見出し画像

さよなら、ランドセル

息子が小学校を卒業して、ランドセルが不要になったため、NGOジョイセフを通じてアフガニスタンに送ることにした。

ランドセルの中には、家で余っていた新品の学用品を詰めて、横浜の倉庫へ。感染症流行中の現在だが、受け付けしてもらえるのがありがたい。(学用品は品目に指定がある)

息子には、「自宅に保管しておくスペースがない。邪魔物扱いされて、ほったらかしにされておくより、アフガニスタンの子どもたちに喜んで使ってもらったほうがいいと思う」というわたしの考えと、現地の子どもたちの教育の状況(特に女子の教育)について説明した。同意が得られたので、すぐさま申し込みをして、発送した。

「こんなふうに届けられて、一人ひとりに手渡されていくんだよ」とも共有した。
・ランドセルの旅https://www.joicfp.or.jp/jpn/donate/support/omoide_ransel/donation/journey/
・ランドセルを受け取った子どもたちの写真や動画
https://www.joicfp.or.jp/jpn/donate/support/omoide_ransel/gallery/
・なぜランドセル?
https://www.joicfp.or.jp/jpn/donate/support/omoide_ransel/why/
『ランドセルは海を越えて (シリーズ・自然 いのち ひと)』内堀タケシ/著(ポプラ社、2013年)
『7年目のランドセル: ランドセルは海を越えて、アフガニスタンで始まる新学期』内堀タケシ/著(国土社、2020年)

他の親の人たちはランドセルをどうしたのか聞いてみたら、
きょうだいがいる人はお下がりにする、
寄付と送料でお金がかかるので断念して廃棄した、
思い出だからと手元に置いておいた、
ランドセルをリメイクするサービスがある、などなどの声が出てきた。
ランドセルの扱いについては、ほんとうに人それぞれ。思い入れもそれぞれなのだと知った。

わたしは、息子が小学校に入学するとき、ランドセルを買いたくなかった。息子の成長の喜びを感じないわけではなかったけれど、わたしにとってはランドセルは金額が高くて、とにかく出費が辛かった。また、6年後にぜったい処分に困るであろうことも目に見えていた。当時120cmそこそこの身長の子どもが背負うには重すぎるのと、6年生になって成長の度合いによっては身体に合わなくなるとも思った。それに加え、わたし自身が子どもの頃にランドセルが嫌いだったことも理由として大きい。重いし、硬くて一定の大きさのものしか入らないし、ダサいし、女の子は赤、男の子は黒と決まっているのも嫌だった。毎日憂鬱だった。

6年前、息子の入学前に学校に確認したところ、「ランドセルでなければならないという決まりはない」とのことだったので、京都の学校で使われているランリックを買おうと思っていた。でもなんだかんだ、ほとんどの子どもがランドセルで通学するところ、一人だけランリックを背負って目立つのは、息子が気の毒に思えて断念した。ランリックは、リュックサック型のバッグで、ランドセルよりも軽いし安い。高いものでも1万円ちょっとで買える。

案の定、息子も同級生も毎日ランドセルが重い重いと言いながら通学していた。ランリックの話をしたらみんな、「なにそれ、絶対そっちがいい!」と言っていた。まぁそうだよね。できればどんなカバンにするのか完全に自由にしてほしいというのがわたしの意見だけど、これだけランドセルが普及している中では、いきなり撤廃するのは難しいだろう。

せめて「ランリックかランドセルか選べます」というところから始められたらいいのになぁと思っていた(あくまでわたし個人の意見として)。でもこれも子育てあるあるのひとつだが、喉元過ぎてしまえば熱さを忘れて、いつの間にか心の中で思うだけになっていた。ジョイセフがランドセルを送っていることは当時から知っていたので、6年後はこうしようと思って、とりあえず溜飲を下げていたのもある。

「子どもは扱いが雑でボロボロにするから、6年間使える丈夫なランドセルがいいんだ」という話も聞いたけれど、息子が6年間使ったランドセルを見ると、ピッカピカ。傷ひとつない。どこも壊れていないし、これからまた6年間余裕で使えそうなコンディションだ。

確かに昭和時代、わたしが子どもだった頃のランドセルの扱われ方は酷いものだった。投げたり蹴ったり座ったり踏んだりしていたから、3年生ぐらいでもうボロボロの子もいた。しかし、今の子どもたちは物の扱いがとても丁寧だ。息子だけでなく、同級生たち皆そう。6年経ってもピカピカのランドセル。ほら、やっぱりランドセル要らないじゃん、と思った。小学校を卒業した息子の成長は喜ばしいのに、こんな思いをするなんて嫌だなぁという気持ちにもなった。

ところが、ランドセルを送る準備をしているうちに、だんだんと違う気持ちが混じってきた。アフガニスタンに送られたランドセルと子どもたちの写真を見ていると、「このランドセルぐらいタフな作りのほうが、この子たちにはいいんだろうなぁ」という気がしてきた。通学に時間がかかる子もいそうだし、乾燥していて砂埃も多そうなところ。校舎がなくて青空教室で学んでいる子もいるそう。

貧困のために、子どもの就学に同意しなかった親たちの間にも、子どもたちに日本から贈られたランドセルを背負わせて勉強させてやりたいという気持ちが芽生えました。
ランドセルを男女に平等に配ることで、「女の子も男の子と同じように学校へ通うのが当たり前」という考えが地域で根づき始めています。
アフガニスタンの女性と赤ちゃんの命を救う第一歩は教育です。ランドセルは、その第一歩を踏み出すためのきっかけづくりに役立っています。
ジョイセフHPより)

わたしは今もランドセルは必要ないと思っている。現在の日本社会の、経済格差が広がり続けている現状では、公立の小学校で高価すぎるランドセルをわざわざ揃えることの意味を感じない。特別思い入れもないから、余計そう思う。

けれども、ここにランドセルがあって、届けられてよかったなという気持ちもある。

この世界は白か黒かではない。
こんなことも起こるから、正直戸惑う。
そうそう、この矛盾と複雑さと共に生きているのだなとまた気づく。

そして、いろいろ思うことはあったけれども、わたしは今はもうランドセルのことを考えなくてよくなったのだ。そのことに安堵している。時は流れ、当事者性は移ろう。わたしはまた新しい当事者性を得て悩む。

一つひとつ記録しておくと、いつかどこかでつながるだろうか。
なんの役に立つかわからないが、ひとまず今だけの景色を置いておく。