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山奥に植物園を。「夢を見ながら終わる人生は幸せである」 信念をこめた地域づくり

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。
個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。
このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。

徳島県神山町にある四国山岳植物園「岳人の森」(がくじんのもり。)
四季色とりどりの草花を鑑賞できる山の植物園でありながら、オートキャンプ場やレストランも併設されています。

23歳で、何もない岩山で「岳人の森」を開発し始めたのが、山田勲さん。「こんなところに人が来るわけない」と地域の人や友人、家族にさえも期待されていなかったと言います。

植物を植えて順調にいっていても、ある時急に枯れてしまうことも。現在のビジネスにおける高速なPDCAサイクルではなく、数年経たないと結果がわからない、植物を相手にした仕事。困難にぶつかっても、未来と自身の信念を信じ続けた山田さん。

「いつ生まれて、いつ死んだかわからんような自分でありたくない」と語る山田さんの、魂のこもった生き様の一端です。


明確な意識を持って一生を送りたい

広い園内は車に乗って移動することも多いという。

ー 山田さんは徳島県の神山町出身ですか?
山田さん:そうです。神山で林業を営む家の3人兄弟の長男として生まれました。家族や親戚の人も長男は家に残るという話を常に話していたので、自分には選択の余地がなく、父の仕事を継ぐものだと思って生きていました。それが昔の日本の家庭の形でしたからね。なので、20歳になる直前に神山に戻ってきました。

ー 神山に戻ってくる前は何を?
山田さん:高校卒業後は国有林の植林と育林の仕事をしていたのですが、現場では、自然破壊を肌で感じていたんです。

ー 植林の仕事をしているのに自然破壊?
山田さん:言ってることが矛盾しているように聞こえますが、当時は貴重な原生林を切っていって杉の山に変えていたんです。今は杉を植えることで多様性が失われてしまうことから、杉は緑の砂漠と言われています。

ー なるほど。今と違ってどんどん原生林を切っていたんですね。
山田さん:いよいよ神山に戻り山に住むとなった時に、「いつ生まれて、いつ死んだかわからんような自分でありたくない」と思ったんです。どこに住んでいたとしても、明確な意識を持って、一生を送りたい。そんな思いが日増しに強くなりました。

ー その思いが岳人の森に繋がっていくわけですね。
山田さん:このまま原生林を切り続けていくと、日本の山草が、将来全滅してしまいます。それでも自分はその時を生きていかなければなりません。じゃあどうやればいいかと考えた時に、人が訪れる地域を作らない限り、ときめきもないし、地域振興もないという結論に辿り着きました。自分自身が仮に何らかでお金儲けても、それは単に個人のことなんで、もっと社会に影響のあることをしたいと。とはいえ、影響のあることをするのは、ボランティアでは続きません。でも職業だったら続けられるんですよ。一生懸命追求していたら、収入を得ながら、地域の発展は続きます。それで、山に植物園をつくって観光客を呼ぶ、「岳人の森」の構想を思い描いたんです。


家族も友人も全員が反対した森興し

岳人の森のレストハウス『観月茶屋』から見える景色

ー岳人の森はどのようにして今の形になっていったんでしょうか。
山田さん:そもそもこの山は、自分の家族を含めて、7人が共同所有していた山でした。人里離れた場所で、忘れ去られたような山です。言ってしまえば、捨てられたような山を交渉してもらったんです。周りからは「こんな岩だらけの何もない山、なんの価値もない」と言われていましたね。

ーそもそも森を作るとなったときに何年くらい先を見越して作るもんなんですか?
山田さん:20年はかかるね。10年ではあんまりいいもんできんね。

ー それが今はこんなに綺麗で魅力的な場所になったんですもんね。最初は何から取りかかったんですか?
山田さん:最初はキャンプ場からやり始めました。山の奥でいきなり家を建てたり、そんなことできませんのでね。10張りのテントを買って、おったてのトイレを設置して、水場や広場を作って。それならお金がなくてもそれならできると。本当に何にもない山だったから、電気も2500m引いたし、道も池も広場も駐車場ももちろん植物園も全て。

ー キャンプ場は始めてからどのくらいで完成したんですか?
山田さん:23才から始めて4-5年ですね。あとは植木。綺麗な花が咲く木を見つけて、その種を蒔いて苗を育てて、植木を売っていました。四国ではじめて、いや、日本ではじめてでもありますけどね。それがもう大ヒットして、なんぼでも売れたんです。それを生活の足しにした。そうしたら家内に「もう山の開発なんてやめて、植木の仕事やり」と言われちゃったけどね(笑)。

夫婦二人三脚で歩んできた岳人の森

ー 奥さまからしても将来どうなるかわからず、心配ですもんね。
山田さん:ある時、家内に冗談で「いつまでやっても埒があかん。もうやめようか」って言ったんです。そしたら「やめるつもりもないくせに」って笑われましたね。その話をお客さんにしたら、岳人の森は、奥さんに99%支えてもらってるって。山田さんは残りの10%って。家内にそのことを伝えたら、「しっかり頑張らな、99%が0になるよ」って言われました(笑)。

37歳。大渋滞を引き起こしたシャクナゲ祭り

真剣な眼差しで植物の様子を見る山田さん。

ー 23歳で岳人の森の開発を始めてから、ターニングポイントと感じる瞬間はありましたか?
山田さん:37歳の時に開催したシャクナゲ祭りですね。ゴールデンウィーク中に、シャクナゲ1000本が咲く中で開催しました。多い日は1,000人以上来ましたね。山の下の神山町の道は、自動車が今まで見たことないほど大渋滞していたと聞きました。シャクナゲ祭り以降、周りの見る目が変わって、応援してくれる人が増えてきましたね。

シャクナゲ祭り。さまざまな屋台が出店していた。

ー シャクナゲ祭りをするまでの15年、心が折れたりしなかったですか?
山田さん:しなかったね。いつかうまくいく、その光景が見えるって信じてましたから。でも、シャクナゲの季節が終わるとお客さんは誰も来ないし、コンスタントに人が来ないとダメだなと改めて思って、本格的に他の植物も植え始めました。

岳人の森のシャクナゲ。

ー 素晴らしい信念ですね。やめようとも思ったことないですか?
山田さん:やめるつもりは全くなかったです。岳人の森を始める時にね、両親に言ったんです。「できてもできなくても、夢を見ながら終わる人生は幸せである」って。何もやらずに、不完全燃焼度が終わるんじゃ幸せでないとそういう話をしました。

ー20歳の頃から変わらぬ信念、本当に尊敬です。率直な疑問なのですが、山田さんには働いているって感覚はあるんですか?
山田さん:いや、楽しんでるって感覚やね。雪の中で汗をかきながら木を切ってたら皆すごいな、大変やなと言うけれど本人は別に楽しいんです。

ー それは作業自体ですか?それともその作業の結果ですか?
山田さん:結果を想像することが楽しいんです。その結果を出すためにやっとることが楽しいという。これだけバッティング練習をやったら、ホームランは必ず打てるだろうとかね。先を見とるんですよ。

土を這いながら植物1本1本に薬を塗った日々

希少植物「ベニバナヤマシャクヤク」

ー 植物が相手だからこそ大変なことってありますか?
山田さん:そもそも植物が育つためには、その植物が育ちやすい環境でないとダメです。
だから植物ごとに植える場所を選んでね。例えば、岳人の森は高所にある為気温が低いので『沖縄を暖地に変更』の植物は育ちません。あとは日照、太陽光。土の酸度や風など他にも複数の項目がありますね。それらが一つでも外れたら駄目。全部クリアするために調べるんです。

ー全部...?他は良くても1つ外れたらダメなんですか。
山田さん:ダメですね。植えてから最初の5年もの間、順調にどんどん増え続ける植物があるんですけど、ある時から突然縮小に転じるんです。そして消えてしまう。理由がわからないままにね。簡単にいかないですね。

ー 途中まで順調でも、消えてしまうなんて、相当ショックですね。
山田さん:さっき話したシャクナゲを維持するのも本当に大変でした。植えたシャクナゲの7-8割にカミキリムシが卵を産んで、茎の中を全部食べちゃう。そうすると、中が空っぽになって、葉っぱが黄色くなり、風で折れて枯れてしまう。それを防ぐために、土を這いながら、シャクナゲ全てに薬をぬったんです。

ー 全てにですか?膨大な本数ですね。
山田さん:その時は1,500本。しかも枝分かれしてますから、実際はもっと数が多くなる。それを何日も何日も一人で塗って。あんまりにも労力がかかるので、ちょっとくたびれてきてね。それでもシャクナゲを枯らすわけにはいかないんで、今度は注射器を買ってきて、穴を狙い撃ちしたんです。全部やらずにね。それを10年ぐらい続けたでしょうかね。

ー 10年。聞いているだけでも気が遠くなる作業です。
山田さん:シャクナゲはよそから持ってきましたが、岳人の森に移植するとき、根を切って持ってくる必要がありました。その時に木が弱るんです。だけど面倒をみて薬をやったりすると、だんだん根を張って、力をつけてくるんです。木に力がつくと、虫が入らなくなる。今がその状態。だから、今はもう薬は塗っていないです。放っておいても自然に育ちます。シャクナゲ一つにもすごい苦労したんです。同じように他の植物も同じようなことをしてきました。

ー 綺麗な花の裏には山田さんの血が滲むような努力があるということですね。

死後も故郷の渓谷が続くように

この日は雨が降り注ぎ、緑が生き生きして見えた。

ー 岳人の森のこれまでをお聞きしていきましたが、山田さんの今後の展望を教えてください。
山田さん:自分が死んだ後も故郷の渓谷がずっと継続して残っていくように。岳人の森でいうと、世の中から消え去る絶滅危惧種の植物を基本に考えて、増植して残しています。岳人の森の遥か下方の神通渓谷を「めずらしい氷瀑の見える渓谷」、「電気の歴史の渓谷」の2つを融合した一度に学べる場にしたいです。
ー 氷瀑と電気に関しては初耳です。
山田さん:神通滝という滝は冬になると全体が凍り、氷瀑になります。最初は誰も知らなかったのですが、私が見学会を企画して有名になりました。昔からの遊歩道があったんですが、台風がくると土石で埋まって道を歩けなくなるんです。それを私達地区住民が毎年ボランティアで直していたんですが、ずっと我々がやることは不可能だと。寿命もあるし。町に働きかけたら、立派な遊歩道と公衆トイレを作ってくれました。何か最初に水を流したら、どんどん大きくなって物事が前に動いていくんです。

ー なるほど。ボランティアでなくとも成立するようにしたと。
山田さん:地域振興をどうしたらなせるかと考えた時に、ほっといても人がくる場所を作るんです。大正期にできた神通発電所もその考え。歴史的にも価値のある発電所なのですが、数年前に解体する話が出ました。「こんな貴重なものを残さないなんてもったいない」と思って止めたんです。自分がやるしかないと。結局2年かけて改修して、今は綺麗になりました。この発電所や氷瀑、岳人の森を通して、大人や学生さんが、電気や景観を学んだり、自然を考えたりする場所にしたいです。今後はこれまでとは違った地域づくりに力を入れていきたいと思います。

ー そうなったら今よりも魅力的な場所になりますね。最後に、この記事を読んでる我々と同世代の20-30代に向けてメッセージいただけますか?

山田さん:周りの人は「若者は夢を持ちなさい」って簡単に言うんですよね。でも、私はそんなことは言わない。夢ってリスクあるんですよね。大きいほどリスクがある。ですから、若い人に無理して何かやれとは言わんのです。私は「自分が人に負けない、最も得意とすることを伸ばしてください」って言ってます。得意なことは誰にも負けんのでね。

編集後記

岳人の森には2023年10月上旬に訪れた。取材メンバーの晴れ男/女パワーは発揮されず、あいにくの雨の日だった。写真撮影中にさらに大雨になり、土はかなりぬかるんでいたが、木々の緑はより生命力を増して美しく感じた。

過去のスケールの大きい壮絶なお話を通して、山田さんは未来を信じ抜く力がとてつもなく強い方だと思った。自分は、見えてもせいぜい2-3年後の未来しか見えていない。20代でその道に生きる覚悟を決め、50年後の岳人の森や日本を見越して働いていたのである。これは、山田さんの地域づくりへの信念があったからこそ成せたことだと思う。

私自身、今後のヒントになるような言葉をたくさんいただいたように感じる。

特に「いつ生まれて、いつ死んだかわからんような自分でありたくない」というフレーズは、どんな自分でありたいかを再び考えるきっかけになった。適当な人生を生きたい人より、きっと明確な意識を持って一生を終えたい人の方が多いだろう。山田さんがそんなことを思った時より年齢は重ねているけど、今が一番若いので、ゆっくりとでも急ぎながら考えていきたい。

山田さんとは Facebookで繋がっているのだが、2024年初旬に事故にあい、長期で入院していると知った。取材の日から、僭越ながら僕も山田さんの生き方に惚れ、応援する側の1人として、山田さんが万全の状態で回復し、最後に語っていた構想を必ずやり遂げていただきたいと心から思っている。今度は晴れの日にまた遊びに行かせてください。

書き手:中村 創

四国山岳植物園「岳人の森」 

四国山岳植物園「岳人の森」
〒771-3422 徳島県名西郡神山町上分中津土須峠
営業期間:4月1日〜1月31日(降雪の状況により変更あり)
FB:https://www.facebook.com/gakujin.no.mori/?ref=embed_page
X:https://x.com/gakujin_no_mori

取材/ライター/撮影:中村 創
編集:新野 瑞貴
監修:後藤 花菜

50年1つの仕事を続けた方のポートレートや仕事風景をフィルムカメラで撮影した写真集「ひとすじ」製作中!最新情報はこちらからご覧ください。▷instagram @hitosuji_pj


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