【『日出処の天子』毎日新聞捏造報道事件】
『日出処の天子』は、1980~84年に白泉社『LaLa』に連載された、山岸涼子による歴史ものの少女漫画。聖徳太子とその腹心である蘇我蝦夷の関係が中心に描かれ、歴史漫画の傑作として現在まで有名である。
特徴的なのは『聖徳太子伝暦』などに遺る超常現象的な逸話を排除せずに太子を一種の超能力者として描いたこと、なおかつ蘇我蝦夷に対して密かな恋愛感情を抱く同性愛者とした大胆な設定である。
連載も終盤を迎えた1984年1月24日付『毎日新聞』夕刊に「法隆寺 カンカン『えっ、これが聖徳太子?!』」と題する記事が掲載された。以下、記事全文。
このときのことを山岸涼子氏はのちの『LaLa』同年4月号で『M新聞始末記』と題する1ページ漫画で述懐しているが、この記事については友人の電話で初めて知って驚き、裁判になった場合は費用捻出のため自宅を売却する覚悟さえしたということである。
ここで疑問を抱いた読者は正しい。
「山岸涼子自身、友人の電話があるまで記事の存在を知らなかったなら、後半の反論は毎日新聞から山岸氏が取材を受けたものではないのか? 一体、いつどこで誰にした発言なのか?」
答えは「そんなものはない。事実無根である」。
山岸氏は翌25日に毎日新聞から謝罪電話を受けたというが、事実無根なのは山岸涼子の反論だけではなく、LaLa編集部もである。
そして、なんと法隆寺側もこの記事の内容は預かり知らない話であり、漫画の内容は把握しておらず、抗議の意思もなかったというのである。このことは同月中に法隆寺側が正式コメントを出している。
つまりこの記事全体がまるごと創作であったというのだ。
幾らなんでもそんなことってある!?と思うのが普通の感想であるが、それがあったのである。
こんだけかい!と思うかもしれないが、この謝罪文でさえ、当時の新聞がする謝罪記事としては異例に丁寧なものであるという。
これは弁護士を交えて作者側が要求し、法隆寺からも働きかけがあった結果だという。
宗教に関係のある歴史上の人物などを扱った創作作品について、その作品を攻撃したい無関係の者が勝手に「信仰への冒涜」と噴き上がるも、実際の宗教関係者は彼らの思惑に反し寛容な姿勢を見せるという現象がしばしばある。
漫画『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』には、歴史人物をパロディにした回が多数あり、聖徳太子を含め大半を極めて情けないキャラクターで描いている。しかしこの漫画とすら2019年、法隆寺と同じく太子ゆかりの大寺院である四天王寺が、コラボイベントを行っている。
2021年にフェミニストが攻撃した地域活性化キャンペーン【温泉むすめ】にも、「隠れキリシタン」をモチーフとしたキャラクターに、関係者自身はまったく問題視していないにもかかわらず抗議文を送り付ける者が現れた。
自身の売名や嫌悪感の正当化のため、他者の信仰心を創作作品への攻撃に利用しようとする者は後を絶たない。真に宗教を冒瀆しているのは、むしろこうした行為の方であると言えるだろう。
参考リンク・資料:
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