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エントロピーと生命

米谷民明著『現代物理科学の論理と方法』に基づいて、エントロピーについて学びます。

エントロピーは、熱力学で要の役割を果たす概念であるが、ミクロからマクロに渡って普遍的役割を果たす概念の代表と言われている。

熱力学の第二法則は、二つの部分からなる。

  1. エントロピーSが、系の熱平衡状態を特徴づける「状態量」として存在し、無限小過程(準静的過程)でその変化量dSは、系への外部からの熱の流入量dQおよび絶対温度TによりdS=d'Q/Tで与えられる。

  2. 熱的に孤立した系(外部との熱のやり取りが無いような系)で、実際に起こる過程では、エントロピーは常に増大する。

確率と統計の立場からは、エントロピーは、ボルツマンの原理により、次式で表現される。


状態量Wは系の一つのマクロ状態に対応する微視的な状態の個数である。ボルツマンの原理は、実際に実現するマクロの熱力学的状態が、実は主にマクロ状態に対応するミクロ状態がどれだけあるかによって定まることを示している。

これは、一つ一つの分子の行動は厳密にわからなくても、それが集団として一定の大きさをもてば、マクロな状態を全体的にとらえることができるはずだ、という考え方です。

エントロピーをごく簡単に言えば「乱雑さ」を表す概念となる。

たとえば、ブラックコーヒーが入っているカップにミルクを垂らしたとき、最初は、一か所にしたたり落ち、そのあと、うねうねとした模様を描きながら、次第にカップ全体に広がって、コーヒーと混ざっていきます。このとき、最初にミルクを垂らしたときのカップは「秩序が高い状態」で、そのあとミルクが混ざってぐちゃぐちゃになってきたカップは「秩序が低い状態」と言える。

エントロピーとは乱雑ぐあいを表す指標なので、秩序が高い状態はエントロピーが低く、秩序が低い状態は、エントロピーが高いということになります。つまり、ミルクを混ぜる前後で、カップの中のエントロピーは増大したとなる。これが、熱力学では「エントロピー増大の法則」と言われている。

エントロピー増大法則はコップのように熱的に閉じた系で適用される法則であり、地球のように開放系では成立しない。

地球が外部から受取るエネルギーは、主に昼の明るい太陽光線、つまり比較的高い振動数を持つ光子からなっている。一方、地球夜部の暗さからわかるように、地球が放出する光子の振動数は低い。

つまり、太陽から比較的にエントロピーが小さな形でエネルギーを受取り、エントロピーが大きいエネルギーに変換して宇宙空間に放出しているのが地球である。

この小さいエントロピーのエネルギー(言い換えると比較的大きな自由エネルギー)活用によって地球で様々な活動、変動が起こっている。生命もそれぞれ生きて活動している間は、エントロピーの収支としては、エントロピーを外部に放出している。

人間は、周りの植物や動物が生命活動によって作り出した低いエントロピーの大きなエネルギーを蓄えた物質を食物として摂取し、より大きなエントロピーを持つ形のエネルギーとして環境に排泄することにより、様々な生産活動を維持することができている。生命の驚異は、そのような機構が可能になったことだ。

人間のこうしたエントロピーの出し入れが終わるのは、死を迎えたときです。生命活動が停止し、物質と同じ状態に戻ることで、身体は朽ちて、エントロピー増大という「時間の矢」にしたがうようになる。「生きる」とは「時間の矢」の流れに抗いつづける行為ともいえるのです。

少なくとも地球上の生命を見る限り、すべてDNAとタンパク質という二種類の高分子から構成されている。基本的にDNAが設計図的な役割を果たし、タンパク質を20種類のアミノ酸から作るときの配列を決める。

しかし、アミノ酸の配列可能性は途方もなく大きな数だ。このような生命の特徴は単に地球上で起こった偶然によって生じたものなのか、それとも実は背後に普遍的な原理があるのかという問題である。

こうした基本問題に関しては様々な立場から長年に渡ってアプローチがされているし、多くの興味深い考え方が提案されている。今後に期待しよう。

『現代物理科学の論理と方法』P277~P278

さらに、熱力学の概念だったエントロピーが、情報というまったく関係なさそうなものとつながっていることがわかった、と高水祐一氏は述べている。

日本の島谷部祥一、沙川貴大らの物理学者が、世界で初めて「マクスウェルの悪魔」を完璧に再現した装置をつくることに成功し、それをつかって実験したところ、「温度Tの環境下で1ビットに情報を消去するためには、最低でもkTlog2の仕事が必要である」ということが示されたのです!ちなみにこのkはボルツマン定数です。

高水裕一. 時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて (ブルーバックス) (Kindle の位置No.1196). 講談社.
Kindle 版.

つまり、情報の消去という仕事をするときにエネルギーがつかわれるので、エントロピーが増大するというのです。

ただし、米谷氏は「情報エントロピーと熱力学エントロピーは、概念的には異なることに注意。しかし、実際に情報を物理的に蓄えるには結局物質を用いなければならないから、両者は関係しえないというわけではない。この問題は、現在でも論争の種になっている」と述べている。



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