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Every dog has his day.③

 第3話、
 緊急課題は再就職だ。社が次の職を紹介しない以上、自力で探さなければならない。9月末退社後、理想的には空白期間を置かず10月から働きたい。
 幸い年次有給休暇は2年分40日が残っている。週休2日の公休、夏季休暇などを合わせると、7月から退社までのおよそ3か月間、仕事探しに充てられる計算だ。それでも適職が見つからなければ、雇用保険を受給しながらハローワーク通いとなる。家族を安心させるためにも、一日も早く次の職を決めたい。
 年休申請すると、編集幹部の矢菅に本社に呼び出され、予想外の反応に江上は開いた口がふさがらなかった。
「管理職なんだから、業務のことも考えてもらわないと。支社も手薄になってしまうからね」
 休むな、とは言わないまでも、幹部は年休消化に難色を示した。部下の後藤田には申し訳ないとは思うが、江上は人生の岐路に立っている。一刻の猶予もない。しかも、リストラを強いているのは会社じゃないか。彼は腸が煮えくり返った。
「再就職先を斡旋してもらえない以上、仕事探しのために休ませてもらいます。私にも家族がいますから」
 江上は高ぶる気持ちを抑え、幹部室の席を立った。
 冷酷、無慈悲、厚顔無知な会社の姿勢を体感し、28年余務めた社への愛着、未練はきれいさっぱりなくなった。
(早く第2の人生を切り開かなくては)
 早期退社の噂はすぐ関係者の耳に伝わるし、7月から休みに入ると事実上、出社日は1か月を切っている。早速、江上は関係各所に退職のあいさつ回りを始めた。
 市役所2階の市秘書課に足を向けた。日々の取材活動で毎日、欠かさず顔を出し、担当職員と情報収取のための雑談に興じている。
「何、言ってるの江上さん。いきなり会社を辞めるなんて。それどういうこと」
 江上が市長との面会を求め事情を話すと、係長の磯上は慌てて奥の市長室に走りこんだ。直ぐに市長の末永が顔を見せ、入室するよう手で促した。
「辞めるんだって。どうしたの、何か悪いことでもやらかして、新聞社にいられなくなったの」
 末永は冗談交じりに苦笑いを見せ、応接用のソファに座るよう促した。
「あくまで一身上の都合で9月末で退社することにしました。在職中は大変お世話になりました」
 新聞業界、会社の取り巻く状況、ましてや個人的な事情を詳しく話しても仕方ない。60歳定年まで8年とカウントダウンする中、第2の人生を踏み出す絶好の機会として早期退職する考えを伝えた。
「それにしても年度途中なんて珍しいんじゃないの」
「あくまで会社の都合ですよ。先月、早期退職の希望者を募って、退社期日が9月末ということで」
「随分、急な話じゃない。江上さんがいなくなると、寂しいな。それで、今後はどうするの、次の仕事は決まっているの」
「いえ、全然、何も決まってなくて。これから仕事探しです」
「お子さんもいたよなあ、まだまだ大変だ」
「御心配頂いて恐縮です。まだしばらく栃木市内には残った仕事でいますから。本当にいろいろ有難うございました」
 江上が再度、頭を下げると、
「まあ、もう少しいいじゃないか」
 末永は立ち上がり、重厚な市長専用デスク上のファイルを持ってきた。
「この間のこの記事さ、歌麿の特集記事は良かったなあ。私の談話も入れてもらって。ロマンがあるし、なにより市のPRになるよ」
 市長がファイルから出した記事のコピーは部下の後藤田と仕上げた特集記事だった。2年前、市内の民家で歌麿の肉筆画「女達磨図」が発見されて以来、郷土史家らの研究会設立など市民の関心が高まるのを受け、これまでの調査の経緯や、同市関連で行方不明の歌麿作品などを紹介した。後藤田の綿密な取材に加え、江上にとって最後の記事でもあり、その思いが伝わったのかもしれない。
「そうなんだよ、歌麿なんだよな……」
 末永は右手で頭を叩きながら、独り言ちた。
「それで、本当に次の当ては決まってないの」
「ええ、なにしろ会社の提案が急だったので、今は仕事もあるし忙しくて。新聞記者ってつぶしがきかない商売だって言われていて、結局、編集関係の仕事を探そうとは思っているんですが。退職まで3か月余りあるので、その間にどうにか決めなくちゃとは思っています」
「そうか、決まってないんだ。それじゃどうだろう、江上さん」
 末永はソファに預けていた背を伸ばし身を正した。
「なんでしょうか」
「私を信じて、身柄を預けてくれないだろうか」
「市長に私の身を?一体、どういうことでしょう」
「歌麿のことなんだ。雪のことはかねがね気にかけていたんだが、この間の記事を読んで、まだまだ市とゆかりのある作品類が残っているのを知って驚いたんだ。謎めいていて夢、ロマンがあるし、市のPRを含めた地域活性化の材料になるんじゃないかと思って。どうにかしたいと考えていたんだ」
「世界の歌麿ですからね。もっと調査する価値は十分あると思います。美術的価値も高いし、観光資源にも十分なり得るでしょう」
「やはり、そう思うかい。そこで相談、というか、お願いなんだが……。どうだろう、歌麿の調査をやってみてはくれないか。もちろん仕事として。きちんと待遇を含め態勢を整えるから」
                        第4話に続く。
 第4話:Every dog has his day.④|磨知 亨/Machi Akira (note.com)

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