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短編ミステリー>黒猫満腹堂

「はふはふはふはふ。」


「ふはは。アラレは本当に猫舌だよなぁ。ってかまあ猫だけど。それにしてもそのはふはふ、いつも思ってたけど、なんかおもろ。」


「…うるさいよアポロ。少しだけでも冷ましてから持って来てくれればよかったのに。」


身長2メートルもあるような、大きな大きな喋る猫がいるわけないって?


いいえ。

この【黒猫満腹堂くろねこまんぷくどう】には、二足歩行で歩いたり、喋ったり、鼻の頭に汗をかきながら、溶岩のように熱いラーメンを、はふはふはふはふして食べたりする、大きな大きな黒猫がいるんですよ。黒猫と言っても、右の口の周りと尻尾の先だけは白いんですけどね。


そんな猫の彼に、『アラレ』という名前をつけて、アラレがまだ掌の上に乗るくらい小さな小さな頃から大切に育ててきたのは、あの『アポロ』と言う名の少年です。

アポロはちょっとした理由があって友達が一人もいませんでしたから、ざんざんぶりのあの雨の日にアラレを拾ってから、アラレだけが友達だったのです。
悲しい時も嬉しい時も寒い夜も暑い朝もずっとずっと一緒に過ごしてきた親友であり、唯一の家族でした。
ちょっとした理由があって、アポロに家族はいないし、彼は永遠に少年のままだってことも、一応、付け加えて話しておきましょう。


「う、うわあ。新作の激辛旨めやしラーメン、お、美味しすぎるよ…!アフロディテすごい!傑作!なんていうのかな、こう、つるつるでもちもちの麺に”めやし”が絡んで、さらにとろとろのスープがそれに絡んで、噛むたびに旨味のつまった汁が口の中いっぱいに溢れてきて…こんなラーメン、ボ、ボク食べたことないよ。」


アラレがそう言うと、厨房の奥でにっこり微笑んだのは、『アフロディテ』という女の子。小さな彼女の上半身ほどもあるような、大きな骨切り包丁を左手に持って、顔を赤く染めて…というか、艶々の白い前髪が長すぎてよく見えはしませんが、きっと顔を赤く染めて微笑んでいると思いますよ。

彼女はとってもシャイでピュアなハートの持ち主ですから。

そして言葉を話せないから、いつもにっこり微笑んで優しくそこに居てくれる。

そんなアフロディテはこの【黒猫満腹堂】の唯一無二の調理師です。



という訳でざっと説明させていただきましたが。
この小さな、植物園のような中華屋さんのような奇妙なお店は、少年少女2人と一匹の猫で経営しているのです。


味は第一級品。


是非一度は味わってみて欲しい………。








え?私は誰か、って?


いやはや、なんとも情けない話なのですが…。




私は、この店の【食材】にされてしまった者でしてね。




まあ私もそこそこ名の通る紳士だったわけですがねぇ。
あの時雨宿りのために入ったレストランでなんとも香しい匂いが鼻腔をついて………。思い出すだけで今でも………。

じゅる。



いやそんなことはどうでもいいのです。
それ以来、幽霊…とでもいうのでしょうか。に、なってしまいましてね。はは。それ以来ずっと、このお店を見守っているのですよ。

殺されたのに恨みはないのか、って…?

ふふ。

そんなものは、このお店を見ている内に消えてしまいました。

実は………。



私もかつては(人殺し)でしてね。

連続殺人鬼だったわけです。
まあ少年や青年………367人ほど殺しましたかねぇ。
どうも几帳面な性格ですから、そこらへんはきちんと覚えているんですよ。


いや、いやはや、そんなこともどうでもいいでしょう。
あの日私の身に起きたことは、ずっとずっと奇妙なんでしたから。



あの時、レストランの中に入った私は、導くように書かれている矢印の通り奥の個室に入りました。

そしたらば客席に、

「汚れたお召し物がございましたら、洗いますので、脱いで下の籠の中に入れて下さい。例えば雨に濡れたシャツやズボンなどは全て食後までに綺麗にしておきます。」

という札が立ててありました。

私は雨に濡れ、下着までびしょ濡れでしたから、なんて親切なレストランなのだろうと感心し、着ているものを全て脱ぎ、籠の中に入れ、ウエイトレスが来るのを待ちました。

するとしばらくして、カラカラと音が聞こえてきて、ドアの前で止まり、

「ご注文は?」

という若い女性の声がしたので、

「メニューがないのだが。…この店のおススメの料理を一つお願いしたい。」

と答えました。
女性は、

「かしこまりました。ではこの上に洋服の入った籠を乗せて下さい。」

と言い、ドアがガチャリと開いて、トローリーだけが入って来て、籠を乗せるとまた、カラカラという音が遠ざかって行って、20分ほど後、またカラカラ、という音がドアの前で止まり、ガチャリとドアが開いて、金色のトローリーだけが中に入ってきました。

「どうぞ、お取りください。【しんせん■にく、きせつの■だものめやしのせです」

ところどころ聞き取れなかったが、舌足らずの女の子の声でたしかにそう言ったと思います。
そして、なるほど、女性ならば、男性の裸を見るわけにはいかないので、入ってこないのだな、と思いました。

それにしても、それはそれは胃の腑を強烈に刺激するような香しい匂いが部屋いっぱいに充満しましてですね。口の中が涎でいっぱいになって、私はすぐに金色のトレンチから皿をとり、テーブルへ運びました。

大きな肉に赤いソースがかかっており、目の玉に似たゼリーと色とりどりの野菜が美しく添えられていました。

見た目もとても芸術的で美しい。

その時の私の目は爛々としていたことでしょう。

すかさずナイフとフォークを手にし、その肉を頬張りました。

その時の、あの一口噛んだ時の味といったら………。

あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!


これは、これはですね、本当に、いけない。良くない。だめなんですよ。
思い出しては、決して思い出してはいけない味なんです。

はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ!







すみません、少し取り乱してしまいましたね。







そういうことで、お判りいただけたでしょうから。






満腹になった私は、少し暑いくらいの部屋の中でしたので、気持ちよくなってしまって。そのまま、眠ってしまったのです。



そして目が覚めたら、目に入って来たのは、光、でした。

私はいつも《やる側》でしたから、すぐに自分がどういう状況なのかわかりました。

台の上に寝かされ、縛られた状態であること。

このあと何が自分の身に起きるのか、と言うこと。

悟ると共に首を横へ動かすと、長い白髪が目に入りました。
大きな大きな骨切包丁をダンダン、ダンダン、と振り下ろしているその者は、水色のワンピースに白いタイツ姿で背も小さく、私には少女に見えました。

その娘はまず、

私の身体に片栗粉を振って、卵を塗って、パン粉をつけていきました。

それから、

骨切包丁を振り上げて、私の頭を切断しようとした時、彼女に言われたんですよ。







【しょくざいだ】







とね。







その言葉が頭の中に聞こえてきたとき、
私は、








【食材】ではなく、







【贖罪】なのだ、と、悟りました。











そんなこんなで私はあちこちをバラバラに切られ、フライにされ、お客に食べられたということです。




あれから34年ほど経ちますか。

私は永遠にこの空腹と、あの美味そうな料理との狭間で、死にながら生きているんですよ。まったく、これ以上の拷問はありませんね。


しかしながら、あの二人と…一匹を憎む気にもなれず…。


ああよろしければ、一緒にどうですか?
何故かあなたにも、 ”見えてしまった” んでしょう?

なら是非一緒に、見ていきませんか?

この不思議な食堂を。

私も話し相手ができるとは思っていませんでしたから、とっても嬉しいんですよ。






「これで新メニューも決まったね。【激辛旨めやしラーメン】!アフロディテ、キミは天才だよー。いい子いい子。」


アポロに頭を撫でられ、アフロディテは微笑んだ。
それと同時に、アフロディテがしている桃色のブレスレットが一瞬発光したように見えた。


「さあ一晩ゆっくり寝て、明日の開店に備えよ!諸君!あ、アラレは今日食器洗い当番だからね。泡嫌がんないで綺麗に洗ってから寝るんだよ?」

「げ。嫌だな。泡………。」

「じゃあ、おやすみー。」

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