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私の日は遠い

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2022年8月の記事一覧

私の日は遠い #9

 シーラは自由自在に自身の姿を変えることができるが、戦闘には長けていない。暇な時にこっそり忍び込んだ図書館で読んだ生物図鑑でカメレオンの項目を見つけて読んだときは親近感が湧いた。カマキリやバッタも割と近いバイブス持ってるなと感じた。人間は身体を変形させることは出来ないが衣服というものを纏って日々違うフォルムを提示しているようだと、街中をふらつきながらシーラは気づいた。しかし、そんなことはそれほど重

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私の日は遠い #8

 達夫は遠方に暮れていた。大倉から特殊な力を授けてもらったにも関わらず、目の前に広がる景色に大して何も思考が追いつかなかった。
 「どうですかな、この場所は?気に入りましたか?」
 そう達夫に尋ねる男は顔に微笑みを浮かべながら彼の隣に並んで立っていた。男が来ている服や部屋の家具と調度品、そして窓の外に広がる緑豊かな牧場や畑など、隅々まで中世ヨーロッパ風のルックにまとめられていた。
 「まあ、戸惑わ

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私の日は遠い #7

 昨日の深夜、渋谷で大規模なテロがあったらしい。
 ニュースでも大々的に取り上げられていた。しかし、夏樹はそんなことには全く気づいていなかった。たまたまめんどくさくてテレビをつけずに音楽を聴きながらダラダラと過ごしていたし、SNSを覗くこともなかったからだ。
 それよりも夏樹の心の多くを占めているものがあった。ロッカーでの隼人とのやりとりである。なんでか知らないがあれから一週間くらい経ってもまだ反

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私の日は遠い #6

 夏の夜空が深く街を飲み込んでいこうとしていた。真夜中の匂いが何人かの人間を追憶の彼方に突き放し、かと思えばうだるような暑さに目を覚ます人間もいた。
 そんなボヤけた時間軸の中で、銀の翼をはためかせて夜空を舞う何かがいた。それは達夫だった。かつて達夫だった何かだ。猛スピードであてもなく、「とりあえず都心の方に行こうかな」という軽い気落ちで飛んでいた。
 「そっちの方はどうだ」
 地上にいる大倉が連

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私の日は遠い #5

 法子は全てを破壊したい衝動にかられていた。ついさっきまではなんとか冷静さを保ちながら朝食の分の食器を洗ったり洗濯物を干したり猫砂を取り替えたりしていたが、ちょっともうダメそうなところまできてるな、と法子は感じていた。頭が変に熱を帯びてきて、神経がピリピリしてきた。
 もう駄目だ、解き放とう。法子はまずエプロンを床に投げ捨てると、ラクなTシャツと短パンに着替えた。そして左腕内側の表面を人差し指でス

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私の日は遠い #4

 達夫は千切りキャベツを食べるのに飽き始め、うんざりしていた。せめて残り少ない残金をみじん切りしたらその分お金が増えるみたいな意味わからない魔法があればいいのになとつまらないことを考えながら寝転がっていた。午後の暑さがピークを過ぎた夏の夕暮れに、達夫は退屈を燻らせていた。そして、腹が減り始めた。だがしかし、もうキャベツには飽きた。
 とりあえず外に出てみようという気持ちが達夫のなかでなんとなく湧い

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私の日は遠い #3

 夏樹は油断していた。夏休みに入ってしばらく経ってから数学の課題を学校に置きっぱなしにしていたのに気づいたこと、ただ取りに行くだけだから学校までは私服で行こうかなと考えてしまったこと。そして、家でぐうたらするノリでノーブラのまま街に出てしまったこと。これらの過ちを、夏樹は午前中の普段より空いた涼しいバスの一番後ろの席に座りながら悔いていた。あのときロッカーの中をきちんと整理しておけば、そんでもって

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私の日は遠い #2

 「全く、今日はとんでもない一日だったわ」
 男はそう呟きながら車を発進させる。朝から降り続いていた雨は30分くらい前に止んで、車体から真っ直ぐ伸びるライトの光が濡れた路面を照らして夜の景色を彩っていた。しかし男はそんなところに繊細な感情の機微を見出すような気分ではなかった。若い男からぶっかけられてしまった小籠包の肉汁があまりに熱くて、まだ顔の皮膚の一部がヒリヒリと痛んでいた。あのあと部下たちにも

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