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星のように瞬いた〈電話越しの痛み〉短編小説

「あのさ、俺と別れて欲しいんだ」


家でのんびりとしていた休日の朝、かかってきた電話の声は腹立たしいくらいにさっぱりとした口調で言った。

少し待ってねと告げ、マイク付きのイヤホンを接続させる。もしもし?もういいよ。その声に返ってきたのは先程よりもほんの少しだけざらついているように聞こえた。


─それで………さっきも言ったけど別れたいんだ。

「………どうして?」

─他に好きな人ができたんだ。

「ああいや、そうじゃなくて。どうして電話なの?」

─え?

「理由は分かった。まぁ、あなたが別れたいと思った時点で理由があろうがなかろうが、それは変わらないからどうでも………いいって訳じゃないけどそれは分かった」

─うん。

「私はどうしてその話を電話でしてるのかって聞いてるの」


別れ話なんてものは直接会おうが電話だろうが、変わらないのかもしれない。けれど少なくとも私は相手の顔を見ずに終える事は不誠実だと感じる。どんな理由であれ一つの関係を終わらせるのだ、その罪悪感や苦しみを片側だけに押し付ける事に怒りを感じる。こんな性格だから振られるのだろうか。けれども仕方ない。私にとって大事な事であり、相手だって三年も付き合っていれば分かっているだろうに。


彼は何も答えない。向こう側で言おうとしてはたち消える言葉が目の前に見えるようだった。片耳に突っ込んだイヤホンから聞こえるガチャガチャとした複数の足音や話し声がひどく神経に触り反射的に電話を切りたくなる。

「今外にいるの?」

─え、うん。そうだけど………

「このあと用事は?」

─ない………けど。

「じゃあうちにおいでよ。それで改めて話聞いて、おしまい」

─………分かった。一時間位で行けると思う。着いたら連絡する。


"おしまい"という言葉に安堵したのか、不安げだった声が少しだけはっきりとしたものになっていて、それはそれで苛立ちが募る。通話終了をタップしてイヤホンを外すと深い溜め息と抉るような頭痛がやって来る。暫く電話していた時の体勢のままぼんやりとした後に、スマホを取り上げ一枚の写真を表示させる。そこには仲睦まじく寄り添う彼と私の勤める会社の後輩が映し出されていた。


"他に好きな人ができたんだ"


先程の答えが何度も再生される。

何度も何度も再生される。


「他に"も"好きな人ができた、でしょうが」


自分でも驚くほどに冷たい声が口から溢れた。


話した人間に、内緒だよと念を押していても、SNSで見ることのできる人間を制限していても、それは秘密にはならない。秘密とは心の中に留めている間だけのものだ。

現に浮気の事実をご丁寧に写真付きでアップロードした限定公開のアカウントの内容を私は知っている。見ることができるということは、第三者が知っていることになる。その第三者が私と知り合いだとは、考えなかったのだろうか。


「馬鹿な人たち………」


これから終わるのは私とあなたの関係だけではない。他の友人や会社の人間関係も終わるのだ。そこまでして選び合った二人は最後まで寄り添えるのだろうか。おそらくは無理であろう。そもそもスタートが歪んでいるのだから、何度でも同じことを繰り返すだろう。


時計を見ると男が来るまでにはまだ時間があった。画像が表示されたままの画面を切り替え、美容室に連絡する。伸ばしていた髪をばっさりと切ってしまおうと考えていた。何もかもが煩わしく何もかもを捨ててしまいたかった。そうでもしなければ、あまりにも、あまりにも。


この先の未来が今よりはまともであればいいと願いながら窓越しに見た世界は、光に溢れあまりにも美しかった。




23/6/11:修正

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