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塗装技術の染みついた身体と、あふれ出る人情深さ

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。
個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。
このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。

京都府京都市にある「徳岡塗装」で青色の作業車を磨くのは、社長であり塗装工の徳岡 秋男さん。

インタビュー中も、車を磨いたり部品をはめたり。そのスムーズな動きは、まさに身体に染み込んでいるようで、ついつい見惚れてしまうくらい。

飲みの席の知り合いや、勤めていた会社の従業員、お孫さん、97歳のお姉さんなどなど、徳岡さんの口からは、本当にたくさんの人の名前が出てきます。照れたように笑い、そっけなく話す徳岡さんですが、人に対する義理堅い一面が垣間見えます。

周りの人と支え合いながら生きていく、当たり前だけれど、忙しく生きる現代人にとっては忘れがちな大切なことを、徳岡さんは教えてくれました。


現役で働くの職人の顔と、孫と飲みに行くおじいちゃんの顔

ー 土曜日にも関わらず、取材と撮影させていただきありがとうございます。
徳岡さん:うち、曜日関係ないからな。休みはあらへん。日曜日も祭日もやっとる。

ー お休みないんですね!
徳岡さん:休みたいと思わん。毎日朝5時くらいには起きて、6時半にはここで仕事してる。今は足が悪いからな。膝の骨が腐ってきてな、手術してリハビリもしたんだけど。長く立ってるのはしんどい。坐骨神経痛やから、腰にホッカイロ貼ったり、椅子に座りながらやってるわ。まだ81(歳)やけどな。
姉なんて97歳だけど農業やってる。一番上が一番元気やな。近くに住んでるから、2週間顔ださんと、「何してんねん」って怒られる。俺は六人姉弟の一番下だからな。あんたらはいくつなん?

ー 26と27ですね。
徳岡さん:そうやろ、孫と同じくらいや。一番上が28で、その下が26と22の三人。一番下の孫に「スナック行こう」って言われるわ。しょっちゅうやで。

ー 仲良し!お孫さんと飲みに行けるのは嬉しいですか?
徳岡さん:孫と一緒やったら嬉しいってアホか。金払わなきゃあかん。

ー (笑)。じゃあお孫さんがお金出してくれたら?
徳岡さん:行かへん行かへん。孫に金払わしてまで飲みには行かへんわ。

ー 現役でバリバリ働かれていること、お子さんやお孫さんからはなんて言われますか?
徳岡さん:なんも言わへん。

ー もうそろそろやめたら?とかも?
徳岡さん:言うかそんなもん。俺から言うとる。「もうええかげん辞めてくれ」って俺に言ってくれって(笑)。


気晴らしの娯楽は、仕事をしているから

ー 今、作業されてるのは業者用の車ですか?
徳岡さん:そう。運送用の車とか、ゴミ屋の車とか、道路を掃除してる黄色い車とかが多いな。中古車買う人に、傷ついたり凹んだりしてる車を綺麗にしてお返しすんねん。

ー 一台につき、どのくらいの日数で仕上げるんですか?
徳岡さん:本当は三日くらいで仕上げなあかんねん。そんくらいじゃないと金にならへん。俺は、昼食う時に家に帰ったり、競馬で帰らなあかんから、五日くらいかかっちゃうな。仕事は次々くんねん。途切れへんねん。息子にやれっていう仕事ちゃうしな。汚れるし。こういう、汚れた手になるさかいな、今日の若い子らはようせん。

ー じゃあ誰かに継いでもらうことは考えてない?
徳岡さん:ないない。給料安いし。


ー 塗装作業は楽しいですか?
徳岡さん:楽しいとかやあらへん。生活していかな、しゃーないから。国民年金じゃ飯食えへんやん。年間100万くらいしかもらえへん。競馬で儲かったらええけど。

ー 競馬やスナックに行ったら、すぐ底ついちゃいますね(笑)
徳岡さん:やろ?仕事辞めたら行かへん。気晴らしに行くだけよ。

ー 仕事が途切れないとおっしゃってましたが、どのくらい予約があるんですか?
徳岡さん:今来てるので10台くらいやな。1ヶ月先までは埋まってるわ。みんなから「80歳まではやってくれ」て言われて、もう81歳になったっていうても「まだ元気や、もうちょっとやってくれ」って言われる。

人情深い、みんなの親分肌

ー このお仕事を始められたのはいつからですか?
徳岡さん:独立したのは30歳の時。塗装はいちばんやりやすいと思ったから選んでん。

ー やりやすい?
徳岡さん:俺、学校行ってへんねん。小中学校は行ってたけど、複式(学級)*だったから、他の学年の授業中は自習しろって言われるんだよ。それができなくて、すぐどつかれてたわ。そんなんで、ろくに勉強してなかったしな。卒業の時に、大学まででるか、今から金儲けするかで、働くことにしたんよ。

*複式学級…二つ以上の学年の児童・生徒を一つに編成した学級。(「精選版 日本国語大辞典」より)

ー それで塗装の道に?
徳岡さん:最初は鉄鋼に行っててん。1年半で辞めたけどな。鉄鋼は割に合わないし、会社に勤めんのも性に合わないからな。他のことで独立しよう違うと思って、知り合いの、京都で一番大きい塗装会社で9年働いたな。それからやから、塗装自体は17歳からで、67年か。

ー そこで塗装を選んだんですね。
徳岡さん:そう。そこの社長があんまり仕事せーへんかってん。博打と競馬と女と遊びばっかやったな。社長は自分で塗装もできへんし。

ー 破天荒な社長ですね。
徳岡さん:戦後やし、当時はハケで塗ってたからな。塗るのも今より難しいし。それでも覚えれば、ちゃんと綺麗に塗装できるんやで。社長がそんなんだから、ほとんどの従業員が俺についてたな。

ーみんなの長だったんですね。
徳岡さん:そうそう。職場行ったらな、みんなが突っ立っとるから「何しとんねん」って言うたら、クビを宣告されたって。会社の都合で急に言われたって言うから、「経理に電話せえ」ってハローワークの手続きしてもらって、みんなが幾分かお金をもらえるようにしたりな。俺は社長のお付きでもあったから、社長からは「競馬行こうかい」って声かけられるし。

ー 遊びはそこで学んだんですね。
徳岡さん:働いた後に行ってな。そこで社長から一万円もらって。そん時は給料が三万の時代だからな。一万は結構やで。そう言う時代や。

ー 激しい時代ですね(笑)。
徳岡さん:その後、給料10万にするから、うちで働いてくれって、また別のところで2年働いたな。それで、修理屋の友達が「一緒にやらないか」って、俺が塗装でそいつが隣で修理屋する、この場所を始めてん。始めた時はよく窓割られて盗みに入られてたよ。

ー 盗まれるのは塗料ですか?
徳岡さん:シンナー。塗料にまぜるんに使うからな。うちにたくさんあるのを知ってる奴らが盗んで、吸ってたんだろうな。

遊びも仕事もパワフルに

ー 他の仕事に就こうとか、辞めたいと思ったことはありますか?
徳岡さん:他の仕事か。考えたことないな。嫌だと思ったこともないし、これって決めたからな

ー 仕事をしていて苦しかったことはありますか?
徳岡さん:俺アホやから、苦しいとかわからへんねん。あれやな、仕事より他のことではあるけどな。嫁が倒れてホスピスに半年おった時はな。毎日夕方に会いに通ってたな。やのに、嫁が死んだ日に、インフルエンザになってん。お通夜でてくんなって言われて。家でお通夜やっとったけど出れなかったな。

ー 今は一人暮らしをされてるんですね。
徳岡さん:そう。あんま家にはいーへんけどな。別に仕事がいやっていうことじゃないし、家にいたってしゃーないやん。今日はこの後、スナックで忘年会があんねん。

ー 11月(撮影当時)から忘年会なんですね(笑)。
徳岡さん:他んところでもたくさんやるからな。稼いだってあかへんで。ひと月稼いだら、ひと月でしまいや。昭和の人間やから。

ー たくさん飲みに行かれたり、人に会うのがお好きなんですね。
徳岡さん:会うというより、鬱憤話しにやな。話すのは、男の人より女の人の方がええよ(笑)。男の人は仕事の話するやん。飲みで仕事の話するの嫌いやねん。10分だけ仕事の話して、他は全部バカ話やわ。あれやで、いまだにバレンタインは十何個もらうよ。俺は食べへんからな、いいやつは持って帰って、嫁にあげてたな。

ー モテモテだ!他にご趣味はありますか?
徳岡さん:ないな。何にも凝らないねん。昔はしょっちゅう、仕事先の人にボーリング連れてかれて、やってた。マイボールを持ってる人もいたけど、それでも俺の方が上手。

ー 凝らない徳岡さんの方が上手になっちゃうなんて、嫉妬されませんでした?
徳岡さん:工務店のボーリング大会とかあるやん、「お前、これ出え」って言われたりやな。優勝したら、みんなで打ち上げしたな。

ー 遊びも仕事も、パワフルですね。普段はどこに飲みに行かれますか?
徳岡さん:普通の飯屋に行く時もある。でもやっぱスナックやな。近くに住んでる、一番下の孫とが歌が好きだから、木曜日は絶対行くねん。そこのスナックの娘は、スナックで働く前から知ってるし。木曜日は、あんま人も来んから40曲くらい歌ってるな。

ー そんなに!?お孫さんが歌って覚えた曲あります?
徳岡さん:知らん。孫は他の客と肩組んで歌ってんねん。他のスナックは乾き物が多いけど、そこのスナックはおでんでるし、いいな。

編集後記

「本日はよろしくお願いいたします。」徳岡塗装を訪れた私たちがそう挨拶をすると、徳岡さんは、目線をちらっとこちらに向けながらも、塗装作業の手を止めません。キリのいいところまで作業されるのかな?と思い、撮影の準備に入ると、カメラマンの中村が取り出したフィルムカメラを見て、「昔のカメラやん。今の若い子らはフィルムは味があるっていうて使うもんな。」と、またもや作業をしながら話を続けてくださいました。その作業姿は、とても滑らかで、考えるよりも前に身体が次の塗装工程を覚えていることが素人の私でもわかりました。

スナックのママがどこどこ出身だとか、知り合いの誰々はあの飲み屋にいるとか。一見すると、そっけなさそうに話す徳岡さんですが、本当にいろいろな人の名前が出てくるのは、ご自身の周辺の人たちを意識せずとも気にかけているからなんだと思います。

仕事や働き方以前に、徳岡さんはお姉さんにとっての弟として、社長にとっての付き人として、従業員にとっての親分として、それぞれの人たちとの関係性を大切に、自分にできることを全うするという、とてもシンプルではあるものの、忙しく生きていると忘れがちなことを思い出させてくださいました。

当日の取材と撮影の後にいくと言われていた忘年会のことも、「別に楽しみなんかじゃない」と話していましたが、きっと徳岡さんは、どこかめんどくさそうに、みんなを見守りながら、一緒に笑っているんだと思います。

書き手:新野 瑞貴


徳岡塗装
〒612-8373 京都府京都市伏見区毛利町129

撮影:中村 創
編集/取材/ライター:新野 瑞貴
監修:後藤 花菜

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