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アメリカの美術教育ーコミュニティカレッジ編


入学までのお話

気づけばアメリカに移住して半年が立ってしまいました。コロナ騒ぎと同時並行で始まった生活のため、あれから時が止まったような感じがしてましたが、着実に進んでますね…始めの3ヶ月くらいをあつまれどうぶつの森に費やしすぎました(大いに楽しかったです)。

私はアメリカの高校を卒業後、日本に戻り美大へ行き、その後とある美術業界にて事務職をしておりました。不器用でこだわりの強い性格のため、どんなに大変でも気力と体力のある20代のうちは好きな業界に打ち込むと決めていました。正社員で、一応区内にギリギリ暮らせる程度の賃金があり、社保障も割としっかりしたところという、日本の美術業界では極めて珍しくありがたいところでした(色々アレな部分もありましたが)。しかしながらこの業界は他業種に比べてかなり特殊で、基本的にまず空きが無い上に、待遇が悪かったり男尊女卑が強く残るところがあったり、アレなことが多いため(日本の司書などの文化職についても、こういう状況が多すぎますよね…)、30頃には状況をみてキャリアチェンジできるようにしておこう、と心に決めていました。長く付き合っていた元彼と20後半に入る頃に別れたこともあり、結婚ももうないだろうと仮定していました。それがなぜか急に過去からの伏線みたいに高校時代のクラスメイトと再会して結婚する展開になり、色々話し合ってとりあえず初めは私がアメリカに移住することに決めました。なんだかんだ、このまま順調にいければ前職を続けてもいいし、もし美術業界で別の良い口があったら挑戦しても…と諦め悪く考えていた部分があったので、このような形でキャリアの強制リセットが起こるとは思いもよらないことでした。

移住先がニューヨークとかだったら、もう間違いなく、まずはインターンでもいいからギャラリーやオークションハウスで働きたい!!って感じでしたが、残念ながらここはただの工業都市…。とはいえ私が10年以上前に住んでいた頃より街は成長したようで、ダウンタウンはかなり活気に満ちた様子になり、新しい商店に野球スタジアム、マンション・ホテルなどが建設され、以前はゲトーなエリア(良い表現でなくてすみません)だったダウンタウンのサブエリアで、アーティストスタジオやギャラリーを誘致してアートタウン化する再開発なども進行中で、かなりよくなっている感じです(この状況もあって移住してもいいなと思えた)。ただ、まだまだ都市部のそれには遠く及ばないので、この界隈での就職チャンスを永遠に待ちぼうけするよりは、新しく何か始めてしまおうと思いました。とはいえ当時はロックダウンなどで就活できるような状況でもなかったので、近くのコミュニティカレッジを調べて、興味のあったウェブデザインの資格取得コースに通うことに決めました。こっちの資格さえあれば、コロナが落ち着いた後の世界で働きやすくなるかな…というゆるい目論見。


実際に授業を受けてみて

アメリカの非常識な事務方と永遠に思えるすったもんだを繰り返しながら、なんとか初夏までに受験や入学準備を済ませました。夏の間も簡単な1月程度のオンラインクラスはありましたが、ようやく8月末から授業が本格的に始まることに。コロナのせいで12月までの秋学期はオンライン授業となってしまいましたが、思っていたより大分忙しくなりました。写真クラスと、CGクラス、アートビジネスクラスという3つしか取っていないのですが、毎週提出しなくてはならない課題が大小合わせてとても多い。そういえばアメリカの高校、学校にいる時間は日本より圧倒的に短いのに、宿題はかなり多かったことを思い出しました。日本の美大でも主要なクラスの課題はたくさんあったはずだったけど、あまり大変だったことを覚えていません。授業内で大枠を作ったあと、仕上げを友達と一緒に制作したりしていたからなのか…あの時はそんな風に思っていなかったけど、振り返ると青春っぽい。

もちろん今回はオンラインのために、より多く課題提出することが出席の代わりとして扱われてるのもあるとは思います。ただ、資格コースだし実技制作だけでいけるだろうと思っていたのが、めちゃくちゃエッセイやら企画書やら文章作成させられており、予想外の英語の壁に打ちのめされてしまいました。私は、喋っている時は色々ごまかせるので、会う人には「流暢だね〜」と優しく労ってもらえるためこの程度の現状で満足していました。内容と構成とかは悪くない自負はあるのですが、書くとなるとごまかしが効かず、ネイティブにとって圧倒的に不自然な文章を作ってしまっているようです。長めの文章を書いては、度々夫に見てもらうのですが、いつも「言いたいことはわかる。でも何かおかしい、自然じゃない。あ、ここtheがない。ここもthe、ここは不自然すぎるから直すわ。」と、かなり文法に修正を入れられて凹みます。Theの概念、説明されて理解しても、日本語に存在しないから一々入れる肌感覚が一向に身につかないんですよね…むしろ日本人性格が発動して、「the言い過ぎでは?そんなに強調する必要ある?控えめにしない?」みたいなモードになってしまいます。もっと英語で読書をするべきなんですよね…。まぁ、就職前に技術だけでなくきちんとネイティブと渡り合える英語を学ぶ機会をもらえたと思えばありがたいです。無料の作文指導オンラインチューターなども使えて、本当にお得。

私が美大で所属していた学科と、この専門教育を比べるのも変ですが、この3クラスだけでどんな違いを感じるかだけ記録しておきたいと思います。まずCGクラスは専門学校っぽい授業で、ひたすら教科書の通りにAdobe操作に慣れつつデジタル制作課題を提出するといったもの。美大では座学的(実技ではなく、学芸員やマネジメント系統)学科だったのですが、大学だけあり学科を超えてそれなりに様々な実技を履修させてもらえました。ただし、Adobeを使わなくてはいけない同様の授業で、操作について授業があったのはほんの数時間くらい。教科書も特に買わされない、まずもってAdobeが家になければ大学のパソコンを使って制作しなければなりませんでした。当時の私は学割で買いましたが、こちらアメリカでは学生に無料配布してくれます(今はサブスク制になったので卒業したら月額払わなくてはならないですが)。そこは学費安いのにかなりありがたいなと思います。もしかしたらもう今は美大もこのようなシステムになってるかもしれませんね。美大では、機会と設備を与えるから、後は個人の自主性に任せる、というスタイルの教育が多かった気がします。そして講評でかなり抽象的・感覚的な意見を言われて(デザインの先生とかは建設的・具体的な意見もしてたので全員ではないです、ご愛敬…)課題を終え、また次の課題…という感じ。放任に近い印象。たとえば同様のグラフィックデザイン授業1つとっただけで、課題を通してある程度できるようになった人、あまり技術的に挑戦しなかったり友達に頼ってしまい大してできるようにならなかった人、また課題関係なく個人活動で設備を使いまくってはちゃめちゃに成長する人と、結果に大変ばらつきがありました。個人的には奇天烈な教授と学生たちとに囲まれての勉強はとても楽しかったですが、全てにおいてフワッとした授業が多く、卒制や就活なんかも全てが個人任せという感じなので、自分がぼーっとしたタイプだという人には、あまりおすすめしない教育機関。

さて、写真クラスに関してですが、この授業は先生がまだ30半ばくらいと若く、たぶんゆっくりと大学、大学院を卒業してフォトグラファーとして活動している最中なのか、他のクラスに比べると不慣れな印象。オンラインなのに出席を強要したり、まだこういう2年制カレッジの効率重視なやり方に慣れていない様子。たぶん、彼女の受けてきたアメリカの4年制大学や大学院での美術教育を踏まえた授業構成だからなのでしょうが、それがかなり日本の美大を思わせるゆるふわ感を持っていて、懐かしくなります。感想を課題として書かせるために見せる映画が結構マニアックだったり、写真撮影以外に「光の見える部屋に日没の頃座って、消えゆく光を観察して感想を書け」とか、抽象的な課題が微笑ましい。ただし、授業内で教えられる撮影の基本だったり、良いとされる構図とかが、一々全てが細かく言語化されているところが、やはりアメリカだなと思いました。日本だったらまずそこについての認識の周知なく、描かされたり撮らされたりした後、講評で「構図がおかしい」とか言われて終わりそうなので…。

最後、アートビジネスクラスですが、これが結構衝撃でした。資格コースなので実技クラスだけかなと思っていたし、一応概要ですがアートマーケットとかシステムについては学んで、またそういう業界にいたので、正直やらなくていいだろうと思っていました。実際に始まってみて分かったのが、この授業はアーティスト・デザイナーの立場で自分の身を立てていくためのビジネス概論クラスでした。まずは著作権について、思わず侵害しないための基本知識、侵害から守るための著作権申請方法、権利の寿命やこれを巡る裁判事例…。次に履歴書やカバーレターの書き方、今後雇われるかフリーランスでやるかは別に、まず自分を売り込む際の基礎とアプライする場所に応じた売り込み方…。そして契約書の作成方法、どんな小さな仕事の受注でも、必ず取りこぼしなく契約書を作りお互いに了承して進めること…。自らまたは自分のビジネス、もしくはデザイン依頼をもらう会社へのブランディングの手法…。活動していく上での資金計画やマーケティング戦略について…。ビジュアル戦略について…。そしてビジネスをする上でのコンセプト、ステイトメント作成、基礎倫理と社会貢献について…。びっくりするほど美術・デザインに関わって生きていく上で必要なこと全てが、無駄なく詰まった授業。正直これがこの価格で受けられる授業というのは信じられないです。また、日本の美大でも絶対取り入れた方が良い授業です。日本はお金とアートの関係性を直視しない風潮があり、特にファインアート分野では教授もアートだけで生きれるような人はほぼおらず、それに応じて学生も経済的自立などについての意識が甘いまま卒業することになります。4年間施設使い放題、様々な教養つけ放題なのはいいけれど、このくらい覚悟を決めた授業を一つ必修とするくらいしないと、今後より厳しくなってくる社会では成り立たないのではないかと思います。授業そのまんま翻訳して日本の美大に持って行ってあげたいくらいの気持ちになりました。

授業が始まる前は正直、コミュニティカレッジが片手間で解説してる学科だろうと舐めてかかっていました。Adobeの基本操作はできるしチャチャっと新しい技術習得だけして単位取得して資格とれたらありがたいなぁと。実際は、思ったより全然大変で、またずっと刺激的で面白いです。移住がこんな勉強一色な生活から始まるとは思いも寄らなかったけれど、しっかりと完遂して、こちらでの就職を目指して邁進していきたいと思います。


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