見出し画像

#45. ライム踏むだけが韻じゃない


先日の記事で、その響きの心地よさゆえに普段の言葉に紛れ込んでいる音楽的要素として、日本語の「七五調」と英語の「ライム」を紹介した。

日本語において、流れるような文章や、スッと入ってくるキャッチコピーは、注意してみると七五調になっていることが多いし、

英語は英語で、ヒップホップの曲に限らず、ロックだろうとダンスチューンだろうと、歌詞にはライムがふんだんに含まれている。

どういう音や響きを心地よく感じるのかは、もちろん文化によって異なるにしても、ヒトの言葉を考える上で「音」はどうにも見過ごせない。

そういった話の流れから、今回は英語におけるもう一つの韻である、「頭韻(アリタレーション)」について紹介していこうと思う。

日本語で「韻を踏む」と言えば、「東京タワーは別格だわ」とか「スカイツリーは目立ちすぎ」など、「タワー」と「だわ」、「ツリー」と「すぎ」と、単語の後ろの母音をそろえる「脚韻(ライム)」のことを指すのが普通である。

しかし、後ろの音をそろえながら踏む「脚韻」が存在するように、その反対に、最初の音をそろえつつ踏む「頭韻」という技法もある。

But a better butter makes a batter better.
だが良いバターはバッターをベターにする。

日本語にするとなんのことはなくなってしまうが、ためしに音読してみると、英語の文では /b/ の音が連続することによって、語調の良さが生み出されている。

単語の頭で同じ子音を重ねることで、耳に心地よいと感じるセンスは、日本語を話す日本人としては理解しがたいかもしれないが、英語において、この頭韻の歴史は脚韻よりもずっと長い。

したがって、この頭韻も、先日の記事で紹介した脚韻(ライム)同様、日常の英語に溢れている。

たとえば英語の慣用表現に次のようなものがある:

as cool as a cucumber:とても冷静な
as fit as a fiddle:すこぶる元気で
as good as gold:とても行儀のよい

それぞれ上から直訳すれば、「キュウリのように冷たくて」「バイオリンのように健康で」「金のように行儀よく」となるのだが、冷たいことを示すのにキュウリが、健康であることの喩えにバイオリンが、また行儀のいいことを表すのに金が引き合いに出されるのが不思議ではないだろうか。

しかしお気づきの通り、coolcucumber では c の /k/ という音が共通していて、fitfiddle では /f/ が、そして goodgold では /g/ の音がそれぞれ共通している。

一見理にかなっていないように思えるフレーズも、頭韻が作用してこうなったのだと考えれば、いくぶん合点がいくものもある。

頭韻の影響が見られる慣用表現は他にもまだまだある:

through thick and thin:どんなときも
cool, calm, and collected:冷静沈着な
labor of love:お金ではなく好きでする仕事
it takes two to tango:責任は両方にある

また商品名やアニメキャラクターの名前にも:

Coca Cola:コカ・コーラ
Mickey Mouse:ミッキー・マウス
Minnie Mouse:ミニー・マウス
Donald Duck:ドナルド・ダック
King Kong:キング・コング

そしてもちろん、宣伝のキャッチコピーにも:

画像1

(Guinness is Good for You)

画像2

(Inspiring Innovation / Persistent Perfection)

画像3

(Intel Inside)

※ちなみに最後の "Intel Inside" だが、このキャッチコピーの日本語版は、あの有名な「インテル、入ってる」。ここで面白いのは、英語版が /in/ の音で頭韻を踏んでいるのに対し、翻訳版は「てる」の音で脚韻を踏んでいるところだ。訳者の腕が光っている。

このように、頭韻は脚韻(ライム)同様、英語において独特の語調の良さを生み出す要素であり、ゆえに日常の慣用表現や商品名、そしてそれらの宣伝文句などにも、その影響を見ることができる。

日本語でわかりやすい例がないか、昨晩しばらく考えたのだが、(これが日本語の例と言えるかは怪しいけれども)日本で「これぞ頭韻だ」という非常に卑近な例を発見した:

(Pen-Pineapple-Apple-Pen)

/p/ の音でこれでもかというくらいに畳みかけるピコ太郎の『PPAP』こそ、頭韻の典型的な例と言っていいだろう。

当時この動画が出始めたとき、これが世界中で人気だというので、なにがそんなに面白いのかとても不思議に思ったのだが、/p/ 音の連続からなる頭韻が、世界中の人に小気味よく響いていたのだと考えればすこしは納得がいく。

ためしにアメリカ人とイギリス人の友人ふたりに、このこと( PPAP が世界中で人気になった理由の一つに頭韻があるか)について尋ねてみたが、ふたりとも即答で "Definitely"(間違いないね)と言っていたので、まあそういうことである。

ピコ太郎がその響きの良さまで見越してあの曲を作ったのかは全く謎だが、彼の動画を検索したところ:

(Beetle Booon But Bean in Bottle)

このような動画が出てきたので、あのとき彼は、意外にも戦略的に /p/ の頭韻を仕込んでいたのかもしれない。ピコ太郎、なかなかあなどれない。

まあ、なにが面白いのかは、やっぱりまだよくわからないけど。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?