#105. ネットに出ている洋楽の和訳について
何回か前からひっそり告知しているが、数週間前に、洋楽の和訳動画をあげる YouTube チャンネルを開設した。
この note でも、これまでブログ記事形式で歌詞の和訳をあげてきて、いちばん人気のものが、レディーガガ(Lady Gaga)とアリアナ・グランデ(Ariana Grande)の Rain On Me:
これが、11 月 2 日の時点で閲覧数が 10 万ちょっと。
YouTube でも note でも、見られることによってぼくに入る収益は一銭もない。
それでも元々 note に和訳をあげようと思った理由の一つは、「ネットに出ている和訳があまりにヒドい」ということだった。
だから、自分がより妥当な和訳をあげてそれを検索のトップに表示させることで、そういった誤訳に多くの人がだまされるのを阻止できればなと思ったのである。
最近はこの note をあまり更新しなくなってしまったので若干検索時のランキングは落ちたかもしれないが( Google の検索ランキングはサイトの更新頻度も加味しているらしい)、これまで和訳を上げた曲たちは、だいたいの場合 Google のトップに表示されていた。
「ならもう目標達成じゃない?」と思われたかもしれないが、これがそうとも言えない。そう、YouTube に目を向けなければならないのである。
ためしに Rain On Me の和訳を YouTube で調べてみると、トップに出てくる動画の再生回数は 59 万とある。なるほど、いまは和訳を調べようと人が出向く先は Google よりも YouTube らしい(同じ会社だけど)。
しかし、ググって出てくる和訳サイトと同じで、結局この YouTube に出ている訳も、同じくらいヒドい。
「ヒドい」というのは、「訳がつたない」とかそういうレベルではなくて、そもそも「意味を取り違えている」、あるいは「意味を取れていない」(たぶん本人もなにを言っているのかわかっていない)ということである。
だから、この note でやってきたぼくの和訳活動も、おかしな訳を撲滅せんと真に願うなら、そろそろ主戦場を YouTube に移すべきだと考えた。
◇
ただ、「ネットの訳は誤訳がほとんどなんですよ」と言ってもあまり信用してもらえないため、
今日は、ぼくが先日和訳動画を出したエド・シーラン(Ed Sheeran)の Overpass Graffiti 、これの公式和訳動画がさきほど出たので、公式の訳とぼくの拙訳、そして Google と YouTube で検索して上位に出てくる訳を比べてみることにしよう。
↑ 原曲。まず、前提として、この曲はエド本人が経験した恋人との別れについて歌ったものである。
1.
まず、別れたことに対して、相手が友だちから励まされている場面の歌詞:
"a cause for celebration" は直訳すると「祝いの原因」だが、これで「祝いの名目,うれしい知らせ」という意味になる。
三行目の "Hip hip hooray" というのは日本語でいう「万歳」の掛け声。
そして最後の "love" は、親しい人に対して呼びかけるときに使う「きみ」とか「あなた」というような言葉。
これをふまえて、この箇所についての ① 公式の訳、② ぼくの訳(拙訳)、③ YouTube でトップに出てくる訳、の 3 つを比べてみよう。
まずは、公式と拙訳:
友だちの漢字や、セリフを鍵カッコにくくるかなど、表記にわずかな差はあるものの、意味に大きな違いはない。
では続いて、YouTube でトップに出てくる訳を見てみよう:
...... ラ、ラブ万歳?( ...... とは?)
「これが祝い事の理由だ」も友だちの言葉として不自然だし、なんといっても呼びかけ語の love の意味がまったく取れていない。なに「ラブ万歳」って。楽しんごじゃないんだから( ...... それは「ラブ注入」か)。
気を取り直して、Google でトップに出てくる和訳サイトがどう訳しているかも見てみよう:
やはり love を「愛」と訳しているので誤り。「愛の為の万歳三唱」って、この友だちは『愛の讃歌』でも歌っているのだろうか。
呼びかけの love なんて、生の英語にすこしでも触れてればふつうに出遭うだろうし、まして曲の中ではかなりの頻度で出てくるのに、それも知らない人が洋楽の和訳を量産しているというのは、まったく恐ろしい話だなあ ......
間違ってはいないが、「お祝いのための正当な理由」等、やはり日本語が不自然な印象。
この辺りは好みや訳者の正義にもよるが、個人的には、歌詞は一種の芸術作品なので、和訳したときにも日本語としてある程度の美しさを保っている方がいいと思う。日本語の曲で「これはお祝いのための正当な理由」なんて歌詞、絶対出てこないじゃないですか。
「あんた」というのも、日本語で聞くと、なんとなくおばちゃん感が出てしまうので、ぼくならチョイスしない。
やはりこの love に関しては、公式と拙訳がそうしたように、(文脈的に自然な日本語を見つけるのが困難なので)あえてそこは訳に入れない、というのが最適解であるように感じる。
2.
続いて、ふたりの写真を見ながら淋しく思いにふけっている場面の歌詞:
この still は「静かな,しんとした」という意味の形容詞。
barely は文脈次第で「かろうじて~できる(+)」にも「ほとんど~できない(−)」にもなる曲者だが、ここでは文脈的に明らかにマイナスの意味で訳すのが妥当。
公式と拙訳は以下の通り:
しかし、検索トップに出てくる訳は、もれなく still を「まだ」という意味の副詞で取ってしまっており、また barely も「ぎりぎり~できる」とプラスの方で取っている。
still が「まだ,いまでも」という意味の副詞なら直前に so がつくはずがないのだが、その辺りかなりテキトーにやっているのだろう。
3.
次に、別れてからも彼女のことが忘れられず、忘れかけた瞬間に彼女の影(ここでいう ghost )がチラついてしまうことを歌った以下の部分:
まずは公式と拙訳:
続いて YouTube の訳:
(「感じれた」が、ら抜き言葉であるのはさておき)「何回か感じられた」はそもそも時制を過去で取ってしまっているし(「いまでも感じる」っていう話なのに)、「感じられた」ということは、それが良いことであるように取っているが、文脈的にそんなわけがない。
...... ゆ、幽霊?あれ、そういう話でしたっけ?
「君のゴースト」はなかなかのパワーワードである。きっと訳に苦心したのだろう(個人的には公式が「霊」としたのもけっこう意外だった。日本語としては「影」がいちばん自然だと思ったので)。
そしてやはり「感じられる」と、相手の影がチラつくことをポジティブに捉えてしまっている感がある。
ただ、決定的な誤訳はむしろ二行目。「まさに君を手放そうとしているときだけ」...... いや「だけ」ではない。"just when"(~するときにかぎって)と "only when"(~するときだけ)は違う。「傘を持っていないときにかぎって雨が降る」からといって「傘を持っていないときだけ雨が降る」とは言えないだろう。
4.
それではいよいよサビを見てみよう:
別れた相手に、意味がないとわかっていながら「これからもきみを愛しつづけるよ」と伝える歌詞。関係が終わったとしても、ふたりの記憶は(高架橋の下に書かれた落書きのように)褪せて消えることはない、そういうことが歌われている。
また ⑸ の "You were the first full stop love" というのは、ぼくもはじめどういう意味か不確かだったので同僚のアメリカ人に聞いてみたところ、「たぶん『はじめて本気で愛した人』という意味だろう」と言われたのでそのように訳した。公式の訳は以下の通り:
意外だったのは、最初の "for what it's worth"(こんなことを言っても意味があるかわからないが)という部分を、公式はまったく訳に入れなかったことだ。ぼくもここはどう訳すべきか苦戦したが、さすがにまるっきり省くという離れ業は公式にしかできない。
それから、⑹ "you will never be lost on me" の you の訳が「きみのありがたみ」 となっていて、文脈を考慮してか大胆な付け足しがなされた。これもやはり、ぼくは再現できなかった。
では、検索上位に出てくる訳はどのようになっているだろう:
⑸「初めての終止符」ってなんだろう。後ろに「いつまでも離れない愛」とあるのを見るに、たぶんこの人は "You were the first full stop" で文が終わっていて、その後に "love that will never leave" という名詞がポツンと来ていると解釈しているが、これは "the first full stop love" までがかたまりで、そこに関係代名詞節の "that will never leave" がかかっている形なので、文をしっかり読めていない。
そして、⑹「君は絶対僕を失わないよ」も本来の意味とはかなりかけ離れた誤訳だろう。「君が僕を失わない」のではなく「僕が君(の記憶やありがたみ)を失わない」のである。別れた相手から「君は絶対僕を失わないよ」なんて言われたらそんなの恐怖でしかない。
なおこの動画の投稿主は、この和訳のサムネイルを、男女がピッタリ寄り添っている写真にしているので、ほぼ間違いなくこの曲が別れについて歌ったものであるということすらわかっていない。さすがにそれくらい調べてから訳すべきだろうに ......
このサイトの訳者も、この曲がすでに終わっている関係について歌ったものだとは思っていないだろう。⑵「僕達は陸橋の落書きの様に永遠に残る存在」という訳でわかる。ていうか落書きは永遠に残らないでしょうよ ……
⑶「時が経てば、君が僕達への思いが変わるかもしれないけど」は日本語が変。
⑷「僕は僕達の生き方を覚えてる」って、急になんの話なんだ。
やはり ⑸「君は最初の終着点だったんだ」は意味がわからないし(というかやはり文を正しく取れていないし)、
最後の ⑹「僕は決して私を見失わないよ」に関しては、意味不明過ぎて哲学問答みたいだ(さっきまでの「君」はどこに行ったの?僕が決して忘れない「私」ってだれ?)。
⑹「君は僕の中で決して迷子にならない」ってどういうこと?訳している本人も、確実に意味はわかっていないだろう。
③ ④ ⑤ の全員に共通することだと思うのだが、こういう「よくわからない部分」を(自分でも)よくわからないままで訳して公に出すのは本当によくない。訳したものが、結果として大勢の目に触れて、それを見た人が「へ~こういう歌なんだあ」と、その訳を通して思ってしまうのだから。
偉大なアーティストの曲が、自分のつたない訳によって、変な風に取られたり誤って解釈されてしまうことの危うさや(アーティストに対する)敬意の無さを、こういう人たちはしっかり自覚しているのだろうか。
◇
以上、一つの曲の一番を見ただけでもこのようなありさまだった。ネットに出ている和訳のクオリティについて、わかっていただけただろうか。
この曲だけがたまたま誤訳だらけだったのではなく、どんな曲でも(訳している人の英語力が総じて低いので)おおむね同じクオリティだと思っていい。中にはもっともっとヒドいのもある。
どうしてこんなしっちゃかめっちゃかな訳が横行するのかと以前考えたのだが、結局和訳サイトや動画を見ている人というのは、自分では英語が理解できない(と思っている)人なので、誤訳があってもそれに気づかないのだろう。
(ということは、知らぬ間にまったく違う意味で曲をとらえてしまう可能性があるということで、それはとても恐ろしい)
そして誤訳があると気づけるほどの英語力のある人は、そもそも和訳サイトや動画を見ない。だから、誤訳が正されることのないまま蔓延してしまうのだろう。
ちなみに Google 検索でヒットした和訳サイト、一つは「この世界に沢山ある素敵な曲を色んな人に知って欲しい」という願いからはじめたと書いてあった。その志は素晴らしいし、ぼくも大いに賛同する。
ただ、そういうことならなおさら、まず自分自身で意味を理解できるようになってから記事を出すべきだ。
またもう一つのサイトは、なんとサイト名が「英語を学べる洋楽和訳ブログ」で、サブタイトルは「歌詞に忠実であれ」とのこと。
運営者本人の訳が間違っていたら当然そこから英語など学べない(というか学ぶべきではない)し、「歌詞に忠実であれ」に関しては、その言葉をそのまま自分に言い聞かせていた方がいい。
和訳はとても難しいし、わからないところがあるのは、外国語なので当然だろう。しかし、わからなければ懸命に調べて、それでもまだなおわからなければ、もっと英語ができる人か、(今回ぼくがそうしたように)ネイティヴに聞いてみるしかない。
こういったプロセスを経ずに、「なんかよくわからんとこチョイチョイあったけど、早い方が閲覧数/再生回数も稼げるからもう出しちゃえ!」みたいなのが多すぎる。
また多くの訳者が、自分の誤訳を指摘されることを恐れてか、「意訳です」とか「意訳含みます」という注意書きを付しているのだが、
「意訳」というのは「原文の全体の意味をしっかりとらえた上で、直訳すると日本語として不自然になったりしてしまう箇所の表現を柔軟に変える」ということで、決して「よくわからないところを、なんとなくテキトーにニュアンスで訳す」ということではない。
「個人の意訳なので、誤訳の指摘はやめてください」というのもよく見るが、明らかな誤訳があれば指摘は受け入れるべきだろう。その訳を見て、多くの人が、その曲の印象を決めてしまうわけだから。
ぼく自身、訳して動画を出してから、あとで「あ~、ここはこうするべきだった」とか「そうか、こういう意味だったな」と気づくこともある。note なら記事を編集できるが、YouTube ではできないので、ぼくはそういった場合は、固定コメントに訂正を書き加えている。
◇
今後は、曲の和訳に関しては、こちらではなく YouTube の方をメインに動画をアップしていき、制作の背景や註釈など説明が多く必要なものだけ、こちらで記事を書くというスタイルにしたいと思います。
和訳を見ていてくださった方は、チャンネル登録をしてくださると幸いです。これだけ書いてきましたが、ぼくにも当然誤訳の可能性があることは自覚しています。ぼくはわからないところがあれば、ネイティヴの同僚や友人に確認するなどして、できるだけ誠実な訳を心がけてはいますが、もし誤訳などあれば、指摘は甘んじて受け入れますので。
はじめて間もないチャンネルなので、まだまだこっちで和訳動画を出すくらいなら、この note で同じ内容の和訳記事を書いた方が、見られる数は多いです。
しかしいずれ、このチャンネルが成長し、ここから出した訳がトップに表示されることで、誤訳まみれの動画に大勢の人が行きつくのをせき止められればと思っています。
※ つづきは以下の記事:
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