インバウンドと日本観光の未来~④オーバーツーリズム・観光公害(国内・海外事例)~
本連載では、訪日外国人旅行者(インバウンド)の需要拡大を背景に、日本観光業の未来について考察します。本記事では、近年ニュースでの報道も増えている"オーバーツーリズム・観光公害"について考察します。
(1)はじめに
観光業は地域経済に大きな恩恵をもたらす一方で、観光客の急増が地域社会や環境に負の影響を及ぼすこともあります。
このような状況は「オーバーツーリズム」と呼ばれ、特定の観光地で発生する過剰な観光負荷が原因です。
本記事では、国内外の参考事例を通じて、オーバーツーリズムに対する課題とその解決策を考察します。
(2)オーバーツーリズムとは?
オーバーツーリズムは、観光客数が地域の許容量を超え、地域住民の生活、自然環境、観光資源そのものに悪影響を及ぼす状態を指します。
そして、その背景には以下の要因があります;
観光市場拡大と観光地の集中:世界的に余暇市場は拡大。日本では特にインバウンドを中心に、特定の有名観光地や時期に観光客が偏るため。
安価な旅行の普及:LCCやオンライン予約システムの普及により、観光がより手軽になったため。
為替(円安)の影響:インバウンドにとって日本円が相対的に安いため。
SNSやメディアによる過剰露出:観光地の写真や動画がSNSで拡散されることで、一部の観光地への注目が急激に高まるため。
(3)オーバーツーリズムの海外事例(課題と対策)
まずは、海外におけるオーバーツーリズム事例を見ていきます。
①バルセロナ(スペイン)
ヨーロッパ有数の観光都市であるバルセロナでは、リーマンショック後の2010年代中盤から観光産業が急回復し、「観光客排斥運動」が拡大。
住宅価格が高騰し、住民が住み続けられない現象が顕在化。
また、短期貸し出し住宅(Airbnbなど)が急増し、地域コミュニティの崩壊が懸念されています。
■オーバーツーリズム対策
宿泊施設建設中止、Airbnbなどの短期貸し出し住宅の規制
市内の観光バスルートの再編など観光地の分散化
入域規制(特定施設の観光客数の制限)や宿泊税導入
主要観光地での観光客向けマナー啓発キャンペーン など
②ヴェネツィア(イタリア)
毎年約2,000万人以上の観光客が訪れるヴェネツィアでは、クルーズ船による大量の観光客が街のインフラや運河に負担をかけています。
また、観光客による環境破壊やゴミの増加なども問題となっています。
対策として2024年4月に試験導入した旧市街への入場料5ユーロについては、徴収総額が予想の3倍に上ったものの、人の流れは例年とほぼ同等であり、来年からは10ユーロまで値上げが検討されています。
■オーバーツーリズム対策
観光税の導入(5ユーロ)
クルーズ船の運河進入禁止と港湾外への誘導
旧市街や近隣島々を訪問するツアーグループの人数制限(25人まで)など
③マチュ・ピチュ(ペルー)
年間150万人以上が訪れる世界遺産マチュ・ピチュでは、観光客の増加により遺跡の保存状態が悪化しています。さらに、周辺の環境破壊や観光客輸送のためのインフラ建設が課題となっています。
■オーバーツーリズム対策
一日の入場者数を4,500人までに制限
チケットの事前購入制と時間帯ごとの入場管理(遺跡内滞在時間も制限)
ガイド同伴、トレッキングルートや周辺環境の保護プログラム実施 など
(4)オーバーツーリズムの国内事例(課題と対策)
次に、日本国内におけるオーバーツーリズム事例を見ていきます。
①京都
観光客が集中する嵐山や清水寺周辺では、観光バスやタクシーの渋滞が発生し、地元住民の生活に影響を及ぼしています。
また、マナーの悪い観光客によるゴミのポイ捨てや、私有地への立ち入りなども問題となっています。
■オーバーツーリズム対策
宿泊税の導入(2万円未満は200円、2万円~5万円は500円、5万円以上は1,000円が課税)※ただし、有識者などでつくる検討委員会は、税額を引き上げるよう市に答申している状況
手ぶら観光の推進(例:臨時手荷物預かり所の開設)
市バス輸送力の再配分・増強、“観光特急バス”の導入 など
例えば、人気観光地にのみ停車する“観光特急バス”は、市バスの運賃のおよそ2倍の価格帯(大人一律500円)で観光客をターゲットとした輸送手段として利用されています。
②富士山
世界遺産登録後、国内外からの観光客が急増。特に登山道の混雑やゴミ問題が顕著で、自然環境への影響が懸念されています。
■オーバーツーリズム対策
1日の登山者数の制限(上限4,000人)
2,000円の通行料徴収
登山者数の管理や安全対策の情報発信強化 など
③鎌倉
京都市の観光密度の10倍にもなる超過密観光地とも言われており、観光客の急増により、週末や祝日に市内の道路が渋滞し、住民の移動が困難になる事態が発生しています。
■オーバーツーリズム対策
マイカー規制(バス利用推進、パーク&ライドの推進)
分散型観光のため、「鎌倉フリー観光手形」の導入
マナー違反に対する条例制定(迷惑行為等の定義付けを行うが、罰則規定はない)など
(5)日本のオーバーツーリズム対策~テクノロジーの活用も視野に~
オーバーツーリズムは観光業界にとって避けられない課題ですが、テクノロジーの進化や新たな施策の導入によって、より効果的な対策が可能になります。海外や国内の事例を参考にしつつ、持続可能な観光地運営を実現するために考えられる今後の対策を以下に提案します。
①宿泊税・観光税の導入
観光税や宿泊税の導入は、観光地の保全や地域活性化のための重要な財源となります。観光客が増えるほど、環境負荷やインフラへの負担が増大する一方で、これを支えるための資金が不足する地域も少なくありません。税収を地域の環境整備や住民サービスの向上に充てることで、観光客と地域住民の両方が恩恵を受ける仕組みが構築できます。
具体的には、得られた収益を交通インフラやゴミ処理施設の整備、観光マナー啓発キャンペーンに活用する取組みが考えられます。
■宿泊税については以下の記事をご覧ください
②地域内通貨(ローカル・トークン)の活用
地域内通貨は、観光収益を地域内で循環させ、経済効果を最大化する仕組みです。観光客に地域内限定で使える電子トークンを提供することで、地元の飲食店や土産物店などでの消費を促進します。
この仕組みは特に、地方観光地で効果を発揮します。
観光客が地元でしか使えないトークンを持つことで、地域の飲食や文化体験、地元特産品の購入が促され、観光の恩恵が地元住民にも届く仕組みが整います。さらに、電子通貨のトランザクションを通じて観光客の消費行動を可視化することで、地域の観光戦略をデータに基づいて最適化できます。
③AIによる観光客動線管理とダイナミックプライシング
AIの進化を活用した観光客動線の管理は、混雑緩和と観光満足度の向上に寄与します。観光地内の混雑状況をリアルタイムでモニタリングし、混雑を避けるルートや訪問タイミングを提案することで、観光客を効率的に分散させることが可能です。例えば、専用アプリを利用して、観光客に混雑予測情報や空いている観光スポットを通知する仕組みが考えられます。
また、ダイナミックプライシングを導入し、訪問時期や時間帯に応じて入場料を変動させることで、ピーク時の混雑を抑え、オフピーク時の利用を促進できます。
さらに、AIが観光客の行動データを解析することで、観光施設の運営効率化や新たな観光商品の開発などへもつながります。
(6)まとめ
オーバーツーリズムは観光業界にとって避けられない課題ですが、適切な対策とテクノロジーの活用によって、観光地の持続可能性を高めることが可能です。地域住民、観光客、そして観光業界の全てが共存し、満足できる観光の未来を目指し、引き続き多様なアプローチを模索することが求められます。
■オーバーツーリズムに関連した書籍
国内外事例が丁寧にまとめられている良書でした。自治体担当者など、オーバーツーリズム対策に関心があるかたは、おすすめです。
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