インバウンド(訪日外国人旅行者)と日本観光の未来〜②宿泊税の導入と一覧〜
本連載では、訪日外国人旅行者(インバウンド)の需要拡大を背景に、日本観光業の未来について考察します。
本記事では、近年注目される「宿泊税」を取り上げ、その意義や課題、そして可能性について掘り下げます。
(1)はじめに
訪日外国人旅行者は、日本観光業をけん引する重要な存在です。
2019年には約3,188万人の外国人観光客が訪れ、観光消費額は4.8兆円に達しました。しかし、急増する観光客による観光地のインフラ負担や宿泊料金の高騰といった課題が明らかになりつつあります。
こうした課題への対応策として「宿泊税」が注目されています。
この税金は、観光地の環境保全やインフラ整備、地域経済の振興を目的に導入されるものです。ただし、宿泊税導入が成功するためには、適切な税率設定や透明性の高い税収活用、そして観光客の理解を得る工夫も必要です。
(2)宿泊税とは?
宿泊税は、ホテルや旅館、民泊施設などの宿泊料金に課される税金であり、観光地の持続可能な運営を支える重要な財源です。
①宿泊税の主な目的
観光地の環境保全
ゴミ処理や自然保護、文化財修復を通じて地域への負担軽減を図る。インフラ整備
観光客増加による交通網や施設整備の財源を確保。地域経済の振興
地元ビジネスの支援や住民サービスの充実を通じて、地域全体への観光効果を波及させる。
②宿泊税の課税対象
宿泊税は、観光客、ビジネス客、国内客・外国客問わず、宿泊施設での1泊あたりの利用料金等に基づいて課税されます。
課税対象には、以下のような施設が含まれることが一般的です;
ホテル、旅館
民泊施設(Airbnbなど)
リゾート施設
③宿泊税の税率と徴収
税率は各自治体で設定され、特別徴収の方法により納付されます。
(3)宿泊税の国内外の事例と国内導入地域一覧
国内では、京都市や東京都、金沢市などが宿泊税を導入し、インフラ整備や地域振興に活用しています。一方、海外では、パリやローマなどの主要都市が観光資源保護やインフラ整備を目的に宿泊税を活用しています。
①国内の宿泊税の事例
京都市(2018年~導入):
宿泊料金に応じて1泊あたり200円〜1,000円を課税。
税収は観光地のインフラ整備や観光案内所の運営、環境保護に活用されています。訪日外国人旅行者が多い京都では、観光地のオーバーツーリズム対策としても期待されています。
東京都(2002年~導入):
宿泊料金が10,000円以上の場合に課税され、1泊あたり100円〜200円の課税。観光プロモーションや国際イベントの支援、地域観光の振興に使用されています。
金沢市(2019年~導入):
宿泊料金に応じて1人1泊あたり200円〜500円を課税。税収は観光地の整備や地域振興、観光資源の保護に充てられています。
※2024年10月から宿泊税制度を変更し、5,000円の免税点を設定。これにより1人1泊5,000円未満(税抜き)の宿泊の場合、宿泊税は免除される。
②海外の宿泊税の事例
ローマ(イタリア):
ホテルのランクに応じて1泊あたり4〜10ユーロ(約600円〜1,500円)を課税。税収は都市の観光資源の整備や環境保護に活用されています。パリ(フランス):
ホテルのランクに応じて1泊あたり1〜15ユーロ(約150円〜2,500円)を課税。2024年のパリオリンピックに向けた公共インフラ整備や都市観光の促進を目的とし、2024年1月からこの宿泊税が最大で200%引き上げられています。
③国内宿泊税導入地域一覧
一休.comに掲載されている宿泊税の情報をもとに(2024年7月26日時点の課税対象地域)、国内宿泊税導入地域を一覧化しました。
数百円程度の導入事例が多いようですが、昨今の需給アンバランスを踏まえると、金額の増額等も含め検討が進むと思われます。
(4)宿泊料金の高騰と地域間格差
観光地の需要が供給を大幅に上回る地域では、宿泊料金の異常な高騰が発生しています。特に、人気観光地での宿泊費の過熱は顕著です。
京都市の事例:
京都では観光シーズン中に、通常料金の数倍以上で販売されるホテルもあります。京都市観光協会データ月報(2024年10月)によると、平均宿泊単価はコロナ前の+36%となっており、その単価は毎月上がり続けています。
※ただし、米国ドル建てベースでは減少しており、この点はまた別の記事で解説したいと思います。
一方、観光都市以外の地域では宿泊需要が低迷しており、地域間の格差が拡大している点が課題として挙げられます。
(5)宿泊税導入で観光客が減少するのか?
宿泊税は、観光客にとって宿泊費を引き上げる要因となるため、訪問意欲を低下させる可能性が指摘されています。
■懸念:宿泊税が訪問コストを引き上げ、観光客が減少する?
宿泊税の導入により、観光客の宿泊費用が増加することは事実です。
特に、以下の要因が観光客数に影響を与える可能性があります。
価格競争力の低下:宿泊税によって他の観光地と比較した際にコスト高と見なされる
観光の手軽さへの影響:一部の旅行者、特に若年層やバックパッカーなどにとっては、少額でも相対的に費用増加が旅行計画へ影響する可能性がある
これにより、一部の価格に敏感な観光客が減少する可能性があります。
■実際の事例:観光客減少への影響は限定的
しかし、世界の宿泊税導入事例を見ても、大幅な観光客減少が起きた例は少なく、むしろ適切に運用すれば観光地の価値向上に繋がると考えます。
フランス(パリ)、イタリア各地:宿泊税導入後も観光客数は増加傾向を維持しており、観光収益も拡大。観光客減少はほとんど見られない。
日本(京都市):2018年に宿泊税を導入した後も、外国人観光客数は着実に増加(コロナ後も堅調に増加)。
これらの事例は、宿泊税導入そのものが観光客数に直接的な悪影響を与える訳ではないことを示しています。
■宿泊税が与えるポジティブな影響
宿泊税導入が適切に活用される場合、観光客の満足度や訪問意欲を高める可能性があります。
観光地の魅力向上
税収をインフラ整備や文化財保護、環境保護に充当することで、観光地全体の魅力を高めます。これにより、観光客は「訪れる価値」を見出しやすくなります。観光体験の質の向上
混雑緩和やゴミ問題の解決、観光案内所の充実など、観光体験が改善されることで、リピーターを増やす効果が期待されます。高品質観光の推進
宿泊税によるコスト増が、節約志向の旅行者を減少させ、消費意欲の高い旅行者を呼び込む可能性があります。
■宿泊税導入による観光客減少を防ぐために
宿泊税導入による観光客減少を最小限に抑えるためには、以下の対策が重要です。
税率の適正化:税率を地域特性や観光需要に応じて設定し、観光客が過度な負担を感じないようにすること。
税収の透明な活用:税収が観光地の魅力向上に使われていることを広く周知し、観光客に納得感を与えること。
■結論
宿泊税の導入そのものが観光客減少を引き起こす訳ではありません。
むしろ、適切な税率設定と透明性の高い運用によって、観光地の持続可能性を高め、観光客の満足度を向上させることが可能です。
観光業界、自治体、地域住民が協力し、税収を観光地全体の価値向上に活用することが成功の鍵となるでしょう。
(6)宿泊数不足を補うための新たなイノベーション
宿泊税だけでは、価格高騰や宿泊数不足の根本的な解決には至りません。
そのため、宿泊数不足を補うたに、次のようなイノベーションも必要です。
①宿泊施設の効率的利用
AIやIoTなどの先端テクノロジーを活用し、観光需要に応じた宿泊施設の稼働率を最適化する取り組みが求められます。例えば、シーズンごとの需要予測をAIで分析し、宿泊施設の価格調整や空き室の効率的な配分を可能にします。また、短期間の貸し出しや共同利用の促進によって、新たな収益源を確保することができます。
②移動型宿泊手段の活用
宿泊費高騰を避ける選択肢として、夜行バスを利用する旅行スタイルや、移動型宿泊(例えば観光地周辺を巡るクルーズバスや寝台列車)が注目されています。これらは宿泊費を節約するだけでなく、移動時間を観光の一部として楽しむ新たな体験を提供します。
事例:
夜行バスを利用する観光客やビジネス客も増加しておりホテル代高騰という課題解決の手段として期待されます(出典: Yahoo!ニュース)。
③遊休不動産の宿泊施設化
特に、地方の空き家や遊休不動産を活用して、簡易宿泊施設やゲストハウスに転用する取り組みが注目されています。これにより、地域の観光需要を取り込むだけでなく、過疎化や空き家問題の解決にも寄与します。
(7)まとめ
宿泊税は、観光業を持続可能に発展させるための重要な手段です。ただし、成功には税収の透明性を高め、新たなイノベーションと組み合わせて観光地の課題を包括的に解決するアプローチが求められます。
今後、日本の観光地がこれらの施策をどのように実践し、観光業全体の価値を向上させていくのかが注目されます。
改めて、集めた宿泊税をどのように透明性を持って効果的に投資できるか。
この点を肝に銘じて制度設計を行うことが、地域観光のサステイナビリティの向上にとって重要です。
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