめも教えてよ」
「いいよ。教えてあげる。だから、峻も勉強よろしくね」
「う、うん、分かったよ」
結局、奏の大勝利だった。
俺は、こんなに良く気が付く子と将来一緒になる人は大変だろうなと思った。
それから俺達は少しだけ話をした。特に内容も思い出せないようなたわいもない話だ。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
「うん、おやすみ」
結局、俺達はリビングで別れ、それぞれの部屋に向かった。
リビングドアを開け、俺は左手の階段に、奏は廊下の先にある出入り口に向かって歩いた。
いつの間にこんなに距離が近くなったんだろう……俺は、何だか不思議な気分で階段を上った。
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