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奴はとんでもないものを盗んでいきました

ルパンと同様、ナポレオンにも三世がいます。
フランスのナポレオン三世(1808~1873)。

幕末の日本では江戸幕府が
フランスと組んでパワーアップを図っていた。
その際にフランスの権力を握っていたのは
そう、このナポレオン三世!

…でもこの人、わかりにくい。

大統領、皇帝にまでなった。
しかし普仏戦争でビスマルクに負けて、
捕虜になってしまう。

強いのか弱いのか、よくわからない…。
でも、間抜けなだけの男とも思えない。
したたかな、食えない男…?

本記事では「ルパン三世」のビジュアルで
ナポレオン三世を脳内変換しながら

彼の生涯を紹介します。
なお、彼はルイ・ナポレオンという
名前なのですが、本記事では三世で統一。

彼のおじいさん…ではなく
おじさんは、ナポレオン一世です。
英雄ナポレオンの甥っ子!
父親はナポレオン一世の弟であり、
オランダの王様でした。

つまり、彼は王子様!

しかし英雄ナポレオン一世は
1815年「ワーテルローの戦い」で敗北。
絶海の孤島へ島流し。
若き三世も、亡命を余儀なくされます。
スイスのあたりを転々としました。

1830年、スイス軍の砲兵隊に入る。
おじさんの一世が砲兵出身でしたから。
ルパン三世と同じく、撃つのは得意…!

同年、フランスでは「七月革命」が起こり、
一族はフランスに帰ろうとしますが、
革命で実権を握った「ルイ・フィリップ」
ボナパルト一族を追放する法律を作った。
しょうがなく一家はローマに転居。
イタリア統一運動に参加、しかし挫折…。

失意の彼が出会ったのは、
サン・シモンという人の考えでした。
社会主義思想家です。

貧しい人を救う理想を追う彼の考えは、
後にマルクスなどから
「空想的社会主義」と攻撃されます。
ですが、三世はずっと
「良い相棒」として、この考えを持っていた。
ルパン三世の生涯の相棒「次元」のようなもの…。

1836年、ルイ・フィリップに対して
「ストラスブール一揆」を起こしますが、
失敗。アメリカに追放される。
ニューヨークでふらふらするも、
母の危篤を知り、急いでスイスに戻る。
彼は莫大な遺産を手に入れて、
今度はロンドンで放蕩の日々を過ごす。

…あのですね、三世は
女性に目が無いんです。
ありとあらゆる女性に手を出す色男。
このあたりもルパン三世に似ている。
(原作のルパン三世のほうです)

遊びに遊んで、三年ほどで遺産を使い切る。

「これじゃいかん」と、変装をして
1840年、フランスに密入国。
「ブローニュ一揆」を企てる。
…しかし、またも失敗!
アム要塞という所に閉じ込められる。

何だか私、ここまで書いてきて、
えらくトホホな人生だと思いました。
没落、亡命、放蕩、豪遊、一文無し、失敗…。

ただ、この獄中の約五年で、
彼は自らをリカレント教育します。
後年、彼はこの牢獄を「アム大学」と呼んだ。
読書と政治研究に明け暮れたのです。

次元のように心の相棒になったのが、
サン・シモンの思想です。
『貧困の根絶』という本を書いて、
貧しき人々が救われる世を夢見た…。

その夢を実現すべく、脱獄を企てます。

1846年、彼はひげをそり上げ、
石工職人の服を着て、見事に変装。
脱獄を成功させる。
ロンドンで裕福な愛人の援助を受けつつ、
機会を待ちました。その機会が、来た。

1848年、フランスで「二月革命」勃発!

その頃の世情は、労働者と富裕層が
相争い、騒然としていました。
その「心の隙間」に三世はスルリと入る…。
議員に立候補、当選するのです。

この頃のフランスでは、
やはりシンボル的な中心がないと
国がまとまらない…と考えられていた。
アメリカ合衆国をお手本に、大統領を作る!

その「大統領選挙」に、三世は打って出た。

何しろ知名度は抜群です。
ナポレオン…!?
誰もが知っているあの英雄と同じ名前。
聞けば、一世の甥っ子というじゃないか!
農民や労働者から、圧倒的な支持を受けた。

また、彼はわざと「無能っぽい喋り方」で
選挙演説をしました。
富裕層、銀行家たちはこれを聞き、
彼のことを「軽いミコシ」だと錯覚。
彼をかつげばいい思いができるのでは、と。

こうして彼は553万票(得票率74%)もの
大量の票を得て、大統領に当選。
二年前の脱獄囚がフランス大統領に!
「とんでもない権力の座を
盗んでいきました」的な大逆転人生…!


ただ、任期は四年、再選は禁止でした。
そこで彼はクーデターを起こす。
1851年、12月2日。
かの一世が「アウステルリッツの三帝会戦」で
ロシア・オーストリアを討ち破った日と同じ。
クーデターは、見事に成功します。

新憲法を作り、さらに国民投票によって
1852年に「皇帝」の位に就く。第二帝政!
名実ともに「ナポレオン三世」爆誕です。

≪皇帝ナポレオン三世の業績≫

◆華の都のパリの「大改造計画」
◆1855年パリ万博を実施、大成功
◆フランス産業革命を進展させる
◆世界の各地で植民地を獲得する
◆金融改革を実施し自由貿易推進
◆クリミア戦争でロシア軍に勝つ
◆イタリアでオーストリアを破る

…特に「パリ大改造」が凄い!
当時のパリは無秩序な発展を続け、
伝染病も流行しやすい不潔な都市でした。

そこで三世は
「斬鉄剣を持つ石川五ェ門」のような、
バサバサと都市開発を進めていく
「オスマン」という男を登用。
欧州随一の近代都市を作り上げる!

◆「またつまらぬものを斬ってしまった…」

パリは、斬新に生まれ変わります。
現在のパリの原型は、この男が作った。

あと、女好きは変わりませんが、
結婚もしました。44歳で。
ウジェニーという男勝りで魅力的な
スペイン貴族の娘と結ばれる。
彼女は峰不二子の姿でイメージを。
摂政を任されるほど知性にあふれた女傑!

得意絶頂の日々を過ごす三世。
…ただ、このフ~ジコちゃんに
最後で足を引っ張られてしまうんです。

1870年、ビスマルク率いる
プロイセン(ドイツ)と戦い、捕まる。
ウジェニーに「前線に出なさいよ!」
言われ、本当に前線に出たのがいけなかった。
ビスマルクは「銭形のとっつぁん」の姿で
イメージするといい。

◆「逮捕だ~!」
◆「い~けねえ、またとっつぁんだ」

という感じで、セダン要塞で囲まれ、降伏。
捕虜になる。帝政は崩壊しました。

最後にまとめます。

本記事ではルパン三世と
ナポレオン三世を重ねて
彼の生涯を紹介しました。
1873年、亡命先のロンドンで病死。64歳。

なお、皇后のウジェニーは
彼が戦場で降伏したと聞いた時、
「ナポレオンは降伏などしない、死んだのよ!」
と叫んだ、と言われています。
誇り高き女傑。峰不二子みがある。
彼女は1920年、94歳まで生きました。

亡命。投獄。脱獄。即位。降伏。捕縛…。

ナポレオン三世。
彼の生涯は、ルパン三世のように
一筋縄ではいかない波乱万丈の物語です。

※詳細は鹿島茂さんのこちらの本もぜひ。

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