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僕がサッカーを仕事にするまでの話

--2022年10月21日

工藤壮人が旅立ってから一年が経った。
まだ……なのか、もう……なのか、正しい表現は分からない。
正直、僕は未だに立ち直ることができていない。
今でも時折、思い出しては涙が流れてしまう。
時間の経過では決して癒えることのない悲しみがあることを僕は知った。

それでも、間違いなく言えることがある。
工藤の旅立ちは僕の人生を変えた。

今この瞬間を全力で生きていかなればならない。
人生には過去も未来も存在しない。「あの頃」ではなく「今」であり、「いつか」ではなく「今」である。
どんなに悲しくとも、前に進み続けることだけが、遺されたものにできることだ。
どんなことが起きようとも、僕たちは強くなくてはならない。
「いつか」ではなく、「今」なのだ。

最期にそんなことを教えてもらった気がした。

工藤が旅立ってから、僕は、「いつか」と先延ばしにしていた「サッカー」に関する仕事に就いた。
具体的な業務内容は伏せるが、リーグやクラブ、メディアと接する日々を過ごしている。
緊張感は絶えず張り詰める毎日ではあるけど、それでも非常に刺激的な日々だ。

最終面接で問われた。
なぜ金融業界から、この業界へ?
好きなものを嫌いになるかもしれないよ?
しかし、僕は工藤の話をして、そして、こう答えた。

--「いつか」ではなく、「今」なんです

この命は限りあるから。

ここは工藤が全力で生きた世界であり、そして僕自身が大好きな場所だから。
僕が工藤から……レイソルから……サッカーから貰ったものを、少しでもこの場所の発展に還元できれば嬉しい。
……いいや、そんな高尚なものじゃない。

単純に、自分が好きなものを仕事にしたいだけだ。
未来のことは分からないけれど、少なくとも今はそう思う。

ありがとう工藤。
俺は今、夢だったサッカーを仕事にしているよ。

* * *

これは僕がサッカーを仕事にするまでの個人的な話。

少しだけ自分語りをしようと思う。

* * *

高校生の頃から漠然と考えていたことがある。
ちょうど工藤が福岡を相手に日立台で初ゴールを決めた頃だったと思う。

「いつか」「サッカー」を仕事にしたい。

部活帰りに、チームメイトとそんな話をした記憶がある。
初めて「仕事」というものを意識した瞬間だったかもしれない。

ただ、その「いつか」はいつなのか。
5年後なのか、10年後なのか。

「サッカー」を仕事にするとは言ってもどの領域なのか。
例えば少年サッカーのコーチなのか。
例えばJリーグクラブの広報なのか。

振り返ってみると信じられないほど低い解像度だが、高校生ならこんなものだろう。

その後、大学へと進学する僕は当然のようにサポーター活動に打ち込むことになる。
大学一年は2012年だった。
初めてのリーグ優勝、そしてACL、毎年のタイトル争い。
新たな時代を築くレイソルに心が奪われない訳がない。
人生のモラトリアムを、青春を、文字通りレイソルに捧げた。
そして、その中心に、工藤がいた。
2013年の9番レプリカはマーキングが擦り切れるほど、袖を通して、全国をともに旅をした。

しかし、レイソルに青春を捧げた僕も、結局サッカー関連の仕事には就かなかった。
就職活動では、そもそもスポーツ関連の企業にエントリーさえしなかった。
根性も……覚悟も何もかもが定まっていなかったと思う。

僕は、新卒で銀行員になった。
サポーターを続けるつもりだったから、土日祝日が休みで全国転勤のない地域金融機関を選んだ。
毎年リーグから公開されるクラブ個別の財務諸表をもっと読めるようになりたいという思いはあったけれど、それも後付けの理由に過ぎない。

とにかく、サッカーを観に行ければそれでいいと思っていた。

会社で上の立場にいた方が休みが取りやすい(遠征に行きやすい)ことに気が付いた僕は、死に物狂いで仕事に励んだ。
それこそ、サッカーよりも仕事を優先する瞬間もあった。
長期的な時間軸で考えた際の投資なのだと。
「いつか」自由気ままなサポーターライフが手に入るのだと。

そして、入行から数年が経った2022年夏。
僕は行内の史上最速最年少記録を塗り替える形で役席者に昇格した。
10年以内に役席者になることを目指して、目の前のことに全力だった結果だった。それ自体にはとても大きな充実感を覚えた。
しかし、同時にもうやり尽くしてしまった感もあった。
次の目標を定めることができなかった。

あれ、何のために出世したかったんだっけ……

僕は働く意味を見いだせなくなった。
潮時だと思った僕は転職活動を始める。

--「いつか」「サッカー」を仕事にしたい

この時点では、「サッカーを仕事にする」ということは、「いつか」に過ぎなかった。
結局、big4と呼ばれる大手監査法人に内定を貰う。営業車両の中でエージェントから内定の連絡を受けた僕は安堵した。
安定、安泰、堅実。
多少業務は忙しくなるだろうが、財務会計の道を極めていく人生も決して悪くはないな、と飲み込んだ。
嗚呼、また自由気ままなサポーターライフに一歩近づいた。
10月1日。乾いた秋風が吹いたのを覚えている。

10月16日
達磨さんが天皇杯を獲った。
2015年が頭を過ぎる。柏で観たかった景色。
あの頃の選手たちは元気だろうかと思いを馳せる。

10月18日
宮崎から工藤の体調について報じるリリース。
まさか……と一笑に付す。年末にはまた帰柏して、キタジや大谷とサッカー談義をしているだろうと。
指導者になって柏で監督なんて未来もあるのかなと少しわくわくした。

10月19日。
達磨さんの試合後のインタビュー。
「遠くの空に」はあまりにも縁起が悪いでしょと突っ込んだ。

そして、10月21日。
訃報が飛び込んでくる
冗談だと思った。
信じられなかった。
退職に向けた引継作業をしていて、遅くなった帰路のことだった。目眩がして、電車内で座り込んでしまうほど動揺した。

一夜明ける。
関わりのあった選手たちからのコメントやレイソル公式のツイートで、いよいよ現実なのだと頭が理解を始める。
そんなことがあるのか。

翌週。
福岡で工藤のチャント。
思いが詰まって一言も声が出なかった。

あまりの現実にただただ途方に暮れた。
数日間はしきりに涙が流れ、仕事も手に付かなかった。
退職を目前に急速にパフォーマンスが悪化し、同僚たちから「辞めるから手抜きか」と白い目で見られたことを思い出す。


有給消化期間に入り、時間ができた僕は人生について考えるようになる。

もしも明日人生が終わるとしたら?
未来のために生きてきた20代だけど、本当にこれでいいのだろうか?

少し塞ぎがちになり、休暇期間中は浴びるように酒を飲んだ。

けれど、ちょうどその頃、W杯が始まった。
酔った頭で画面を眺めながら、やっぱりサッカーはいいなぁ……と思った。
少し救われた気がした。

「いつか」なんて本当にくるのか?
「今」やるべきじゃないのか?

茫漠とそんなことを思った。
それから僕は、自分が好きなことやこれまでの思いを注いできたものについて、紙に書き出してみた。
好きなものはたくさんある。
アニメ、漫画、小説、音楽、走ること、お酒、仲間、家族。

僕はこれまでの人生で、意識的に多くのコンテンツに触れるようにしてきた。
両親の教育方針でもあったけれど、しかし、それは次第にレイソルやサッカーを上回るものを探す旅でもあった。
レイソルしか知らない人が言うレイソルの魅力に説得力はないと思ったからだ。

やっぱりサッカーだった。
幼い頃から当たり前にそこにあるもので、僕の人生にとって欠かすことのできないもの。

ついこの前、転職したばかりだったけれど、
「今だよなあ……」
余りにも突然だった工藤を思いながら、僕はそんなことを考えた。
もしかたしら、「いつか」なんて来ないかもしれないのだから。

そして、決心する。
転職から1か月も経っていなかったけれど、サッカーに携わる仕事をしようと。

これは実際に仕事に就いてからも痛感することだが、サッカーに関する仕事は本当にたくさん存在する。
どれほどのたくさんの人間が、日々サッカーに関わっているのか。
当たり前に行われる日々の試合。それがJリーグの公式戦であろうと、アマチュアの試合であろうと関係なく、その開催にどれほどの思いが詰まっているのかを知る。

そうしているうちに、まるで運命に導かれるようにこれまでの職歴を活かすことのできる仕事と出会う。
ためらわずに応募した。
求人を見つけた2時間後にはエントリーを終えていた。

面接では前回の転職から時間が経っていないことについて掘り下げられた。当然だ。面接時点では半年も経っていなかったのだから。

僕は正直に答えた。
工藤の旅立ちが僕の人生を変えたこと。
未来があるかどうかなんて分からないのだから、今やるしかないのだということ。
全力で未来のために生きてきた20代で培ったものを、今この瞬間にサッカーのために使いたいのだということ。

そして縁あって採用いただき、現在に至る。
サッカーだけを取り扱う会社ではないのだけど、僕の思いを汲み取ってくれた会社がサッカーの領域を任せてくれた。
とても感謝している。
その期待には応えたい。
誰かのために生きる人生にするつもりはないけれど、せめて与えてもらったものは還元したいと思う。

それは工藤に対しても同じだ。
工藤のゴールに、生き方に魅せられて僕はサッカーにのめり込んだ。
工藤のゴールがレイソルを救い、歴史を築いた。

僕自身の今のキャリアがあるのも、仲間と出会うことができたのも、そして、今でもレイソルが、サッカーが好きでいられるのも、元をたどれば工藤壮人という存在があったからだ。
たくさんのものを受け取った。
僕はあなたのおかげ、今日もサッカーを好きでいられる。
そして、サッカーのために限りある時間を注ぐことが出来ている。
本当にありがとう。
未来のことは分からないけれど、
少なくとも今日の僕は、サッカーのために生きていく。
叶うならこの命が尽きるまでそうありたい。

* * *

少し長くなった。
今日は、工藤の一周忌だ。
気持ちの整理とこの瞬間に思っていたこと記しておく。
気持ちは移ろうものだけど、確かにここにあった感情を忘れないために。
今日という日を、今という瞬間を、大切に生きられるように。
工藤壮人というストライカーがいたことを忘れないために。

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