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『ある表現の自由派(のはず)の珍説を振り返る』2023-03-12

 以前に、ある人とスペースで対談をしたことがある。仮にA君としよう。
 そのスペースで、A君は私にこんな質問をしてきた。大意こんな感じである。「お前は本当に表現の自由が大事なのか、ただの【アンフェ】じゃないのか?」というのだ。

 もちろん、フェミニズムは表現の自由に対する加害勢力のひとつであるから、その意味では私はアンフェ的な一面も持つ。しかしどちらかと言われれば、表現の自由が主たる関心で、アンフェはその一領域に過ぎない。
 だからこそ私のセンサイクロペディアでも、多くの項目でフェミニスト以外からの表現弾圧や規制を紹介している。

 しかしA君は納得できない様子だった。そして私だけでなく、他のいわゆる【表現の自由戦士】もまた、表現の自由メインではなくただのアンフェだと主張した。
 なぜそう思うのか。彼はこんな言い分を持ち出してきたのである。
「だってお前たちは、地獄先生ぬ~べ~みたいな作品が自主規制されているのに叩かないじゃないか!」

『地獄先生ぬ~べ~』というのは、1990年代に週刊少年ジャンプに連載されていた漫画である。霊能者兼小学校教師の主人公が、個性的な生徒たちが巻き込まれる様々な霊障に立ち向かうという内容の(原則)一話完結タイプのストーリーだ。知らない人には、アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公が先生になったような感じ、といえばなんとなくイメージがつかめるだろうか。
 当時かなりの人気を博して、アニメ化もされ、21世紀になっても続編やスピンオフ作品が刊行されている。

 ただし、地獄先生ぬ~べ~が発禁や有害図書指定されたという事実はない(地域レベルでひょっとしたら指定事実があるかもしれないが、私は知らない)。飛躍の多いA君の話を聞いてみると、どうやらこういうことらしかった。
「地獄先生ぬ~べ~の”ようなマンガ”がその後ジャンプで出ていない。これは自主規制のせいだ。しかし、表現の自由戦士たちはそのことを叩かない。これは表現の自由戦士がただのアンフェであるため、フェミ関連でない規制に興味がないからだ」
 これは別に関係者が本やインタビューで明言した自主規制秘話があるわけではなく、おそらく本人がジャンプを読んできた読書体験からの想像に過ぎないようだ。
 また、もちろんA君の意見の後半部分は『地獄先生ぬ~べ~』を全く持ち出さずとも否定することができる。たとえば右翼的な表現規制に対しても、表現の自由戦士たちは必ずと言っていいほどツイッター上で批判の声があがる。よく「表現の自由戦士は【エロ表現を守りたいだけ】」だとフェミニストが言いがかりをつけてくることがあるが、それはこれらの事例で直ちに論破されている。

 しかし彼はその指摘には答えず、延々と「ぬ~べ~論」で表現の自由戦士を論難するのだった。

 そもそもA君は「ぬ~べ~」とどのような点で似ている漫画が自主規制されていると考えていたのだろうか。辛抱強く話を聞いてみると、それは「小学生のエロシーンが出て来る」という点だった。
 確かに地獄先生ぬ~べ~の舞台は小学校であり、ヒロインの多くも小学生(ぬ~べ~の担当クラスは5年3組)である。そして本作にはお色気要素もかなりあり、特に発育の良い「美樹ちゃん」という巨乳の生徒がお色気要員のひとりになっていた。

 しかし、彼の言っていることから「表現の自由戦士はアンフェでしかない」を導くにはあまりに多くの前提が欠けていた。
 みなさんにも頭の体操として考えてもらいたい。彼の論理が成立するには、どのような条件が必要だろうか。

 ぱっと思いつくだけでも、
1.そもそも本当に「ぬ~べ~」後、小学生ヒロインのお色気シーンがジャンプからなくなっているのか証明されていない。
2.なくなっていたとして、それ以前は有意に多くあったのかどうかも分からない。ぬ~べ~の存在の方が特殊例なのかもしれない。
3.1と2がクリアされたとして、それが自主規制によるものかどうか分からない。
4.自主規制だったとしても、フェミニストによるものでないのかどうかも分からない。

 と、これだけの事実が未確認であり、検証されるべきであろう。
 実際の対談では、1の途中で司会(A君の弟だったらしい)が彼に助け舟を出すべきだと判断したのか「この辺にしましょう」と言ったのでこの話は打ち切りとなった。
 ちなみにその打ち切ったはずの話の後、彼はなおも「あなたが表現の自由が大事なのか、それともアンフェなのか聞きたいんですケド」と食い下がろうとしていた。

まじめにぬ~べ~論を検討する。

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